「ゲーム感覚」を取り入れる授業[こんな先生に教えてほしい]

全国のとびっきりの授業を伝える「わくわく授業~わたしの教え方~」(放送:日曜午後7時・NHK教育テレビ)や「NHKデジタル教材」という授業で使っていただくための番組やWebを制作するために、これまで、たくさんの授業を見て、多くの先生方からお話をうかがってきました。そのなかで「こんな先生に教えてほしい」と思った先生方のことを書かせていただきます。

このテーマで書かせていただく15回目です。今回は、熊本市の小学校で算数を教えるO先生についてです。授業は、小学4年生が初めて小数に出会う場面です。小数は、子どもたちが苦手な単元の一つです。
今回のキーワードは、「ゲーム感覚」です。楽しく学びながら、思考を促し、深い理解に結びつけるには、どうしたらいいのか。その答えの一つが「ゲーム感覚」を学習に取り入れることだと思います。

授業は、O先生が形の違う二つのペットボトルを取り出すところから始まります。A・Bと名づけられたペットボトルには、先生いわく「新発売の特製ジュース」が入っています。
「どっちが多い?」。
先生の最初の質問です。
形が違うため、見ただけでははっきりわかりません。子どもたちは、勘だけで、思い思いに答えます。そのうち、「重さを比べる」とか、「同じ形のペットボトルに入れる」などの意見が出てきます。先生が待っているのは、「リットル升で計ってみる」という意見です。リットル升については、すでに3年生の時に学んでいます。

そして、先生は、リットル升を取り出します。一緒にデシリットル升も取り出して、AとB、それぞれジュースを量ることにします。
Aのペットボトルのジュースは、リットル升1杯分とデシリットル升1杯分でした。1リットル1デシリットル、つまり11デシリットルです。Bのペットボトルのジュースは、リットル升1杯分とデシリットル升2杯分です。1リットル2デシリットル、つまり、12デシリットルです。
ここまでが、授業開始からおよそ10分です。
小数が出てくるのはここからです。

先生は、このジュースを「リットルだけで表そう」と呼びかけます。そこで、「リットルだけで表すには、デシリットル升は使えないね」と断って、デシリットル升のジュースを、取り出したもうひとつのリットル升に移し換えてしまうのです。
O先生は、ここであえて、1リットル1デシリットル入っていたAの分を移します。つまり、1デシリットル分をリットル升に移すのです。
すると、10の目盛りの付いたリットル升の1目盛り分が、ジュースで満たされます。子どもたちから、「あっ! そうだった!」という反応が起こります。デシリットルがリットルの10分の1の量であることを、視覚的に見て、思い出したのです。
そこで先生はすかさず、これをリットルだけであらわすと「0.1リットルと呼ぶんだよ」と教えるのです。子どもたちの中には、「10分の1は、0.1」ということが、しっかりと印象づいたと思います。

このように、必要な情報は効果的なタイミングを作り出し、しっかり教えること。そして、その後のフォローの仕方によって、子どもたちの変容や学習の定着度に差が出てきます。このような二つが揃っていることが、「こんな先生に教えてほしい」という先生の条件のような気がします。

先生は、このあと、小数のイメージをつかめるようにと、ジャンケン・ゲームを用意していました。クラスを二つのチームに分けての対抗戦です。
O先生のアイデアがすごいと思うところは、ここでのルールです。
ジャンケンに勝ったら、少しずつジュースがもらえ、早く1リットルに達したほうが勝ち。ただ、グーで勝ったら0.1リットル。チョキなら0.2リットル。パーなら0.3リットルがもらえるというのです。
しかも先生は、子どもたち自身にリットル升を使ってジュースを計り、継ぎ足すことを任せます。先生は、黒板には、リットル升を描き、継ぎ足されていく過程を記録するのです。
実際の操作と黒板の記録を見ながら、子どもたちは、自然と小数のたし算を理解していきました。

「思考を促し、深い理解を図るには、急がば回れが必要」とO先生は言います。それには、学習しているという意識がなくとも、いつの間にかわかってしまうという体験が欠かせません。そこには、「ゲーム感覚」を授業に取り入れることが必要なのではないかと思います。
「ゲーム」をするのではなく、「ゲーム感覚」を取り入れる。この二つには、大きな違いがあります。
多くの人が学習に「こんな先生に教えてほしい」と思うのは、学習に「ゲーム感覚」をいかす先生はではないでしょうか。O先生はまさに、その一人だと思いました。

プロフィール


桑山裕明

NHK編成局編成センターBSプレミアムに所属。これまでに「Rの法則」、「テストの花道」、「エデュカチオ」、「わくわく授業」、「グレーテルのかまど」「社会のトビラ」(小5社会)、「知っトク地図帳」(小3・4社会)「できた できた できた」、「伝える極意」「ひょうたんからコトバ」などの制作に携わる。毎週のように学校を訪ね、たくさんの授業を見ている。

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