子どもと大人が共に成長する「学びの多様化学校」の魅力とは

子どもの「学校に行かない」という選択には、はっきりした理由やきっかけがないことも多いですが、学校に行くたびに心が傷ついてしまう、自分らしくいられず苦しいなど、「学校」そのものへの信頼を失っている場合もあります。そうした子どもたちに、もう一度学校で「学びたい」と思ってもらえたら…。それを目指すのが「学びの多様化学校」という新たな価値観を持つ学校です。

現在、全国で増えつつある「学びの多様化学校」とはどのような学校なのでしょうか。「学びの多様化学校」における全国の草分けともいえる岐阜市・草潤中学校の取り組みを紹介しながら、子どもが「学びたい」という気持ちを持ち続けるために周囲の大人が本当にするべきサポートを考えていきます。

この記事のポイント

    「こんな学校だったら」の思いに寄り添う「学びの多様化学校」

    「学びの多様化学校」は平成17年に学校教育法施行規則の改正によって誕生した新たなスタイルの学校です。その大きな特色は、不登校児童生徒の実態に配慮して、「特別な教育課程」を編成・実施することが認められていることです。当初は「不登校特例校」という名称でしたが、令和5年に「学びの多様化学校」に変更されました。

    『学びの多様化学校』では、学習指導要領など従来の学校で用いられている教育課程にとらわれず、柔軟なカリキュラムを組むことができるので、年間の授業時間数を減らす、始業時間を遅めにする、制服や体操服などの指定をしない、学年や学級単位ではなく習熟度別の指導をするなどが取り入れられています。学校に行きづらい子が「苦手だな、しんどいな」と感じやすい点が最初から存在しないのは、「ここなら通ってもいいかな」と思えるきっかけになりやすいですよね。

    フリースクールやオルタナティブスクールとの違いは、学校教育法施行規則に基づいて、文部科学大臣の許可を受けて設置される学校であることです。私立に限らず、公立の「学びの多様化学校」も全国に広がっていて、文部科学省によると、令和7年4月現在で58校が設置されています。(※1)

    『バーバパパのがっこう』を理想とする岐阜市立草潤中学校

    今回ご紹介する岐阜市立草潤中学校は、2021年に開校された公立の「学びの多様化学校」です。不登校を経験した子どもに全面的に寄り添う独自のカリキュラムが全国から注目を集めています。

    アドバイザーとしてかかわった京都大学の塩瀬 隆之先生が理想として提案したのがフランスで出版された絵本『バーバパパのがっこう』でした。絵本の中では、子どもたちが落ち着かず授業が成立しなくなった学校にバーバパパのファミリーが出会い、子ども一人ひとりの好奇心に寄り添って、それを満たすようなサポートをします。好奇心が満たされることで、子どもたちが学習にも興味を持っていくという内容です。

    草潤中学校もそれにならい、「子どもが学校に合わせる」のではなく、「学校が子どもに合わせる」姿勢をとても大切にしています。教室はありますが授業はすべてタブレットで配信されているので、学校内のどこでも受けられます。自宅でのオンライン授業も可能です。また、学級担任制ではなく個別担任制として、生徒側が担任を選ぶことができるのも、従来の学校とは一線を画している点です。

    ルールも学校行事もなし!?画期的なその背景

    制服や校則はなく、毎年決まって行う学校行事もありません。図書室はリラックスして読書ができるようにビーズクッションやハンモック、テントが置かれています。従来の学校で「あるのが当然」「そうするべき」と思われているものを、すべて取り払って、本当に生徒に必要な形、必要なものを模索していく革新的なスタイルの学校なのです。

    「ルールがない」と聞くと、「自由すぎて学校が荒れるのでは?」「教職員の負担が増えるのでは?」と心配する声も出るものですが、実際はどうなのでしょう。

    塩瀬先生によると、「すべてをルールで縛ろうとするのは、そもそも生徒を信用していないからです。わざわざルールにしなくてもいいことまで、先回りしてルールにしてしまう。結果として、ルールだらけで余計なことまで注意する機会が増えることで、教師と生徒の関係を悪化させることにもつながります。放っておいても生徒がわざわざやらないことは、信頼して生徒に任せてしまえばいいのです。

