もしも我が子からカミングアウトされたら? 映画『息子のままで、女子になる』主役トランスジェンダー女性・サリー楓さんに聞く
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近年、目にする機会の増えた「LGBT」の表記。性的少数者を表す総称で、その中の「T=トランスジェンダー」女性であり、若き建築デザイナーでもあるサリー楓さんのドキュメンタリー映画「息子のままで、女子になる」が公開されます。
もし子どもがトランスジェンダーかも知れないと思ったら、どう向き合えばいいのでしょう? トランスジェンダーに生まれ、子ども時代から「性別違和」を感じていた楓さん。その目線から、親としての接し方やコミュニケーションのポイントなど、親子関係の中に活かしていきたいお話を伺いました。
トランスジェンダー女性の未来、そして父親との葛藤を描いたドキュメンタリー映画
映画「息子のままで、女子になる」は、建築業界を目指す若者・サリー楓さんが、生まれながらの性別ではなく、社会的に女性として生きようとする姿を追ったドキュメンタリー。社会の常識という壁に挑みながら、「父親の期待に応えられなかった息子」という自分像と葛藤する姿が映し出されています。
トランスジェンダーとして発信するサリー楓さんの、親と子の関係性
幼い頃から男性という性別に違和感を覚えていたサリー楓さんに、撮影から今日までを振り返りながら、親子関係におけるトランスジェンダーの問題についてインタビュー。ジェンダーだけでなく、子どもの抱える悩みや葛藤をどう受け止めるかという普遍的な問題について、ご自身の経験を通して語っていただきました。
一番理解してほしい人にコンプレックスを話せない苦しみ
———映画の中でお父様が、子どもの頃の楓さんには性別に悩んでいる様子や、いわゆる女らしい感じはなかったという話をされていました。
子どもとして当時、楓さんのジェンダーに気付いていないことに関しては、どう思っていましたか?
実は私もそんなに、当時「女性になりたい」という想いが、当時の子ども心に良いこととは思えなかったので、むしろ気づかれないように隠してて。何となくそれを言ったら怒られるのかも、気まずくなるかも、ということは察していました。
親に感づかれない方面に努力をしていたから、なおさら見えづらかったと思うんですよね。
———息子として期待に応えたい、という気持ちがそうさせた?
そうですね。それで当時は隠した方が正解なんじゃないかって。話題を避けてきたが故に父親からも見えなかったんだと思います。
———コンプレックスな事柄って、身近な存在である親に知って欲しいけれど隠してしまう…。
これはジェンダーに限ったことではなくて、例えば身体的なコンプレックスとか。あとはもっと言えば将来の話にも当てはまると思うんです。
身体的な、第二次性徴期の発育などはとくに、個人差が大きくてコンプレックスを感じやすかったり。本当はなりたい職業があっても、親に反対されるのが分かっているからなかなか自分の夢を話せない。例えば高校進学じゃなくてやりたい商売があるとか。でも言えないまま時間が過ぎて、自分の夢が分からなくなっていくとか…。
———親子関係における普遍的な問題でもありますね。
映画には、そのコンプレックスを一番相談したい人にできない苦しみ…ジェンダーの問題以上に、普遍的なものも映っていたのかも知れないです。
両親へのカミングアウト、その後
——映画の中で初めてカミングアウトされましたよね。その収録が終わってから(※収録期間は2018年9月〜2019年4月)少し時間が経ちましたが、その後お父様との関係に変化はありましたか?
そうですね…映画の中で、初めて父親と、それまでずっと避けていたジェンダーの話題をカメラの前でやったわけですけれど。その結果お互いに、完全に理解しあえた訳ではないですが、以前に比べて関係に進捗があったとは思います。ただ、結果的に受け入れられたかというと、どうか分からない。けど、少なくとも理解は深まったと思うんですよ。今も父親と電話することがあるんですが、すごく居心地が良くなったな、という感じはします。
———お母様とも、同じような距離感があったように感じましたが、その後は?
母は、カメラに映りたくないという理由で姿は出ないんですが…収録の後、父と同様にジェンダーの話をする機会もできて。そのお陰かは分かりませんが、母とも今まで以上にコミュニケーションしやすくなったのはあります。
———ご両親ともに関係が穏やかになったんですね。
はい。やっぱり親子って一番近しい関係なので、カミングアウトして「一番受け入れてほしい相手」であるけれどカミングアウトが「一番失敗して欲しくない相手」だと思うんですよ。
だから最初に理解してほしい人たちなのに、カミングアウトが後回しになってしまうっていう。そこに矛盾や対立があるから、「カミングアウトしたいけれどしない」という方も周りには多いです。
———一番近しい間柄でのカミングアウト、子どもにしても親にしても緊張感が強いというか。
親も子供に対して、カミングアウトするならして欲しいけど、なかなかその話題に踏み切れない…という葛藤は割とあると思うんです。この映画に映されている私たちの親子関係も、そういう家庭の一つだったと思いますが。
けど、一度カメラの前で話をしたことで、その辺りのわだかまりはなくなって…やっぱり親子関係の中でお互いに嘘をついていたりとか、避けている話題があったりするのは、あまり健全ではなかったんだなと思いました。カミングアウトによって、そういう不健全さは無くなったように感じています。(晴れやかに)
「ウェルカミングアウト」と「ほうれんそう」
———親が子どものジェンダーの悩みに気づけたとして、どのように接したら良いのか、それともそっとしてあげるほうがいいのか。楓さんとしてはどう思われますか?
