幼児教育から大学までつながる学力観とは?
大学入試改革と関連して語られることの多い、新学習指導要領。今回は幼児教育における改訂のポイントと今後の幼児教育の在り方について、新学習指導要領作成の中核的メンバーであり、教育課程部会幼児教育部会の委員として新幼稚園教育要領にも関わった奈須正裕先生に、3回シリーズでお話をうかがいます。
幼児教育は変わらない?
結論からいいますと、今回の学習指導要領の改訂により、幼児教育は変わりません。むしろ幼稚園・保育所での「遊び」や「暮らし」を通して身についたことが、そのまま小学校以降も生かせるように、小学校以降の教育が変わっていきます。つまり、学力観が幼児教育から大学教育まで首尾一貫するといえるのです。
これまで、学力といえばおもに「知識・技能」の量を指し、「何を知っているか」が問われてきました。今後は「知識・技能」をもつだけでなく、それらを自在に、自分らしく使いこなして「何ができるか」「どのように問題解決を成し遂げるか」までを目指します。これを「資質・能力」の育成と呼び、今回の学習指導要領改訂の大きなテーマとなっています。
一方、幼稚園・保育所では、もともと遊びを通してていねいに「資質・能力」を育てる教育が行われてきました。子どもたちは遊びの中で様々な発見をします。自分がやりたいことをもっとうまく、楽しくやるためにはどうすればいいか考え、工夫し、自在に想像力を発揮します。友達と意見がぶつかることもありますが、その中で相手を思いやることや協力することを学んでいくのです。これはまさに「主体的・対話的で深い学び」です。
改訂までの経緯:幼保・小のなめらかな接続を目指して
今回の学習指導要領に先立ち、政府側から幼稚園を英国の「プレ・スクール」に近い形にしてはという案が出されたことがありました。これに対し、平成22年、幼稚園・保育所・小学校の関係者が一堂に会して議論し、「幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方について」という報告書をまとめました。小学校1年生の児童が学習に集中できず、授業が成立しない、という「小1プロブレム」が問題になっており、その解決を目指して、各小学校で幼児教育との接続を意識した「スタートカリキュラム」の取り組みが始まっている頃です。
同報告書では、日本の幼児教育はすでに高い水準にあり、スタートカリキュラム等の取り組みをさらに進めていけば、小学校教育と無理なく接続できることを述べると同時に、幼児期の終わりまでに育ってほしい幼児の姿についてまとめています。たとえば健康な心と体、自立心、協働性、道徳性や規範意識の芽生え、思考力の芽生えなどです。これが、今回の幼稚園教育要領の柱の一つとなりました。
幼児教育はますます「遊び込む」教育が中心に
「手はお膝」「お口にチャック」などと言われ、先生の許可がない限り話ができず、先生の教える知識を無批判に繰り返すといった、従来型の小学校の授業では、自ら学び、問題解決に向かう資質・能力は育ちません。「小1プロブレム」も、子どもたちがこういった非主体的な授業になじめないことが大きな原因と考えられています。
では、学びに秩序は必要ないかというとそうではありません。5歳の子でも、「今はこうすることに意味があるんだ」と感じ取れば、人の話を聴くことも、待つこともできます。子どもたちは、自分が望む遊びを思う存分楽しむために、自分たちでルールをつくる、時間を上手に使う、友達の話を一生懸命聴いて理解するといった能力を自ら育てていくのです。もちろん、すべてが理想どおりに行くとは限りませんが、そのような教育実践例は、国内外の幼稚園・保育所で数多く報告されています。
ですから今後、幼児教育はますます遊びに力を入れる方向に向かうでしょう。とことん遊びに打ち込む姿を「遊び込む」と呼んだりしますが、遊び込む中で発見したり、考えたり、身にしみて感じたりすることこそが、一生涯の学力の基盤になるに違いありません。