    そして、教師と生徒の関係をうまく双方の間で探りながら、本当に必要なことはルールにするなど、一緒に見つけていくことが大切。ルールだけでなく、学校行事の要不要を検討する際にも、生徒と一緒に考えられるか。去年もやっていたからという理由だけで同じことを繰り返すのではなく、まず先になにが削れるかをみんなで一緒に考えて減らす。その結果として余白が生まれるのです。そこでできた余裕が、ひとつ生徒に向き合える時間を増やしてくれるのではないかと考えています」とのこと。

    教師と生徒が「必要かどうか」を共に考えるステップは、信頼関係の構築にもつながっていると言えそうです。

    教師と生徒が共に悩んで、学校の最適な形を見つける

    とはいえ、「学びの多様化学校」が設置さえされれば「本当は学びたいけれど、学校には行きたくない」と感じている子たちの困りごとがすべて解決するわけではありません。大切なのは、『バーバパパのがっこう』のように、子ども一人ひとりがどんな環境や配慮、サポートを求めているのかじっくりと向き合えることです。

    学校内で課題が生まれたときにも「こういうルールだから仕方ないよね」で終わらせてしまうのではなく、教師と生徒が共に悩み、考え抜いて、最適な形を見つけていく様子を目の当たりにして、子どもたちは「ここなら学んでもいいかな」と感じるのではないでしょうか。

    草潤中学校でも、思い思いの場所で授業を受けるスタイルを取り入れた結果、「子どもたちがどこにいるのか把握が難しい」という課題が出てきたそうです。そこで誕生したのが「今ここボード」。学校内のマップ上に、次の授業時間に自分がどこにいるのかマグネットを置いて居場所を示します。

    「自分の意見で学校が変わる」経験が学校を信じるきっかけに

    また、ほかに誰もいない場所で授業を受けている生徒を見つけると、教員は「よかれと思って」声をかけに行っていました。ただ、全員が声をかけてほしいわけではなく、逆にプレッシャーになるという生徒もいたのです! 話し合いの結果、今度は「声をかけてほしくないシール」が生まれました。「今ここボード」の自分の名前の上にこのシールを貼っておくと、「先生から声をかけてほしくない」という意思表示ができます。

    これまでの学校生活で、「自分の意見で学校全体の仕組みが変わる」経験のある子はどれだけいるでしょう。学校の仕組みに不都合や困った点があっても、我慢するほかなかった経験のほうが多いと思います。そんな子どもにとって、「自分の困り感に寄り添ってもらえる」経験は、学校に抱いていた印象を大きく変えるきっかけになるはずです。

    子どもの学びを守るため、大人も価値観のアップデートを

    こうした草潤中学校での取り組み事例からは、「学びの多様化学校」が全国に広がっていき、学校や学びから遠ざかってしまった子どもが、もう一度「学びたい」と思えるためには、大人の価値観のアップデートが必須だとわかります。

    たとえば「義務教育」という言葉に対して、「子どもに学習する義務がある」と解釈してしまうことがあります。「義務教育なのだから、小学校・中学校は行かなくてならない」と子どもに伝えている人もいるでしょう。塩瀬先生は、「義務教育」という言葉の本来の意味は、「大人には、学びたいと思う子どものために、適切な環境を提供する義務がある」と解説しました。

    学校に行かなくなった子どもの学びが止まってしまうのは、「仕方がないこと」ではなく、現在の学校の環境では安心して学べない子どもに合う「学びの場」を用意できない社会の課題です。学びたいのに環境が合わないという子がいれば、どのような環境であれば学び続けられるのか一緒に考え、模索できるか。それが今、子どもの学びにかかわる大人たちに問われています。

    また、塩瀬先生はこのように考えています。「『生徒は、こうあらねばならない』という思い込みを先生にはいったん脇に置いてみてもらいたい。もちろん、対話しながら生徒と一緒に考えるためには、その分だけ多くの時間が必要です。実際、どのように対話していけばよいのかを考えはじめると、ちょっとずつ悩む時間も増えてきます。しかし、ここで先生が悩む時間が増えたということの裏を返せば、これまで先生が悩まずに済んでいたときは、逆に生徒の悩む時間が長かっただけなのかも知れません。

