「あいうえお」は、言葉の使い手への第一歩[こんな先生に教えてほしい]

たくさんの授業を見て、その授業への想いを多くの先生方から聞きました。「NHKデジタル教材」という番組とWebを組み合わせた教材作りや、全国のとびきりの授業を伝える番組を制作するためです。そのなかで、「こんな先生に教えてほしい」と思った先生方のことを書かせていただきます。

「自分の言葉で相手に伝える」。これが、最近の私の番組作りのキーワードです。
相手を説得できるような言葉を使えるようになるにはどうしたらよいのか? このことをずっと考えています。
そのきっかけになった授業が、東京都で小学1年生に国語を教えていたZ先生の授業です。
言葉の勉強の第一歩として、Z先生は、五十音を徹底して教えます。「手を動かし、声を出して、体を使って理解した五十音は、すべての勉強の基礎になっていく」と言います。

Z先生の授業のポイントは、 「新しいことを理解する時は、目で見て、イメージを膨らませること」を徹底することです。
その授業を「きゃ」「きゅ」「きょ」などの拗音(ようおん)を理解するための授業をとおして紹介したいと思います。

まず、Z先生は、次の文章を取り出しました。
おきゃくがぎょうれつ
しょうてんがい。
おもちのならぶ
おもちやさん。
おもちゃがいっぱい
おもちゃやさん。
これを声に出して読みます。最初は、先生と一緒に……。先生の声に合わせるので、みんなの声もそろいます。次は、子どもたちだけで……。すると、バラバラになってしまいます。「バラバラだ!」ということは、子どもたちも気付きます。
そこで、先生が手助けしながら、何度か読み見直していきます。すると徐々に合っていきます。目で追う文字と口に出す音がだんだんと一致していきます。
子どもたちにとって、見ることと声を出すことは別々の行為です。それを同時に行うためには、練習が必要です。そして、この土台ができないと学習に入れないのです。
「子ども自身の気付き」と「学ぶための土台作り」。この二つは、子どもたちが主体的に学習を始めるには欠かせないポイントです。

次は、教科書の中から、「ゃ」「ゅ」「ょ」がつく言葉を探します。
じどうしゃ
おもちゃやさんのかいじゅう
にんぎょう
でんしゃ
などたくさんの言葉が見つかりました。
先生は、すべて黒板に書き起こしていきます。わからない子は友達の意見を聞きながら、「ゃ」「ゅ」「ょ」の使われ方を徐々に意識していきました。そんな子どもたちの様子を見て、先生は二つの言葉を提示します。
おもちや
おもちゃ
大きい「や」と小さい「ゃ」の違いを見直します。
まずは、発音の違いから。「ゃ」「ゅ」「ょ」の音を出すための口の形を描いたカードを見せながら、実際に声を出して確かめます。
さらに、五十音表を使って、小さい「ゃ」「ゅ」「ょ」は、どこに付くと拗音になるかを探します。拗音になるのは、「き」「し」「ち」「に」「ひ」「み」「り」。つまり、「い」をのぞいた「い」の段にしか付かないことがわかります。ルールを押さえたのです。

最後は、拗音は、文字は二つですが音が一つであることを手拍子しながら確かめます。つまり、拗音は、2文字で1拍なのです。
  1 モデルを見せながら自分で声を出すという体験。
  2 ルールの確認。
  3 体全体を使って押さえる。
この「ルールの確認を体験で挟む」という学習方法は非常に印象に残りました。実感してから、整理し、定着のための体験を行う。これは、多くの授業の達人が行っているやり方の一つです。

さて、子どもたちは、当たり前のように使っていた言葉に、自分たちが知らなかった世界があることに気付き、国語に対する興味がわいてきたようです。
授業の最後、五十音を理解すると、日本語で話す音はすべて書けるようになったことを知ります。つまり、ハッキリ発音できればどんな言葉も書けることがわかるのです。「オオー」という子どもたちの驚きの声が印象に残ります。

小学校に入学したばかりの1年生は、これからさまざまな学びを体験していきます。そんな「最初の学び」で、Z先生と出会えた子どもたちはとても幸せだと思います。子どもたちは、「自分の言葉で相手に伝える」ための第一歩を着実に踏み出していました。

プロフィール


桑山裕明

NHK編成局編成センターBSプレミアムに所属。これまでに「Rの法則」、「テストの花道」、「エデュカチオ」、「わくわく授業」、「グレーテルのかまど」「社会のトビラ」(小5社会)、「知っトク地図帳」(小3・4社会)「できた できた できた」、「伝える極意」「ひょうたんからコトバ」などの制作に携わる。毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ている。

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