子どもが親に相談したいことやカミングアウトしたいことがあったとしても、それを強制するようなことはしないほうがいい、と私は思います。
「悩み事があるなら話しなさい」とか「隠し事はするな」と言うよりも、相談したいことがあればできるような機会があるとか、カミングアウトしたければ出来るような雰囲気を作っておくってことが必要で。
———それは普段からの心がけが大切ですね。
本人が困っていてカミングアウトしたいな、と思った時にできるような環境のことを「ウェルカミングアウト」(※「welcome」と「coming out」を合わせた造語)と言ったりするんですが、家庭内でも日頃から、悩んでいることとか本当はやりたいこととかをすっと話せるような、そういう環境を作っていってあげる。そのためには普段から、相談されたらきちんと向き合って聞く。いわゆる「ほう・れん・そう」みたいな(笑)
———報告・連絡・相談、ですね(笑)
「ほうれんそう」ってする側の義務でもあるし、される側の義務でもあると思うので。報告されやすいとか、連絡されたらすぐに応えてあげるとか、相談してもまずは怒らずに聞いてあげる、とか。
そういった親子間の経験の積み重ねから「今悩んでいることをお父さんお母さんに話してもいいのかな」って思えるようになり、やがて、ウェルカミングアウトな環境を作っていく基礎になるんじゃないかなって。
———柔和な心持ちで。
はい。否定しない、怒らないっていうのはすごく大切だなって。
すぐには受け入れられなくても、間違いではない
———映画の中でお父様が「男性とか女性とかは関係ない、自分の息子だ」ということを仰っていましたが、それは楓さんの中でどう響きましたか?
父もずっと私と生活していて、すぐにカミングアウトを受け入れられる訳ではないので、父側の感情も間違ってはないのかな、と思いました。
———すぐに受け入れられないことも間違いではない、そう聞くと気負わずにいられそうです。
「子どもが相談してきた時に、絶対に親も受け入れないといけない」みたいな、そんな責任を親も感じる必要はないのかな、と思いました。
まずは相談されたら、それは親としてウェルカミングアウトな環境を作れていた証拠だから、素晴らしいことだと思うんですよ。その上で親も思い悩むかもしれない。例えば自分の子どもが高校に行きたくないと言ったら反対するかもしれない。でもその反対してしまう気持ちって絶対に悪意はないから、それは尊重しても良いんじゃないかな、と。
少なくとも、子ども側から相談がないと話は始まらないので。ジェンダーもそうですし、進学も就職とか、全てのことに言えることかと思います。
———親として子どものジェンダーに気付かずにいることで、無意識にジェンダーを固定した価値観を生活の中で植え付けてしまうのでは、という懸念があります。
対応として、先ほどウェルカミングアウトな環境づくりの重要性をあげていただきましたが、他にもこうだったら良かったな、と思うところはありますか?
当時から性教育の中に、性の多様性やジェンダーについて学ぶ時間がもっとあればいいと思っていました。私のときは保健体育の中で、短く触れられただけだったので。
ジェンダーだけでなく、生理や精通や避妊についてとか、もっと時間を割いて欲しい。そして性について親子で話し合ってもいいんだ、という流れ作りがあったら嬉しかったですね。
そうじゃないと子どもが親に相談できるまでのリテラシーを培えない。そこが充実していたら、私はもっと早い時期に、周囲に相談できていたかも知れないと思いますし…性教育の中でもリテラシーを育むことが前提としてあればいいな、と思います。
———最後に、子どものトランスジェンダーについて悩まれている保護者に、楓さんからメッセージを。
おそらく親って子どもの一番の味方であるからこそ、絶対に子どもの考え方に共感や理解をしてあげなければと、どこかで気負いがあると思うんです。
でも、実際子どもからカミングアウトされたらまず驚くだろうし、手放しで喜ぶことはできないかもしれない。ただ、そこで「どうして自分は理解できないんだ」とご自身を責めないで欲しい、と思います。これは映画の中でも伝えたいことです。
子どもの味方だということと、自分の感情や理解が追いつくことはまた別の話なので、気負わずに、その子らしさにじっくりと向き合っていただけるような親御さんが増えると、私は嬉しいなって思っています。
まとめ & 実践 TIPS
子ども時代の経験に思いを巡らせながら、ジェンダーから性教育まで、親子関係の在り方について真摯にお話を聞かせてくれたサリー楓さん。家庭における「ウェルカミングアウト」な環境づくりは、親として普段から心がけていきたい新たなキーワードです。
【公開情報】
息子のままで、女子になる
制作・監督・撮影・編集:杉岡太樹
出演:サリー楓、Steven Haynes、西村宏堂、JobRainbow、小林博人、西原さつき/はるな愛エグゼクティブプロデューサー:Steven Haynes
配給:mirrorball works
2021年/日本語・英語/英題:You decide./106 分
2021年6月19日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
公式サイト www.youdecide.jp
©2021「息子のままで、女子になる」
★東京都では専門相談員によるLGBTの相談窓口を設けています。
「Tokyo LGBT相談専門電話相談」
03-3812-3727
受付時間:火曜日・金曜日 18時~22時(祝日・年末年始除く)
ヘアー&メイク/TAYA
撮影/奥本昭久 取材・文/畑 菜穂子
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