    実際に、「学びの多様化学校」で出会った何人かの保護者がおっしゃったのは、『この学校の先生は、すごく悩んでくださる。ひとこと声をかけるにも決めつけた言い方を避け、ずいぶん悩んでからそのひとことをしぼりだしてくれる。それが子どもにはとてもありがたい』と。しかし、先生がこれまで以上に悩むための時間を確保するためには、やはりまず学校が先生のそういった時間を確保するために他の作業を削る必要があります。それがたとえば行事に関するものであるならば、過去の慣例にとらわれずに積極的に減らしていくことも解決策のひとつになりえます。

    私たち大人世代が当たり前だと思ってしまっている学校の姿を変えなければ、子どもにいざ向き合おうとした先生方の足枷にもなりかねません。まずは先生や学校を支える大人が、これまでの価値観を変容させ、子どもをありのまま迎えられるような学校の姿を想像する必要があります。さらに、この変化を社会全体が受け止められるような変化も必要です」。

    加えて、「学びの多様化学校では、『何人の子どもが学校に通えるようになりましたか?』という表現を避けて欲しい」とも。「学びの多様化学校を子どもの再チャレンジの場と捉えるのではなく、学校という場所がもう一度子どもたちに信じてもらえるかどうかを占う場として捉えて欲しい。子どもから見ても学校が安心できる場所だと思えるようになれば、次に学びたいという気持ちが芽生えてきます。学ぶ気持ちが少し満たされてくると、教室の中にも居場所が増え、やがて誰かと一緒にいることを楽しめるようになる。

    こうした気持ちの変容過程にも個人差があるので、一人ひとりの異なるスピードに大人がどれだけ待つことができるかが鍵になります。とくに義務教育においては、すべての子どもたちの学びを支えることこそが大人の義務ですので、学校だけでなくとも学びの場の環境をそこかしこに整えることが必要なのです 」と述べられました。

    すべての学校が「多様化」する未来を目指して

    「学びの多様化学校」について知った保護者からは「この学校ならうちの子も通えるかも」「こんな学校、考え方をしてくれる先生が増えたら、学校に行かない選択をする子が減るのでは」といった声が聞かれます。「自分が住む地域にも早く『学びの多様化学校』ができてほしい」という切実な願いを持つ人も少なくありません。

    令和5年6月に閣議決定された教育振興基本計画では、「分教室型も含め、全国で300校の設置を目指す」という目標が掲げられています。ですが、「学びの多様化学校」の考え方は、不登校の子どもだけでなく、すべての子どもに必要なものです。(※2)

    公立の「学びの多様化学校」があることで、「そこで今までと違った子どもとの向き合い方を学んだ教員がまた別の学校に異動して、学んだことを広げていってくれる」ことに意味があると塩瀬先生は考えています。

    教員や保護者など子どもにかかわる大人だけでなく、社会全体が学校や学び、不登校に対する意識をアップデートし、「学校」がより多くの子どもにとって居心地のいい場所に変わっていくことが期待されます。

    (※1)出典:文部科学省「学びの多様化学校(いわゆる不登校特例校)の設置者一覧」
    (※2)出典:文部科学省「第4期教育振興基本計画」令和5年6月16日

    プロフィール

    京都大学大学院工学研究科修了。機械学習による熟練技能継承支援システムの研究で工学博士。ATR知能ロボティクス研究所客員研究員、慶応義塾大学SFC上席所員など併任。2012年7月より経済産業省産業技術政策課 課長補佐(技術戦略)。2014 年7月京都大学総合博物館准教授に復職。学びの多様化学校・岐阜市立草潤中学校創立アドバイザー、2025大阪・関西万博日本館基本構想有識者委員会座長ほか、経済産業省 産業構造審議会イノベーション小委員会委員、文部科学省中央教育審議会高校教育改革ワーキング委員、文化庁伝統工芸用具・原材料調査委員会委員など歴任。著書に『問いのデザイン 創造的対話のファシリテーション』(学芸出版社、2020)、『未来を変える 偉人の言葉』(新星出版社、2021)ほか。

    塩瀬 隆之(しおせ たかゆき) 京都大学 総合博物館 研究部情報発信系 准教授

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