「笑いと不登校」──山田ルイ53世さんに学ぶ、生き方の多様性について

「不登校ライフナビ」では、「不登校」という事象の解決ではなく、不登校の背景や伴って起きている課題をみんなで解消していくことを目指してさまざまな情報発信をしています。2025年3月のスタート以来、不登校の≪原因・対応・将来≫という軸で専門家と共に多数のセミナーを開催してきました。今回は2025年11月8日に、お笑い芸人の山田ルイ53世さんをゲストにお迎えしたセミナーから、「不登校経験」を当事者の立場からふり返っていただきました。

この記事のポイント

    家庭内でバランスを取る役割が、やがて「失敗できない」自己像へ

    「なにしろ当時、ぼくは神童でしたから(笑)」と、ユーモアを交えて何度も口にするお笑い芸人の山田ルイ53世さんは、中学2年生から約6年間の不登校・引きこもりの経験をしました。「ちゃんとやる」「完璧であるべき」として築いた自己像が原因となり、やがて中学受験や周囲からの期待が積み重なっていくにつれて、日常生活はルーティンやこだわりによってがんじがらめとなっていきました。

    たとえば、ノートの角を揃える、教科書の並べかたにこだわる、机の上の配置などを厳密に整えることで安心を得られる
    こうなると、ちょっとでも乱れがあると不安が増すようになりました。
    ほかにも、掃除機をかけ、雑巾で拭き、さらに繊維のゴミや自分の服を念入りに粘着テープ(コロコロ)で取るといった一連の行為を延々と繰り返していたそうです。

    これらは一例に過ぎず、当時の山田ルイ53世さんの毎日は「自分の決めたルーティン」に支配されていき、次第に強迫観念にとらわれるまでになったのです。

    「兄貴と親父がなにしろすごい不仲で。殺伐としていく家庭の雰囲気のなか、自分が家族のバランスを取る役割になろうと思ったんです。大人から褒められることを求める子どもでした」と話すように、だんだんと「失敗できない」状態を自分自身に課してしまった山田ルイ53世さん。

    「不登校 通信制高校」教育スペシャリストの上木原 孝伸とのセッションシーン

    「不登校 通信制高校」教育スペシャリストの上木原 孝伸とのセッションシーン

    他人から見たら些細とも思える教室での出来事にも精神を疲弊させ、さらにはクラスメイトの前で自己像が崩壊するようなアクシデントを起こしたことで、不登校となりました。それは、山田ルイ53世さんが自ら描いていた「神童と呼ばれるべき自分」というあまりに大きくなりすぎた重石が、ご自身を圧し潰してしまったとも言えるかもしれません。

    自己像と現実のズレを「土俵をずらしてごまかす」ように新天地へ。自分らしさを取り戻していく

    引きこもり期間、親御さんは当初「なにが起きているのか分からず戸惑っていた」と山田ルイ53世さんはふり返ります。突然ベッドから出られなくなった息子を前に、それまでは一見、ふだんどおりの生活をしていたことから親御さんも対応の準備がなく、どう接すればよいかわからないまま時間が過ぎていきました。学校に行かず、ずっと家にいる息子についてご近所の目が気になっていきます。今と違って、サポート等の情報が少なかったことは、山田ルイ53世さん自身だけでなく、親御さんをも追い詰める一因にもなっていたのです。

    会場ではときに笑いが起き、ときに真剣に聞き入るなど引き込まれる参加者

    その後、ふとテレビで同年代にあたる成人式のニュースを見たときに「すごく焦りをおぼえて」、本来優秀な人間だったはずの人生の帳尻を「なんとか合わせないといけない」として、大学進学を目指し勉強を始めると見事合格を果たしました。ところが、かつて大人から賞賛され、つくりあげた自己像とのズレを現実世界で感じるようになると、学ぶモチベーションや目的意識を失ってしまいます。学業への挫折を「土俵をずらしてごまかしたかった」と語り、突如お笑いの世界に飛び込みます。そのことを、「逃げた」と認識しつつ、それを否定するのではなく、行き詰まったと感じたら別の場への転換をしてみることで自分らしさを取り戻していきました。

    そして最終的な自己受容への回復につながったのは、「とりあえずの一歩」という小さな一歩を積み重ねることでした。

    本人には後悔も多い不登校経験。いまに活きても活きなくてもどっちでもいい

    不登校の期間をふり返り、山田ルイ53世さん自身は「親がすべてを解決すべきではないし、できるものではない。親の万能性を期待しないこと、外部の専門家に頼る勇気も必要」と語ります。

    回復につながる大事なことは、大がかりなことではなく「とりあえず」の小さな行動の積み重ねでした。「とりあえず部屋から出る」「次は玄関まで」「靴につま先を入れてみる」といったミリ単位の前進が、やがて物理的な脱出につながったという実感を繰り返しお話になっていたことは、視聴者の共感を呼びました。

    また、引きこもりの期間が後の人生に必ずしも一律の「糧」になるわけではないとも明確に断言しています。社会はしばしば不登校の結果に美談を求める傾向がありますが、本人には後悔や欠落感もあり、それを無理に成長物語に仕立てる風潮に疑問を投じています。不登校がいまに活かされていると感じても、感じなくてもいいと語る姿にはさわやかさが感じられました。

    かつてと違い、現在はサポート内容も学校外の居場所にも選択肢が増えており、フリースクールや通信制高校では出席認定の活用等、制度面での対応が進んでいます。時代と共に支援策も増え、家庭内から外とつながっていくことが一層大切となっています。

    保護者は自分の人生を楽しく生きて、家庭が明るい方がいい

    最後に、山田ルイ53世さんから保護者に向けてアドバイスをいただきました。
    「保護者がすべてを背負わずに第三者の力を借りること。そして親自身も人生を楽しむこと」。

    「親は親の人生を楽しんで!」と山田ルイ53世さんはエールを送る

    疲弊し傷ついた子どもの回復には、タイミングや本人の意思が欠かせません。ならば保護者も自分の人生を楽しむことで家庭を明るくする方がいいですし、「すべて背負わず外部の支援を活用することが大切」といった、不登校の経験を持つ当事者ならではの静かな説得力に満ちたお話でした。

    視聴した保護者からは、「苦しかった経験を美化しない忌憚のないお話に励まされた」、「経験をなんでも糧にしなくてはいけないという考えかたは、人によって合わないこともあると知った」などのご感想をいただきました。
    「不登校の子どもの考えていることがなかなかわからない」と悩む保護者が多いなかで、当事者の立場から発せられるメッセージには、たくさんの気づきと希望の種がちりばめられていました。

    神童の自分が、引きこもりに... 山田ルイ53世が抜け出せなかった「過剰なルーティン」の正体
    「どんな善意も、受け付けない時期がある」 山田ルイ53世が感じた《普通》の呪縛
    「美談ではない」引きこもり時代を振り返って── 山田ルイ53世が保護者に伝えたい本音

    プロフィール

    お笑いコンビ・髭男爵のツッコミ担当。 地元の名門・六甲学院中学に進学するも、中学 2 年の夏にひきこもりになる。約 6 年 のひきこもり生活を経て大検合格。愛媛大学に入学も、その後中退し上京、芸人の道 へ。「ルネッサーンス」のフレーズとワイングラスでの貴族のお漫才で 2008 年にブレイク。現 在はラジオのパーソナリティやナレーション、コメンテーター、執筆業、イベントなど幅広く活躍 中。主な著書に「ヒキコモリ漂流記完全版」「僕たちにはキラキラ生きる義務などない」がある。

    山田ルイ53世(やまだるい53せい)

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