子どもと地域とともに歩む「安心できる居場所」づくりへの道。関わりながら元気になるために

お子さまの不登校をきっかけに自分の生き方に改めて向き合い、長年勤めた会社を辞めた小沼 陽子さん。「学校に行かない」と決めた子どもたちが、安心して暮らせるまちづくりを目指してNPO法人を立ち上げました。後編では地域社会でどのような取り組みを進めているのか、そして子どもたちの居場所づくりの現在などをお話いただきました。
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この記事のポイント

    不登校の子と保護者を中心に、いつしか親の会は地域で多世代交流の場へと成長

    ― NPO法人を立ち上げて、仲間づくりはどのように進めていったのですか。

    引っ越しをきっかけに、私は地域で不登校親の会や交流会を立ち上げました。というのも、私自身もそれまで、ひとりで考えて行き詰まったことが何度もありましたし、不登校の子どもと仕事の両立で「どうにかしなきゃ」と頭で考えるばかりで苦しい時期を経験していたからです。そこで最初は、同じ悩みを持つ保護者たちとつながり、情報や支援を共有できるようにしようと思ったのです。

    やっぱりみんな、つながりがほしいんですよ。病院でカウンセラーさんのお話を聞くことなどはありますが、一緒に「こうだよね」とか、わかり合える場所があるとすごく元気になれるものです。私自身もそうした場で救われた経験がありました。それに、子ども同士もそこで仲良くなったりして、会を始めてから保護者同士のLINEグループがどんどん増えていきました。今では120人以上のゆるいグループになっていて、出入りも自由でやらなくてはならないこともなく、ただただつながっているだけ。情報交換や悩みを書き込むだけで、特にトラブルもなく、無料で参加できるといったものです。

    不登校の経験がある若者も子どもたちの輪に参加している

    そうした当事者同士のつながりは次第に増えていきました。いろいろと助け合ったりもしながら、とはいえそこまで深く関わるわけではないんですよ。ですが、子どもたち、保護者たちが安心して過ごせる居場所づくりに取り組むなかで、地域に少しずつあたたかいつながりが生まれていることは実感できるようになっています。
    特に地域の高齢者や若者も参加してくれるようになって、いつしか親の会が多世代交流の場として広がっていったのです。

    子どもの居場所づくりと同時に大切にした、「まちの仲間を理解者に」すること

    ― 不登校の子と保護者を中心にした交流が、子どもたち・保護者たちが孤立しにくい環境になっていったのですね。

    そうなんです。私が目指す社会は、やっぱり子どもたちの居場所をつくることも大事ですが、それ以上にまちの仲間を理解者にしていくことを大切にしています。子どもたちが安心して外に出られるまち、学校に行かなくても安心していられるまちをつくりたいと考えているからです。法人設立の前に塾でプロジェクトを立ち上げたとき、活動するなかで少しずつわかっていったことが原点となっていますね。

    自分だけのことをやるよりも社会全体を良くしていくことのほうが、結果的に自分たちも良くなるんじゃないかという、すごく抽象的な話なのですがそこにとても納得できたのです。自分の目の前という領域から、システムの問題とか社会の仕組みというところに視点を置いたら、最終的に「社会を変える」ということに行きついたのです。

    多くの不登校を経験した若者が場づくりに参加するように変化

    ― 大きな視点ですね。親の会を始めて現在までにどんな進展があったのでしょうか。

    いろいろやってきて、失敗もたくさんありましたよ。一番大きかったのは、親の会をやっていくなかで、そこから発展していろんな居場所をつくろうとしたこと。その際、やっぱり保護者が中心になることが多かったので、「この続きは家でやってみてね」など、もちろん悪気はないのですが、子どもに宿題を与えるような、保護者が関わりすぎてしまうこともありました。そうなると子どもも楽しいというより負担が増えてしまい、保護者が関わることで居場所として崩れてしまうこともあると知りました。それでいったん、子ども向けの活動はストップしたこともあります。

    今では地域のさまざまな人が集まるようになった

    その後、不登校を経験した若者たちがたくさん手伝いに来てくれるようになって、少しずつ状況は変わっていきました。ただただ「楽しい場にしたい」。というのは、やっぱりその若者たちがやってくれるからなんです。そこで、子ども向けの活動は私が主体でやるというよりも、その若者たちに任せて、彼らにいろいろな経験をしてもらいたいと思っています。子どもたちの居場所や活動は、若者中心でやってもらった方がいい。それは、やりながら変わってきた感じですね。

    いまは親の会も、できるだけいろんな人が来てオープンに運営しています。基本的には当事者だけの会に閉じずに、最終的に『優タウン』という私たちが目指しているまちを一緒につくりたいと思っており、保護者の皆さんも仲間になって、一緒につくっていこうとしています。最初は泣きながら話していたかたも、だんだん元気になって仲間になってもらえるようになっていきました。
    だいぶそういう観点では偏りもなくいろんな世代がいますし、トラブルもなくなっていきました。「そうか、これが多様性か」と思ったりしますね。

