「うちの子はできない」と言うのをやめませんか[やる気を引き出すコーチング]

今回は、ある学習塾の先生からうかがった小学校6年生のA君とお母さんのエピソードをご紹介したいと思います。
「A君は、純朴で優しく友達にも恵まれていました。一方で、声がか細く、猫背で、いつも自信がなさそうでした。学力は6年生4月時点で、かけ算九九さえ危うい状態。お母さんは、『うちの子ダメなんです』と何度もおっしゃっていました」。
こんなA君とお母さんに対して、この先生はどのように関わったのでしょうか。

お母さんの言葉が変われば

「私は、『A君を将来メシが食える大人にする!』と意気込み、算数や国語はもちろん、他にもいろいろやりました。
例えば、自転車の特訓です。1学期、お母さんがこうおっしゃいました。『うちの子、自転車にも乗れないんです。私の後ろにちょこんと座って、幼稚園生みたいですよね』。そう聞いて、『乗れるようになったら、A君だけでなくお母さんの自信にもなるのではないか』。そう思い特訓しました。練習は、授業後30分くらいでしたが、なんとたった2日で乗れるようになったのです。『やればできるじゃない!』とお母さんも喜んでいました。

一方で、なかなか越えられない壁もありました。それが、心の壁です。彼が問題に向き合う時、口癖のように出てくるのが『わからない』という言葉。そのニュアンスは、『考えてもわからない』というより、『考えることができない』というあきらめに思えてなりませんでした。彼の自信をどう育めばいいのか、私の中には答えがありました。『お母さんの言葉が変われば、A君も変わる』。そう思ったのです。

その後、お母さんと膝を突き合わせて、こう伝えました。『お母さん、A君のこと、もうできないだなんて言うのはやめましょう。その分、お母さんがA君の良い所をたくさん伝えてあげてください。それだけで、A君は自分を信じられるようになると思います』。
すると、お母さんは目に涙を浮かべながらこうおっしゃいました。『子育てにずっと自信がありませんでした。つい、きついことばかりを口にしてしまいます。ですが、この子のために、もう二度と“Aはできない”とは言いません!』。そうおっしゃったのです。私は驚きとともにお母さんの決意を心に刻みました」。

お母さんのあり方が子どもを成長させる

「その後、お母さんの言葉が180度変わったのです。毎週のようにお迎えに来てくださるお母さんは、A君ががんばったこと、ほめられたことを毎回教えてくださいました。すると、A君にも変化が現れたのです。
まず、筆圧です。かなり弱くて、学校でも塾でもずっと言われていたのですが、あっという間に力強い良い字になりました。そして、粘り強くもなっていったのです。勉強でも、『わからない』とたびたび言うものの、しだいに試行錯誤できるようになり、解ける問題も増えていきました。ついには、6年生の3学期には、算数の範囲が追いつき、無事卒業しました。

先日、4ヵ月ぶりにお母さんと電話をしました。A君の最近のがんばりやすばらしいところを1時間も話してくださいました。風邪で寝込んでごはんが食べられない時、『お母さん、ごめん。せっかく作ってくれたのに』とか、風邪をひいているのに、『皿洗い手伝うよ。一緒に汗を流そうよ』と言ってくれるそうです。『Aには愛があるんだと思います』とお母さんも嬉しそうでした。
A君自身のがんばりはもちろんありますが、私は、そのすべての背景にお母さんのあり方、言葉が大きく影響していると感じました」。

「できない子」として声をかけるのではなく、「できる子」、「すばらしい資質を持っている子」として接した時に、子どもはそのように成長していくのだということを、この事例は、あらためて教えてくれているように思います。

(筆者:石川尚子)

プロフィール


石川尚子

国際コーチ連盟プロフェッショナル認定コーチ。ビジネスコーチとして活躍するほか、高校生や大学生の就職カウンセリング・セミナーや小・中学生への講演なども。著書『子どもを伸ばす共育コーチング』では、高校での就職支援活動にかかわった中でのコーチングを紹介。

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