鏡リュウジさん(占星術研究家)が語る、「自分の道を究める生き方」【後編】
女性誌の占い特集では欠かせない存在の、占星術研究家・鏡リュウジさん。前編では、激動の子ども時代と忙しく働いていた母親との関係についてお伺いしました。後編の今回は、占星術に興味を持ったきっかけと、高校生から続くキャリアの遍歴についてお聞きしました。
高校生で連載デビュー
占星術に興味を持ったのは10歳くらいの時、タロットカードに出合ったのが始まりです。最初はゲームか何かだと思っていて、その雰囲気にひかれて買ったんです。その後、タロットカードは占星術や魔法と関係があると知って、そこから興味が広がっていきました。
占いの雑誌に連載されているホロスコープ入門講座っていうのがあって、こういう星の配置はどういう意味かとか、毎号問題が出るんです。中学生の時にそれをハガキに書いて送っていたんですけど、ある日その占いを担当しているプロダクションから、東京に出てこないかという電話がかかってきたんです。まだ中学生だったので当然上京するわけにはいきませんでしたが、高校生になって連載を持つことになりました。連載といっても400字くらいのコラムなんですけど、毎月原稿を書いて送っていましたね。
大学生の時はそのプロダクションでアルバイトさせてもらっていましたが、そこでのご縁が現在の女性誌でのお仕事にもつながっているんです。
その後、大学院に進学して、ユングという心理学者のことを研究していました。もちろん、占星術のことを研究したかったのですが、そういったジャンルの学問というのは当時の日本になくて、いちばん近いのがユングだったんです。
でも、大学院では修士号をとり、助手までやっていたんですけど、僕のメディアでの活動が問題になったり、またいろいろ心配してくださって指導教官の意見もあって、大学を離れることになりました。当時、学費は自分で払っていたものの、恐る恐る母に話しました。すごく心配するかと思っていたら、「しゃーないな。でもよかったと思うわ。このままか稼ぎの少ない学者にでもなられたら困るって実は心配しててん。」って(笑)内心は心配していたんでしょうけど、その言葉には驚かされました。大学院を辞めると、逃げ道がなくなったというか、今思うとそんなにたいしたことじゃないんですけど、身分を証明するIDが何もなくなって、社会的な身分がゼロになってしまったので、すごく不安でした。
占星術が好きな自分が嫌い
実は、僕はこういうふうになりたいと思っていたわけじゃないんです。本当は占星術の研究はやめて、ちゃんとした社会人にならなくてはいけないと思っていたのですが、大学生の時に出した本が、ありがたいことに売れたんです。それで、大学院に通っている時にもズルズルと足抜けできなくなってしまったというほうが正しいんですよ。
占星術が好きな自分が嫌い、というのが今でもあります。なんでこんな変なものが好きなんだろうと思いますね。かなり屈折しているとは思うのですが、「こういうものをやっていて変と思われたくない」というのが、モチベーションになったというのもあります。ユング心理学は一方では非常に認知されていたので、これと結び付けた占星術の著書を紹介しようとか、そういう感じでしたね。
高校生の雑誌デビューから数えると今年は30周年なんです。自分でもよくやってこられたと思っていますが、これもいろいろな人に恵まれて周りの人に支えてもらったからだと思っています。
子どもにとって保護者の影響だけが強大なはずはない
僕がすごく影響を受けたジェイムズ・ヒルマンというユング派の心理学者がいます。彼は心理学者ながら、世にいう「トラウマ理論※」を批判しているんですね。「子どもには保護者の影響がすごく大きいと心理学者たちが教えているけど、それはうそだろう」と。保護者の影響だけがそんなに強大になっているはずがない。
おじいちゃんおばあちゃんもいるし、社会もある、保護者だけがそんなに強大になっているはずがない。僕も自分の家庭環境を振り返ると、そう思うんです。だから、子どもに何か大きな影響を与えたりするのが保護者の役目ではなく、案外保護者が子どもにできることっていうのは、安全な住処(すみか)を与えることくらいかもしれませんね。
そして、もうひとつ子どもに伝えておきたいこととしては、「欲をかかない」こと。欲をかくと絶対に運が落ちると思うんです。これはとても大事で、人とお付き合いする時のフィルターにもなります。親子関係にしても、それ以外の人間関係にしても、それくらいシンプルな考えで、十分なんじゃないかと思います。
※トラウマ理論……子どものころの心の傷が、後の人生に大きな影響を与えるという心理学の学説。