不登校の受け止め方から転機と支援まで、親子で前進した5年間【先輩保護者に聞くリアルな歩み_前編】

現在中1のわが子が小4で学校に行かないことを決断したとき、保護者である武田 真美子さん(仮名)は「いつかこんな日が来ると思っていた」と受け止めたそうです。保育園時代から行きしぶりがあり、就学後も学習のつまずきや学校生活での困難を経ての不登校。そこからつながり先を探りながら、親子で少しずつ前に進んでいきました。前進するプロセスで、武田さんはどんなことを大切にしてきたのでしょうか。

この記事のポイント

    保護者の自分も不登校経験者だから「そんな時期もある」と思えた

    保育園の頃から登園しぶりがあったため、「小学校でも通えなくなる時期が来るかも」と、覚悟はしていたという武田さん。入学後しばらくは元気に登校していた娘さんでしたが、やがて遅れて登校する日が増え、武田さんがほぼ毎日学校まで送っていました。そして小4の5月、運動会の練習が始まった頃、娘さんが「もう学校に行かない」と宣言。

    「本人の意志が固いのに加えて、腹痛など身体症状もあったので、無理に連れて行くべきではないと判断しました。私自身、中学・高校とも数ヶ月学校に行けなかった経験があったので、行けなくなる時期もあるよね、という感覚が根底にあって。比較的すんなりと受け止めていました」。

    一方、武田さんの夫はなかなか状況を受け入れられなかったそうです。「何があっても学校には行くものだ」という価値観で育ってきた世代のため、学校を休み続ける娘の状態が理解しがたく、武田さんが「今はそういう時代ではない」といくら伝えても耳に届きませんでした。あるとき、テレビで不登校の専門家が「無理やり行かせても解決にはなりません」と話すのを聞いて、ようやく「そうなのか...」と腑に落ちた様子。夫婦間の温度差は、不登校家庭でよく聞かれる悩みのひとつですが、武田さん夫婦も例外ではありませんでした。

    「ふり返ってみると、私自身は行きしぶりの時期のほうが、しんどかったです。毎朝何度も起こして、準備の声かけを繰り返しても、何時に登校するのか予定が読めなくて。きっぱり行かないと決めてからのほうが、逆に気がラクでした」。

    夫婦ともに在宅メインの仕事であり、娘さんの年齢や性格的に短時間なら留守番もできたため、生活上の支障が比較的少なかったことも、落ち着いて対応できた要因のひとつでした。

    本、病院、教育相談と、外に向けて不登校支援のつながりを広げる

    娘さんが学校に行かなくなり、武田さんが行ったのは、次の3つです。

    ● 不登校関係の書籍を読む
    ● 医療機関を受診し、WISC検査(※)を受ける
    ● 自治体の教育相談を利用する

    ・不登校関係の書籍を読む

    まずは手軽にできることとして、不登校の背景や子どもとの接し方について書いた本を読んでみました。
    何冊かの本を読んだことで、学校に行かなくなる理由は簡単には見つからない場合もあること、そして何が前に進むきっかけになるかは子どもによって違うことがわかりました。

    ・医療機関(児童精神科)を受診し、WISC検査(※)を受ける

    次に武田さんが行ったのは、地域の児童精神科の受診でした。医療とつながったのは、娘さんが学校に行かなくなった背景に発達の特性や学習困難があるのではないかと感じたためでした。

    「学習困難については小1のときから感じていて、WISC検査を受けてみたいと一度かかりつけ医に相談したことがありました。そのときは"子どもに発達障害のレッテルを貼りたいのか!"と怒られてしまって。どこで検査を受けたらいいのかも調べきれずに、あきらめていたんです」。

    不登校になって改めて動き出したきっかけは、娘さんのひとことでした。学校に行きたくない理由について、いじめや友人関係などは思い当たりませんでしたが、「みんなと同じように授業を聞いてるのに、私だけわからない...」とポロッと言ったのです。

    「娘の困り感の背景にあるものがわかれば、今後の指針になるかもしれないと思って、改めてWISC検査を受けられないかと考えるようになりました」。

    まず、地域の児童精神科を受診して相談しましたが、紹介先として名前があがった国立病院でのWISC検査は半年待ち。さらにさまざまな受診先を調べた結果、近隣の大学附属病院に児童精神科があり、WISC検査などの各種検査も行っていることが判明。地域の児童精神科で紹介状を書いてもらい、初診から2か月後にはWISCをはじめいくつかの検査を受けることができ、検査結果から娘さんの困り感がようやく可視化できました。