    大人が変わらなくてはいけない。一方で苦しい保護者と支え合っていくことの大切さ

    ― まさに社会の縮図ですね。次にお聞きしたいのは、小沼さんが考える「不登校の子どもに必要なサポート」とはどんなことでしょうか。

    まず、「子どもはなにも悪くない」ということ。本当に、ここは特にそう思います。だからこそ、大人が変わらなくてはいけない、大人の問題なんだ、ということをつくづく思っています。不登校の子どもたちには、「今のままでいいんだよ」「あなたのままで大丈夫」ということをどんどん伝えて、その子がそのままでいられる環境を大人がつくることが大切です。

    そうすると、子どももだんだん自信を持っていくんですね。「あ、これやりたい」って自然と出てきますから。それを大人は全力でサポートすること。傷ついて元気がないときには動けないこともありますから、休みながらでも「あなたはなにも悪くない」と伝え続けてほしいです。

    それと同時に、保護者も本当に苦しい思いをなさっていて、私も毎回一緒に泣いてしまうほどです。私は親の会を子どものためにやっているつもりですが、一方で私が保護者に少しプレッシャーを与えてしまっているのではないか?と思うこともあります。今は、「学校に無理やり連れて行くのは良くない」とか、「行かなくていいよ」と言っていても、心の奥にはやっぱり学校に行ってほしい気持ちもあって、その気持ちとどう折り合いをつけるのかは、保護者はみんなとても悩むところなのです。そう望むことすら悪いことのようになっている風潮に、保護者もまた苦しんでいる原因になっていたりします。

    「保護者同士もつながって話すだけで元気になれる」と小沼さんは話す

    保護者同士でつながって話をするだけでもすごく元気になれますし、子どもも一緒に元気になっていくと、それでまた保護者も元気になれるものです。やっぱり保護者同士も支え合っていくことが大事だと、活動を続けてきて改めて感じていますね。

    「頑張らなくてはいけない」という縛りから解放されて、見えてきた世界で自分を癒す

    ― 不登校のお子さんは「自分のことでお母さんが苦しんでいることがつらかった」とよく仰いますね。

    そうなんです。私ずっと言い続けているのですが、保護者のかたも自分の心を大切にして、自分にもやさしくしてあげてほしいのです。きっと保護者もずっと頑張ってきた人生だと思うんですよ。頑張って成果を出してきたから、お子さんの不登校についても「自分が頑張らないといけない」と思い詰めてしまうところがあるのではないかな、と。けれど「頑張る必要って本当にあるのかな?」と、私は思います。

    私の場合は、真面目に頑張ってきた結果が今ならば、今度はもう少しゆるくやって自分にもやさしくしてみたら、なんだかうまく回り始めているし、社会の「頑張る」「真面目に」という価値観にそんなに固執しなくていいんじゃないかな、と思うようになりました。

    さまざまな年齢の人たちがゆるくつながっている

    子どもも保護者ももう充分に頑張っています。だったらもう、私は自分も子どもも甘やかしてやさしくしてあげたいんです。甘やかすというのはモノや行動のことではなくて、外でいっぱい頑張っている子どもを心の底から甘えさせてあげたい。それができるのは保護者だけなのかもしれません。それで自分にもやさしくできれば、少しずつ不安がやわらいでいくのを感じられると思いますよ。

    ずっと私は「これをしなくてはいけない」とか「仕事を辞めたらいけない」と以前は思い込んでいましたが、辞めても実際にそんなに変わらないですし、やりたいことをやっている今は、「どうしてあんなに自分を縛っていたのだろう」とすら思います。その縛りから解放されると、「ああ、こんなに世界は広かったんだ」と実感ができるはずです。

    自分を癒し、自分の心を大切にして生きることが、結果的に周囲や子どもたちに良い影響をもたらす。そんな社会を目指して、少しずつ歩みを進めていきたいと思っています。

    「自分を大切にしてひとに優しくする」ことがより良い未来の鍵

    小沼さんの新しい生き方は、お子さんの不登校をきっかけに始まり、今では地域や社会全体を巻き込んだ「安心して暮らせるまちづくり」へと広がっています。社会の仕組みや教育のあり方に疑問を持ち、自分たちの手で変革を進めることで、誰もが自分らしく生きられる未来をつくることを目指して。「自分を大切にし、ひとに優しくすること」が、未来をより良くする鍵だと、小沼さんに教えていただきました。

    プロフィール


    小沼 陽子

    茅ヶ崎市生まれ、藤沢市在住。中央大学文学部卒業後、1997年にオリックスグループに入社し、環境事業の立ち上げに参画。1998年に事業分社化に伴い、オリックス環境株式会社に出向し、創業メンバーとして渉外を担当。2004年に長男、2007年に長女を出産。長男の不登校を経験し、親子の孤立や社会の生きづらさを痛感。2016年にオリックス環境を退職し、大前研一氏の「一新塾」に入塾。2017年に「ホームスクーリングで輝くみらいタウンプロジェクト」を立ち上げ、2023年にNPO法人優タウンを設立。不登校をきっかけに、20年間勤めた会社を辞め、考え方や生き方を転換。孤立や苦しむ親子が生きやすい社会づくりに取り組む。藤沢市子ども・子育て会議市民委員、神奈川県立横浜明朋高等学校スクールメンターも務める。

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