耐性を高める「アロスタシス」という機能 暑い夏を乗り切るために1

運動をすると体力がつくのはなぜ?

いよいよ夏本番が近付いてきました。気象庁の予報によると、今年の夏は、昨年ほどではないにしても、例年に比べ暑くなるとのことです。さらに、全国的な節電の推進により、体感温度は相当高くなると予想されます。近年、全国的に夏の熱中症が問題となってきましたが、今年はさらに熱中症対策が注目されると思われます。特に幼稚園や小学校低学年のお子さんは、元気にしているように見えて、本人の自覚症状がないうちに熱中症で突然倒れるというケースが多いので、気を付けてあげてほしいと思います。

さて、今回は「夏を乗り切るために」というテーマですが、夏の熱中症対策や夏を乗り切るコツについてお話しする前に、まず人間の機能について触れておきたいと思います。前々回、人間には、外部の変化に対し体調を一定に保とうとする機能=ホメオスタシスがあることをお話ししましたが、今回はまず、「アロスタシス」という機能についてお話しするところから始めたいと思います。

ちなみに、皆さんはオリンピックのマラソン選手の、平常時の脈拍数がどのくらいか聞いたことがありますか? 一般に普通の人の脈拍数は1分間に60~70回です。これに対しオリンピックのマラソン選手の脈拍数は、何と30回程度なのです。これは長い間マラソンを続けることにより、一般の人の半分の回数で、心臓から体内に血液を循環させることができるようになったということを意味しています。つまり、「走ることにより起こる外的変化に対応するために、人間の身体自体が変化している」ということですね。実は、これが「アロスタシス」なのです。
アロスタシスとは、日本語では動的適応能と訳され、外的な変化に対し、人間の身体が次第に変化していく機能のことを指します。普通の人でも、定期的にジョギングを続けていると、心臓や肺の機能が強くなり、日常生活で階段を上がっても息が切れないなど、いわゆる≪耐性のある≫身体がつくられていきます。よく、「運動によって、丈夫な身体がつくられる」と言いますが、これは筋肉が強くなるだけではなく、内臓や神経系など身体の内側も強くなっていくということなのです。普段から運動をしている子は、夏場でも比較的元気良く過ごせるのに対し、運動をしていない子は、季節ごとの変化に弱い傾向があるのは、こういう理由によるものです。

「では運動をすればするほど、健康になっていくってこと?」 そう思うかたもいると思います。これはちょっと違うのです。特に身体の発育が十分でない時期に過度な運動は逆効果で、身体に負荷がかかり過ぎて体調を崩すことにもつながります。
大切なのは、適度な運動を定期的に続けること。それにより、多少の外的な変化があっても、アロスタシスによって身体が安定した状態を保つことができるのです。たとえば、中学校進学後に運動部に入る時など、小学校の時に適度な運動を続けていれば、アロスタシスの効果により、多少激しい運動にも耐えられる体力がついているでしょう。
こうしたアロスタシスという機能があることは、お子さんたちにも理解させてあげてほしいと思いますが、お子さんには、アロスタシスという難しい言葉は使わずに、「人間の身体は運動することで、身体の中から強くなれるんだよ」と教えてあげてください。運動があまり好きでない子も、「丈夫な身体は生まれつきのものではなく、運動によってつくることができる」ということを理解できれば、運動をすることの動機付けにもなると思います。

昔はよく、「一生懸命勉強して、良い学校に入って、良い会社に入ることが幸せにつながる」などと言われていました。しかし、近年は多くの企業が学生に学力だけでなく、コミュニケーション能力と体力を求めるようになってきています。特に各企業で国際化が推進されている昨今、海外との交渉などの場面では、求められるスキルがこれまでと異なるため、より体力が必要となるケースもあるでしょう。
つまり勉強だけできても、社会では通用しなくなってきているのです。ぜひお子さんに積極的に運動することをすすめて、知力体力共に強い子を育てていただきたいと思います。

いかがでしょうか。今回は人間の体内の恒常的変化の「アロスタシス」という機能についてお話ししましたが、次回は真夏を乗り切るための具体的なコツについてお話ししたいと思います。


プロフィール


深代千之

東京大学大学院 総合文化研究科 教授。(社)日本体育学会理事、日本バイオメカニクス学会理事長、日本陸上競技連盟元科学委員。文部科学省の冊子や保健体育教科書の作成にも関わる。*主な著書:「運動会で1番になる方法」「運脳神経のつくり方」など

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