身の回りの音に注目し、心と感性を育てる授業[こんな先生に教えてほしい]

毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ています。そして、先生方から授業への想いを聞いています。
小学生から高校生、そして、先生や保護者のかたに役立つ教育番組を制作するためです。そのなかで、「こんな先生に教えてほしい」と思った先生方のことを書かせていただきます。


今回紹介するのは、神奈川県の小学校で5年生が受けた「五感を育てる」授業です。そのために、Ra先生は、子どもたちに「音」に注目させていきます。
草むら、木の上、校庭の真ん中、そして、トイレの中などで、身の回りのさまざまな音に耳をすませ、その違いを感じ取り、やがて自分の暮らしを見つめ直すことにつなげていきます。 
この授業は、「耳すま」と呼ばれ、国語や音楽の時間を使って行われます。

まず、授業は、お気に入りの場所か、お気に入りの音を聞けるところ、または、新たな音が聞こえるかもしれない場所に移動することから始まります。それから、そこで3分間「音」を聞くことに集中します。プールの横で寝そべったり、トイレの便器でしゃがみこんだり、校庭や体育館で友達と一緒に耳をすませたりします。3分間聞いたあとは、そのイメージを絵に表します。絵に描くことで、自分の感覚を確かめるのです。

・風と草が対立している
・音と自分の位置関係
・木の上と下では音が違う。上のほうが、風の音がうるさい
・音楽授業のオルガンの音が低くてずんぐりした重い音に聞こえた(この子は、青い四角形をたくさん描きました)

同じ場所で聞いても一人ひとりの音の感じ方は違う。その違いが大切とRa先生は肯定していきます。Ra先生の持論は、「自分の感覚こそ最終兵器」。だからこそ、「とりあえず、やってみよう!」「とりあえず、触ってみよう!」「とりあえず、匂いをかいでみよう!」が口癖です。

さらに、こんなゲームも…
身の回りのモノから音をイメージし、その音のイメージから再びモノを思い浮かべます。それを交互に伝えていきます。
たとえば、
「本」→「ぺらぺら」→「英語」→「ペチャクチャ」→「言葉」→「ぺちゃくちゃ」→「おしゃべり」→「女の子」→「きゃーきゃー」→「芸能人を見た人」→……
同じテーマでも、発想は、みんな違います。モノと音の意外なつながりが発見できるゲームです。
これは、自分とは違う友達の感性に気づき、受容する大きな機会となります。
そして、「自分は、自分で良いのだよ」という自己肯定感が自然と定着していきます。この自己肯定感は、思春期の子どもたちが前向きに進むための原動力です。高学年の早い段階でこのような「心と感性」を育てる授業を受けられたことは大きな財産になると思います。

このあと、授業は、地元商店街の「音の地図」作りに入ります。
たとえば、魚屋さんで目を閉じて聞くと……お客さんとのやりとりを考えていた子どもたちに聞こえてきたのは、初めて聞く準備の音でした。一番印象に残ったのは、氷を準備する音。強い音がしたあと、一旦静かになって、最後に再び、「どおっ」という音が……。
どうやったのかを実際に確かめて見ると、バケツを上下にゆすって砕いた氷を混ぜ、塩をふり、鉄板の上に敷き詰める作業が行われていました。聞いた音と実際の作業を比べることで、思いもしなかった魚屋の仕事の一面と出会いました。
神社で耳をすませていた女の子は、犬の鳴き声が聞こえました。大きな番犬をイメージして、正体を確かめようと先生も手伝っての大捜索が……。でも、やっと見つけると、中ぐらいの犬でした。「あんな大きな声が出るのか……」という驚きが残ります。この女の子が最後に言った言葉が印象的でした。「探って、すっきりした」。
この感覚はきっと一生の宝物になると思います。
「音」を絵に表し、商店街の地図に貼っていくと、いつも見慣れた商店街の別の姿が現れます。

いまだ覚醒していない子どもたちの素晴らしい感性と可能性を信じる授業は、見ていて本当に楽しいものです。


プロフィール


桑山裕明

NHK編成局編成センターBSプレミアムに所属。これまでに「Rの法則」、「テストの花道」、「エデュカチオ」、「わくわく授業」、「グレーテルのかまど」「社会のトビラ」(小5社会)、「知っトク地図帳」(小3・4社会)「できた できた できた」、「伝える極意」「ひょうたんからコトバ」などの制作に携わる。毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ている。

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