「循環型の学び」で新しい価値を創る人を育てる【広尾学園中学校・高等学校 木村健太先生】
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学校改革を経て、都内有数の進学校となった広尾学園。
学びの核は生徒の意欲にあるとして、本格的な学術研究や国際教育など、生徒の主体性を軸としたカリキュラムを追究しています。
同学園の医進・サイエンスコース統括長を務める木村健太先生に、世界を見据えたこれからの学びの在り方をお話しいただきました。
これからの教育、世界のトレンドは?
いま、先進国をはじめとする世界の国々では、2030年までに実現する未来の教育の姿を共有しています。
OECD(*1)が示している「ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030 」というのがそれで、教育のゴールとして、一人ひとりが多様な幸せ「Well-being」を実現できる社会を目指しましょう、としています。個人単位だけでなく、社会全体が「Well-being」な状態を目指す、としている点がポイントです。
自分だけが幸せになるために、偏差値の高い大学に入り、有名な会社に就職するためだけに勉強する、という考え方は、国際的に見ても「時代遅れ」であり、「優秀な子」「できる子」の定義も変わっていくと思います。
そもそも、少数の優れた者が牽引するというモデルは限界を迎えています。一人一人が新たに多様な価値を生み出し、対立やジレンマを克服し、主体的に責任ある行動をとっていく力が求められているのです。
*1 OECD:経済協力開発機構。ヨーロッパ諸国を中心に日・米を含め38か国の先進国が加盟し、読解力や数学リテラシーなどを測る国際的な学習到達度調査「PISA」の実施機関でもある。
日本においても、国内の大きな教育方針を決める際はOECDの考え方を拠りどころにしています。
加えて、最近は、学校が社会の縮図となるような役割を期待される中で、大学や企業、地域や行政、保護者も学校教育に関わる機会が増えており、ALL JAPANの体制で次世代を育成しようとする動きが高まってきました。
皆さんが小・中学生だったころと比べると、今は外国籍のクラスメイトが増えたように感じると思います。恐らくそれは事実で、今の学校の様子を最新の統計データに基づいて表すと次の図の左側のようになります。
1クラスに40人の中学生がいるとした場合、そのうち1人程度が家で日本語をあまり話さない外国籍などの生徒で、2人程度は発達障害の可能性があり、6人程度は不登校もしくはその傾向がある計算です。よく言われる「社会の多様化」が教室の中でも進んでいることがわかります。
子どもの特性を重視した学びの「時間」と「空間」の多様化を示している。左側が子どもたちの状況を中学校の1クラスに当てはめて表したもの。
出典:内閣府 総合科学技術・イノベーション会議 「Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ<中間まとめ>
このように多様な個に応じた対応をしていくためには、これまでの一斉講義型の授業だけでなく、一人一人の理解度や認知の特性に応じて自分のペースで学ぶことができる環境も構築していく必要があります。
こういった「個別最適な学び」と、子どもたち同士、さらには学外の多様な人たちとの「協働的な学び」を一体的に進めていくことが重要なのです。「個別最適な学び」においても「協働的な学び」においてもICTの活用は不可欠です。
「新しい価値を創る」にこだわり抜く6年間の研究活動
本校の医進・サイエンスコースでも、OECDが示す未来の方向性を重視しています。とりわけ、「新しい価値を生み出す力」の大切さについては、なぜ勉強するのか、という学びの根本とつながるため、教員間ではもちろんのこと、生徒、保護者、本校への入学を希望してくれる小学生にも説明しており、教育カリキュラムの柱の一つにもなっています。
同コースでは、「自分のやりたいこと」「社会が必要としていること」「(ある程度の)実現可能性があること」の3つを兼ね備えたテーマを生徒自らが見つけ、調べ、解明していく研究活動を中高6年間かけて研究していきます。
研究テーマは「世界の誰も答えを知らないこと」であることを求めます。その研究で成果が得られれば、学会や論文といった形で世の中に報告し、社会に還元できるというレベルのものです。
社会に還元されるためには、研究の目的が自分以外の存在にとって意味を持つ必要がありますし、そのためには社会の動きやニーズを踏まえたものでないといけません。これらを考えることは、研究だけでなくビジネスや創作活動など、将来のさまざまな場面で新しい価値を創り出す土台となります。
広尾学園が提案する「循環型の学び」
医進・サイエンスコースで行っている研究的な学びは、新たな価値を「創る」ことを重点においていますが、そのためには、日々の授業や生徒自らが調べる「知る」学びが重要です。本校では両者が繋がってぐるぐると循環するような学びのかたちを実践しています。
数学など積み上げ型の教科においては、後に学習する二次関数のために一次関数を学習するというように、目の前の学びは、次の単元を理解するための準備だと言われながら学ぶことがあります。全員が同じ順番で学ぶことが重要だとされているのです。
しかし、研究活動においては、生徒が知りたい!と思ったところから、教員はその生徒の学年や学習到達度に関わらずその意欲を支援します。
たとえば、「Twitterによるデマの拡散」を「感染症の拡大を予測する数理モデル」を用いて解析しようとしていた高校1年生の生徒がいました。その数理モデルは微分方程式で書かれているので、その生徒は微分方程式を理解するために逆算的に、微分積分学や関数方程式の概念を自ら学んでいきました。
このアプローチでは、数学としての理解の仕方が系統だっておらず適切でない部分があるかもしれません。しかし、生徒の「未知なる現象を数理モデルで解析したい」という「創る」ことへの意欲や興味関心が、教科・科目の「知る」学びの意欲を引き出し、主体的な学習に繋がったことには大きな価値があります。さらに、「知る」学びの中で得た知見は、新たに「創る」の過程を充実させていき、もっとたくさんの「知りたい」ことに出合うことでしょう。
「創る」と「知る」はどちらがスタートでも構いません。両者がぐるぐると循環していて、そのエネルギー源が生徒のワクワクであることを、本校では何よりも大切にしています。
子どもの可能性を本気で信じ、関心を寄せる
こうした学びや活動は、年齢や、偏差値による学力を問いません。「この子たちが未来をつくる主体なのだ!」と大人たちが本気で信じることから始まります。
実際、本校が生徒募集に苦しみ偏差値も低迷していた10年前の生徒が研究した内容は、今の生徒のものと遜色ありません。自分の限界を決めずに挑戦し、ワクワクを軸にした学びの可能性を、私は生徒たちから教わりました。
広尾学園 医進・サイエンスコースの生徒が取り組んだ研究テーマ。左段が10年前、右段が昨年度のもの。
家庭では、子どもが何かに熱中している時間を大切にしてあげてください。そして、それがなぜ、どのような点が楽しいのか尋ねてみてください。保護者も一緒に楽しめれば理想的ですが、まずは子どもの興味の対象に本気で関心を持つところから始めてみてはいかがでしょうか。
中学生であれば、そのことが学校で学ぶ教科や科目とどのような繋がりがあると思うか、聞いてみてもよいでしょう。自分の興味があることと、教科・科目が密接な関係にあることが分かると、学校の授業を受けるのが楽しみになります。「創る」ために「知る」学びを求めるようになるのです。そして、「知る」ことが自分の人生を「創る」うえで重要なことに気がつくと、生涯を通じて主体的に学ぶ姿勢が身についていきます。
学校でも家庭でも、私たち大人は、子どもの力を本気で信じ、興味関心を寄せ、私たちも楽しみながら支援する存在でありたいものです。
執筆/神田有希子
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