不登校をきっかけに、母親の私が「自分の生き方」を見つめ直したわけ

「学校に行きたくない」というわが子の姿に、不安や葛藤を抱えている保護者は多いでしょう。登校しぶりは中学生に限らず、小学生・保育園児にも起こりうるものであり、決して珍しいことではありません。 今回は、かつて不登校の子を持ち、現在は子どもと大人が自由に自分の人生を生きられる優しい世界を目指す「NPO法人優タウン」の代表を務められている小沼 陽子さんに、自身の生き方を見つめ直したきっかけと不登校の子を持つ保護者に伝えたいことについてお話いただきます。

この記事のポイント

    登校しぶりがあった息子と私の生き方 

    登校しぶりがあった息子と私の生き方 

    誰にも頼れなかった息子の保育園時代

    まず、私の家族の話をすると、現在(2026年)21歳の息子は、保育園から登園しぶりがあり、小学1年生からは学校へ行ったり行かなかったり、中学3年間は1度も学校に行きませんでした。一方娘はというと、小学2年生から中学2年生まで不登校でした。

    息子が保育園のとき、私は大手金融会社でフルタイム勤務。営業に会議にと、仕事を休めない毎日を送っていました。夫も仕事が忙しく、子ども2人の育児はほぼ私が担い、誰にも頼れない孤独な状態で、誰かに頼るという発想さえありませんでした。

    息子が保育園のとき、私は大手金融会社でフルタイム勤務。営業に会議にと、仕事を休めない毎日を送っていました。夫も仕事が忙しく、子ども2人の育児はほぼ私が担い、誰にも頼れない孤独な状態で、誰かに頼るという発想さえありませんでした。

    そんな日々の中、とうとう心が極限状態になり、ふらっと立ち寄ったのは占いでした。占いの先生に言われたのは「両親が元気なら実家に引っ越しなさい」という真っ当なお言葉。誰かに頼るという発想が抜けていた私は、この言葉にハッとし、実家近くへ引っ越しを決意したのでした。夫にも母にも「あなた、そんなに大変だったの...?」と驚かれたのを今でもよく覚えています。

    息子が小学3年生のときに転機が...! 

    小学校に入った息子は、小学1年生の5月から学校を嫌がるようになりました。仕事は休めないため息子を引きずるように学校に連れて行く日々でしたが、どうしても行ってくれず息子を自宅に残して出勤することも。

    そんな毎日の中、息子が小学3年生のときに事件が起こります。どうしても学校に行きたくない息子が、大人達から自宅マンション内を逃げ回り、非常階段から落ちそうになったんです。

    そのとき、「私は一生懸命やっているけれど、これで息子が命を落としたら取り返しがつかない」「こんなに嫌がっている息子を無理やり学校に連れて行くのが、本当に子どものためなのか?」「自分が仕事に行くために、学校に行かせようとしているのではないか?」と思ったんです。

    様子がおかしい息子を見て、私は「家で休む時間が必要」と判断しました。私の母は「学校だけは行かせて」と泣き、夫は「学校に行かないなら家で勉強」と言い、初めは意見が合いません。しかし、息子の命がかかっていると感じ、私は自分の意思を貫きました。

    そして、とにかく息子がやりたいと思うことを、できる限りさせてあげました。すると息子は、だんだん元気になっていったんです。当時は、回復していく息子の姿だけが支えでした。

    息子の不登校が、自分(母親)の生き方を見つめ直すきっかけに

    息子の不登校が「自分(母親)の生き方」を見つめ直すきっかけに

    そうした日々を経て、私は、息子が小学6年生の頃、勤めていた会社を辞める決意をしました。そのきっかけとなったのが息子の不登校です。こうした場合、不登校の保護者が離職となると「子どもが不登校だから」と思われがちですが、私の場合は「自分のこの働き方に疑問を感じたから」という理由での退職でした。

