生徒の本音を引き出す「聴き」上手で「訊き」上手な先生[こんな先生に教えてほしい]

全国のとびっきりの授業を伝える「わくわく授業~わたしの教え方~」(放送:日曜午後7時・NHK教育テレビ)や「NHKデジタル教材」という授業で使っていただくための番組やWebを制作するために、これまで、たくさんの授業を見て、多くの先生方からお話をうかがってきました。そのなかで「こんな先生に教えてほしい」と思った先生方のことを書かせていただきます。

今回紹介するのは、東京都の中学校で、国語を教えるN先生です。その授業を見た時の感想は、「気持ちいいな……」というものでした。
授業は、中学2年生に詩を書かせるというものです。そこでは、ゆったりとした時間が流れながら、凝縮したピンと張りつめた空気がありました。これまでに経験したことのない感じです。
先生は、生徒たちに指示を出しません。ただ、ゆったりと話を聞くだけです。するとなぜだか、生徒たちから言葉があふれ出て、いくつもの詩が生まれてくるのです。
中学2年生、14歳たちの本音。その宇宙を垣間見ることができた授業です。
どうして、こんなことが起きるのだろう? とても不思議でした。わかったのは、「先生が聞き上手」ということです。でも、どこが聞き上手なのかはわかりませんでした。    
そこで、先生が生徒に話す言葉をVTRから書き出してみました。するとN先生の見事さの一端が見えてきたような気がしました。

今回も授業の流れに沿って紹介していきたいと思います。

まず、N先生は、どう詩を書けばよいのか、考える手がかりとして、四つのポイントを伝えました。
  • 物事を見つめよう。
  • 社会を見つめよう。
  • 自分を見つめよう。
  • 誰に読んでほしいかを考えよう。
そして、何を書けばいいのかどうしても思いつかなければ、テーマだけは、先生が相談に乗ると伝えました。
でも、そのヒントは決まっていて、未来の自分を考えるというものでした。たとえば、「10年後の24歳の自分をテーマにしたら……」、または「1年後の15歳の自分をテーマにしたら……」という感じです。これには、「未来の自分を考えることで、今の自分を見つめ直してほしい」というN先生の思いが込められています。

1人の生徒が詩を書き上げてきました。
詩の題名は、『豆のような人』です。背の小さな同級生の友達へエールを送る詩でした。先生は、詩の中の言葉に注目し、生徒に向き合いました。
先生:これだよね。「なぜあなたは笑顔をつくるんですか」って。
つくらなくてもいいんだよな。そのまんまでいいんでしょう?
でも君がいないと、そのままの泣き顔や怒った顔ってできないかもしれないからね。
生徒は、先生の問いに、ただうなずいているだけですが、緊張した顔が少しずつ微笑みに変わっていきました。
最後に先生は、「いいですね、清書してください」と伝えました。

そのあとに来たのは、『豆のような人』を読んで『納豆のような人』というパロディーを思いついた生徒です。
N先生は、読み終えて、
先生:『豆のような人』がもし先になければ、この詩は生まれなかったかもしれないね。
ここさ、いいね。「ねばり強さは成長の遅い植物のようなものだから」って。
なるんでしょう、そういう人に?
また生徒は、うれしそうにうなずき、微笑みました。
最後に先生は、「『○○君(『豆のような人』を書いた生徒の名)の詩を読んで』って入れといてあげよう」と付け加えます。

一度書き上げたものの気に入らず、その後、えんぴつの動きが止まってしまった生徒がいました。
先生は静かに隣に行き、話をします。
先生:一つのきちんとした作品にまとめようと考えないでほしいな。
まだ、君の中に言葉がいっぱいありそうな気がするから……。
まず、それを出してみればいいじゃない。
出してみたら?
それからでいいよ。詩にしようというのは……。

N先生と生徒たちのやりとりを見直しながら、国語教育の達人に教えてもらった言葉を思い出しました。
「聴く」と「訊(き)く」です。
N先生は、生徒たちと話をしながら、「聴く」と「訊く」の二つをしているのです。N先生は、生徒の微妙な心の変化の音を少しも逃さないように「聴こう」とします。そして、その生徒に寄り添う言葉で、自分を見つめるきっかけをつかめるようにと「訊いている」のです。
だからこそ、先生と生徒の間には、真剣勝負のような緊張感が生まれているのでしょう。

自分の話を本気で受け止めてくれる人が目の前にいる。そんな時、生徒はどうなると思いますか。
本音を覆っている殻を1枚ずつ脱いでいき、やがて、自分の本音と向き合います。そして、自分の本音を受け止めてくれる人がいるのです。うれしいでしょうね。
N先生の授業の先に、そんなゴールが待っていることを生徒たちは気づいているように思えました。

先生が話した言葉の中で、一番印象に残ったことを最後に書かせていただきます。
「一生懸命、自分と向き合い考える。それは、中学生のこの時期だからこそ、とても大切だ。僕はそこに、一緒にいたいです」
まさに、こんな先生に教わってみたい、本音で話してみたいと思うN先生でした。

プロフィール


桑山裕明

NHK編成局編成センターBSプレミアムに所属。これまでに「Rの法則」、「テストの花道」、「エデュカチオ」、「わくわく授業」、「グレーテルのかまど」「社会のトビラ」(小5社会)、「知っトク地図帳」(小3・4社会)「できた できた できた」、「伝える極意」「ひょうたんからコトバ」などの制作に携わる。毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ている。

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