第3回:英語4技能を磨き、世界とつながる“ことば”を手に入れよう

日本人の英語力は、英語コミュニケーションの能力をグローバルスタンダードで測定するTOEFLテストのアジアのランキング(2015年)で30カ国中26位となっています。なかでもスピーキングとライティングは最下位。さらに、文部科学省の英語力調査(2015年)によると、高校3年生の英語力は7〜8割が中3レベル(英検3級程度)という驚くべきデータもあります。
この深刻な状況を打開するために、国は次の学習指導要領改訂で大きな英語教育改革に乗り出します。果たして子どもたちは英語を話したり、書いたりできるようになるのでしょうか。英語教育の現状とこれからについて、ベネッセ教育総合研究所の加藤由美子がお話しします。

●そもそも日本人は英語を習得しづらい

白井恭弘先生(ピッツバーグ大学)は、2013年の全国英語教育学会で「英語学習が成功する条件」を次のように述べています。

(1)年齢が若い
(2)適性が高い
(3)母語と学習言語の距離が近い
(4)学習動機が強い
(5)学習法が効果的

(3)については、日本語と韓国語は使用する文字や語順などから英語との距離が最も遠い言語といわれています。そうした言語を母語とする人は、2000〜3000時間学習しないとネイティブの人と対等にコミュニケーションできる英語力はつけられないという研究結果もありますが、日本の小学校・中学校・高校の英語の授業時間は合計1200時間程度。つまり、学校の英語の授業だけではネイティブに近い英語力は身に付けられないということです。(4)についても、たとえばフィリピンでは英語ができる看護師が欧米で看護師として働けば、大家族全員を十分に養えるという話を聞いたことがあります。東アジアで英語教育に熱心なのにはそういう環境要因が大きく働いていますし、シンガポール、フィリピン、香港などでは一歩外に出れば英語を使う環境があります。一方、日本では英語が使えなくても普通の生活に困らない環境にあり、英語を学ぶ動機が高まりにくいのも仕方がないことかもしれません。

つまり、日本人が英語を学習するには不利な条件が多いということです。服部孝彦先生(大妻女子大学)は、「ヨーロッパ人が2〜3言語話せるより、日本人が英語を話せるようになるほうがずっと難しい」とおっしゃっています。それくらい、日本人が英語を身に付けることは難しいことなのです。

●中高生の約半数が「英語が苦手」

英語力が高まりにくい背景には、入試やそれに伴う学校現場の指導の課題もあります。ベネッセ教育総合研究所が行った「中高生の英語学習に関する実態調査2014」によると、中高の英語の授業では英文を訳したり、単語を書いたりして覚える学習などに比べて、「自分の気持ちや考えを英語で話す・書く」学習は大幅に少なく、中2をピークに学年が上がるにつれてやらなくなる傾向があります。これは、今の大学入試で「話す」「書く」技能は問われていないことが大きな原因だと考えられます。

また、この調査で、中学生は43.9%、高校生は53.8%が英語が苦手と答えています。苦手と感じるようになった時期の最初のピークが中1後半から中2後半、2つ目のピークが高1であることもわかっています。中学では文法項目がたくさん出てきますが、実際の意味を十分納得した上で使えるようになる前にどんどん授業が進んでしまうこと、また、高校では中学で使用していなかった文法用語を使って「今日は仮定法過去です」といきなり抽象的な概念を説明されてしまい混乱すること、大学入試を見据えて難しい単語を使用した大量の英文が高1の教科書から扱われること、などがつまずきの原因だと専門家や現場の先生は分析しています。

さらに、先生の英語力や指導力の不足も課題となっています。国は教員の英語力目標を英検準一級程度としていますが、それに相当する英語力を持つ教員は、高校が57.3%、中学が30.2%です(2015年)。ベネッセ教育総合研究所の「中高の英語指導に関する実態調査2015」では、「自分自身の英語力が足りない」「効果的な指導方法が見つからない」などの先生方の悩みが見えてきました。また、この調査で、先生は生徒が英語を使う活動や、自分の考えを英語で表現する機会を増やすことは重要だと考えていますが、実はあまり実現できていないことも明らかになりました。

●今度の英語教育改革で、日本の子どもの英語力は上がるのか

こうした状況を打開すべく、次の学習指導要領改訂では“英語教育改革”が行われます。制度的に大きな変化として小学校での外国語活動を3・4年から開始し、5・6年では英語が教科になります。まさに冒頭でお話しした「英語学習が成功する条件」(1)の「年齢が若い」にあたる改革が実施されようとしているわけです。また、大学入試では4技能(「聞く」「読む」「話す」「書く」)の力の測定が行われます。