    ・自治体の教育相談を利用する

    大学附属病院の児童精神科の医師からのアドバイスを通じて、自治体が設置している不登校支援ともつながることができました。最初に聞かされたのは、自治体に学校が行きづらい子を対象にした居場所となる教育支援センター(適応教室)を設置しているのではないかということでした。

    「担任からもスクールカウンセラーからも得られなかった情報で、"そんなのあるんですか⁉"と驚きました。教育支援センターについての詳細を聞くためにコンタクトした教育相談を通じて、娘は自治体の心理士と、私はスクールソーシャルワーカーとつながることができました。心理士さんとは今も継続して面談していただいていて、娘のよき理解者のひとりです。スクールソーシャルワーカーには中学進学のタイミングで公立中の不登校支援の状況なども教えていただき、助けられました」。

    校内サポートルームの開設が親子の転機に

    武田さん親子にとって最も大きな転機となったのが、小5に進級するタイミングで学校内にサポートルームが設置されたことでした。娘さんが小2からPTA役員を務めていた武田さんは、折に触れて校長先生から「最近はどんな様子?」「もし興味があれば校外学習は来てみない?」と声をかけてもらっていたそうです。

    「あるとき、"教室にいるのが難しい子を対象にした部屋を作ろうと思います"という計画を聞かせていただきました。今は全国的に校内サポートルームを各校に設置する動きがありますが、当時は私もそのような情報を知らず、娘のように学校に行きたいけれど、教室に入りづらい子には、とてもありがたい取り組みだと思いました」。

    サポートルームは授業がない先生方が交代で見守りを担当。不登校への知見を持つ専門支援員も週1回来てくれるようになりました。

    「その支援員さんとの出会いで、目の前がパーッと開けました。娘と私それぞれの話を丁寧に聞いてくれて、必要なことは担任にも伝え、娘と担任の先生との関係づくりにもひと役買ってくれました。さらには担任と支援員さんだけでなく、給食の見守りに来てくれる先生ともささいな会話を通じて関係が深まり、校内に娘を気にかけてくれる方が増えていきました」。

    支援員と娘さんは、校庭を一緒に散歩したり、図書室に一緒に行って興味のある本を探したりしました。娘さんは「家で作ってみたい」と料理のレシピ本を借りてきて、作った料理の写真と感想をノートにまとめることを武田さんが提案。ノートは支援員やサポートルームに集まる子どもたち、給食の見守りに来る先生にも見てもらい、「すごいね!」「上手だね!」と褒められる経験が、娘さんの自信につながったようです。

    「中学もサポートルームがある公立に進学しました。自分と同じように学校に行きづらい、教室に入りづらい仲間がいるとわかったのは、娘も私も、孤独から抜け出すきっかけになりました。中学のサポートルームでは、中3の先輩が高校受験の話をしているのを聞いて、先の見通しが持てたのも大きかったと思います」。

    どうしたらいいかわからないからこそ「扉を叩いた」

    娘さんが学校に行かない選択をして以降、書籍、医療機関、教育支援センター、そして校内サポートルームと、順に扉を叩いていきました。「どこに行っていいかわからないからこそ、とにかくできることを順にやっていきました」と武田さんは言います。その一歩一歩によって、娘さんを支える人たちが増えていきました。後編では、保護者どうしのつながりや、武田さん自身の心の保ち方、そして娘さんと武田さんの「今」についてうかがいます。

    (※)WISC検査とは
    5歳0カ月〜16歳11カ月の子どもの知的能力や認知特性を測る心理検査のひとつで、現在はWISC-Vが最新版。言語理解・視空間・流動性推理・ワーキングメモリ・処理速度の5つの指標と全般的な知能を数値化してみることで、その子の得意・不得意のバランスを把握するために用いられます。子どもへの適切なサポートを考える手がかりとしても活用されています。

    プロフィール


    上木原 孝伸

    教育企業で講師として17年間教壇に立ち、教科指導や教室運営に携わった後、通信制高校の開校準備から参画、同校の副校長を4年間務める。その後、発達に特性があるお子さまとそのご家庭にマッチする環境のコンサルティングサービスの責任者を務めた後、ベネッセコーポレーションに入社。不登校ライフナビの監修等を務める。

    不登校ライフナビ こどもの個性と未来をつなぐ