    「よい学校へ行き、よい就職をするのが正解で、正社員が一番の幸せ。だから、息子を学校へ連れて行くことが愛情」と、 かつての私はこう思っていました。

    しかし、息子が学校に行かなくなり、嫌がる息子を無理やり登校させ、自分自身もそうした対応と仕事で疲弊していくという状態が続き、私自身「本当にこれが幸せ?」「本当にこれが正解?」と正解がわからなくなってしまったのです。

    不登校の息子は「学校に行かない」という、「自分の意思」をもって生きているなと感じる一方で、「私はこれまで自分の意思をもって生きてきたのだろうか?」と考え悩みました。そして、たどり着いた答えが「私も、私の人生を自分で選んで、自分で決めて生きていきたい」でした。

    その自身の意思決定の第一歩となったのが「退職」です。さらに「子どもとの時間を大切にしながら、子どもが生きていくこの社会をよくしていくこと」、これが私にしかできない、私が選びたい人生ではないかという考えに行き着いたのです。

    職を失う怖さはありましたし、周りの人からの反対もありました。でも、あのとき自分の望む人生を選んでよかったし、今とても幸せです。また、自分に合う環境に身を置くことで、人は大きく変われるということを、自分自身の経験から感じることができました。

    だから、自分の子どもにも合う環境を見つけて、のびのび生きてほしいなと思っています。

    不登校の子を持つ保護者に伝えたいメッセージ

    不登校の子を持つ保護者に伝えたいメッセージ

    親も自分の意思で、自分の人生を生きてほしい

    「子どもは子どもの人生、私は私の人生」と思うことができると、不思議と不安な気持ちが消えていきます。もし家族の誰かが大変な状況になったときは、家族がチームとなって支え合えばいいのです。

    不登校は『親も自由に生きて』という、子どもからのメッセージだと思います。保護者も子もそれぞれの人生を自分の意思で選びながら、自分の心と体を大切にして、思いっきり生きてほしいです。

    不登校で悩んだときは「親の会」などの活用もおすすめ

    不登校に悩む保護者同士が悩みを共有し、相談できる「親の会」は全国各地に数多く存在し、私自身も親の会を9年主催しています。そこで感じるのは、不登校の子を持つ保護者の悩みは、たいてい共通しているということです。

    同じ悩みを共有し、共感してもらうことで、保護者はとても元気になります。地域の親の会に出向き、そこで仲良くなったかたと個人的に交流しているというお話もよく耳にします。「悩んでいて誰かに話を聞いてほしい」、「同じ不登校の子を持つ保護者から話を聞きたい」というかたは、ぜひ地域の親の会を検索してみてください。

    まとめ & 実践 TIPS

    まとめ & 実践 TIPS

    子どもの不登校に悩む保護者に伝えたいことは、ひとりで抱え込まず、誰かと悩みや不安を共有しながら、自分の生きる道も諦めてほしくないということです。不登校の息子と向き合う中で、「子どもは子どもの人生、私は私の人生」と思えたとき、不安が少しずつ和らいでいくという感覚がありました。親の会なども含めて、頼れる場所はたくさんあります。あなたらしい生き方は、きっと子どもにとってもよい影響になるはずです。

    小沼 陽子(おぬま ようこ)

    特定非営利活動法人優タウン 代表

    茅ヶ崎市生まれ、藤沢市在住。中央大学文学部卒業後、1997年にオリックスグループに入社し、環境事業の立ち上げに参画。1998年に事業分社化に伴い、オリックス環境株式会社に出向し、創業メンバーとして渉外を担当。2004年に長男、2007年に長女を出産。長男の不登校を経験し、親子の孤立や社会の生きづらさを痛感。2016年にオリックス環境を退職し、大前研一氏の「一新塾」に入塾。2017年に「ホームスクーリングで輝くみらいタウンプロジェクト」を立ち上げ、2023年にNPO法人優タウンを設立。不登校をきっかけに、20年間勤めた会社を辞め、考え方や生き方を転換。孤立や苦しむ親子が生きやすい社会づくりに取り組む。藤沢市子ども・子育て会議市民委員、神奈川県立横浜明朋高等学校スクールメンター等を歴任。

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