さらに、国は英語の「聞く」「読む」「話す」「書く」の4技能・5領域(「話す」の中には「発表」と「やりとり」がある)において、小学校から高校まで一貫した学習到達目標を設定する予定です。「CAN-DOリスト」の形(「〜することができる」)で設定されますが、その目標に向かって指導し、それを日頃の授業や入試でも評価し、指導の成果を検証し、改善し続けるために用いられます。

国は英語4技能の力をバランスよく育てていきたいと考えていますが、4技能の中でも「話す」「書く」の指導はとても難しいものです。今の授業で行われている和文の英訳や単語の並べ替えなどは本当の意味で「書く」ことではありません。また、決まった表現を覚えて話すというのも本当の意味で「話す」ことではありません。もちろんそれらは練習のステップとして必要なことですが、「話す」「書く」ということは、自分の考えを持ち、それをうまく構成し、自分の引き出しから必要な英語(単語や表現)を持ってきて表現する行為です。特に「話す」の中の「やりとり」は準備なしに即興で行っていく必要があります。中学・高校の英語教育は制度上は大きく変わりませんが、「話す」「書く」力を高めるために「授業は英語で行うことを基本的とする」という方針が出ています。すでに高校では現行の学習指導要領の中で行われており、徐々に授業が変わりつつありますが、次の学習指導要領では、中学校でもその方針が打ち出されます。授業を英語で行うということは、今までの文法の説明をそのまま英語にするようなものではありません。先生の説明の時間を減らし、生徒が英語で「聞く」「読む」「話す」「書く」こと、つまり英語を使う時間を授業時間の中で増やしていくことを目指しています。文法や単語の学習と、本物の英語を読んだり聞いたりしたことについて感想や意見を話し合ったり、その内容を書いてまとめたりする学習を切り離すのではなく一緒に行うことで、だんだん意味がわかったり、間違いながらも徐々に英語をうまく使えるようになるというイメージです。中学レベルでも素材や英語の選び方によって、このような学習を実現することができます。

それを実現するためには、先生方がこれまでの説明中心の英語指導の発想を大きく転換する必要があります。これは、学校以外で英語を使う機会がほとんどない日本の子どものためには重要な変革となります。まさに「英語学習が成功する条件」⑤の「学習法が効果的」にあたるわけです。もしこの変革がうまく進めば、日本人の英語4技能の力、特に「話す」「書く」力の向上が期待できます。

とはいえ、この授業の変革は大変なものであり、一朝一夕に授業が変わるものではありません。大学入試の4技能測定の影響を受けて、高校の英語の授業は改善が早めに進むと予測されます。一方、特に公立高校入試は都道府県ごとに実施されるので、変化のスピードも緩やかで、結果として、中学の英語の授業の変化も緩やかに起きることが予測されます。しかし、改革の過渡期に入るこれからの時期は、お住まいの都道府県の高校入試や地域・学校における指導・評価の変化をしっかり見守ることが重要となります。

●英語4技能が人生の可能性を広げるツールに

これまでのように留学や海外転勤をするような一部の人だけが英語を使うのではなく、今後、日本国内でも日本人が英語を使う必要性は高まってきます。すでに、果物農家に海外から注文が入ったり、町工場の技術を求めて外国の企業が提携を求めてくる事例などがあります。世界中が日本の文化や歴史だけでなく、知見や技術に注目しているのです。 今の子ども達が大人になる20~30年後には、英語が使えるか否かはもっと人生に大きな影響を与えるようになるでしょう。目の前のテストや入試対策はもちろん大切ですが、英語の4技能の力を身につけることで、人生における可能性を広げ、自らの人生を豊かにし、幸せになってもらいたいと思います。英語を単なる「教科」や「入試科目」としてとらえるだけではなく、人と人がつながり新しいものを生み出したり、問題を解決したり、友だちを作り、幸せに生きるために必要な「ことば」ととらえて、ご家庭で英語の必要性を語り合ってみてください。そうすれば、子ども達はもっと主体的に楽しく英語を学べるようになると信じています。
(取材日:2016年12月21日)

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2019年11月1日、文部科学省より2020年度(令和2年度)の大学入試における英語民間試験活用のための「大学入試英語成績提供システム」の導入を見送ることが発表されました。

プロフィール


加藤由美子(かとう・ゆみこ)グローバル教育研究室長

(株)ベネッセコーポレーション大阪支社を経て、ベルリッツ・シンガポールの学校責任者として駐在。帰国後は、ベネッセの英語教育事業開発を担当。研究部門に異動後は、ECF(幼児から成人まで一貫した英語教育の理論的枠組み)開発や東京学芸大学附属小金井小学校の外国語活動カリキュラム開発などに携わる。英語教育が、子どもの成長やことばの力の育成にどのように資するのか、に関心を持っている。

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