子どもの体ではなく心を動かすコミュニケーション

子どもの幸福度も学力も高いといわれるオランダの小学校に視察に行った時のことです。低学年のクラスで、これから、読書の時間だというのに、一人の男の子が、いつまでも座らず、ふざけながら踊っていました。見知らぬ外国人が見学に来たということで、テンションが上がってしまったようです。静かに座って本を読む時間ということはわかっているようですが、まったくダンスをやめようとしません。
さて、こんな時、この男の子にどう関わりますか?

子どもの興味を引き出す

このクラスの先生の対応はこうでした。本がたくさん入っている箱をのぞきこみながら、男の子に聞こえる声で話し始めました。

「今日は何を読もうかなー? あら、動物の本があった! まあ、これは昆虫の本。面白そう! あ、恐竜の本も! この恐竜は何て名前なんだろう?」

先生の言葉に、男の子が「どれどれ?」と近付いてきました。こうして、男の子の「心」を、恐竜の本へといっきに動かしてしまいました。どうやら、この子は、大の恐竜好きだったようです。見事な展開でした。表面的には、明らかに、先生が誘導したように見えますが、男の子は、自然と本のほうに心ひかれ、ダンスから読書へと自ら動いていったのです。

オランダの教育現場では、このような光景が、折々に見られました。「早く座りなさい」「やめなさい」などの指示的な言葉は一切使われません。言葉でムリヤリ相手の「体」を動かそうとするのではなく、「心」をまず動かすために、子どもの興味を引き出すよう関わります。「心」が動けば、「体」も自ずと動くのです。

大人が「心」を向ける

「そういうことなら、うちの子にもやっているけど、そう簡単にはいかないよ」と思われたかたもいらっしゃるかもしれませんね。確かに、「ほら! こっちにこんな面白いものがあるよー!」と、子どもの注意を引こうとしても、子どもはちっとも見向きもせず、ゲームに没頭し続ける……という光景、よくありそうです。

先ほどのオランダの先生とは何が違うのでしょうか。私はオランダ語がわかりませんので、上記でご紹介した先生の言葉は、すべて通訳していただいて再現したものです。言葉そのものは理解できませんが、表情や態度、声のトーンから、先生がどんな気持ちなのかは、なんとなく伝わってくるものがあります。言葉以外のコミュニケーションはけっこう雄弁です。

先生は、男の子に話すというより、独り言を言いながら、楽しそうに本を選んでいる様子でした。その姿勢に、「子どもをこちらの思いどおりに操作しよう」という意図は感じられません。この子が恐竜好きと知っていて、わざわざ恐竜の本を選んだのだとは思いますが、先生自身が興味を持って、その本と向き合っている姿に、男の子は「心」を動かされたのだと思います。

お伝えしたいのは、単に、「子どもの興味を引くために、興味を持ちそうな言葉をかけましょう」というテクニック的なことではありません。子どもを操作しようとするのではなく、大人自身が「心」を向けて取り組んでいると、子どもも自ずと引き込まれていくということです。逆に、「子どもを思いどおりに動かそう」という気持ちがあると、子どもには、簡単に見透かされてしまいます。その意図が垣間見えた時、子どもは、大人の言うことをよけいに聞きたくなくなるものです。

試しに、何か興味のある本を、お子さんの目の前で開いてみてください。「これ! 面白いなー!」とつぶやきながら、しばらく読書を楽しんでみてください。お子さんも本に興味を持ち始めます。「勉強はつまらないもの」と思っている大人に「勉強しなさい」と言われても、やる気など起きないと思いませんか。

(筆者:石川尚子)

プロフィール


石川尚子

国際コーチ連盟プロフェッショナル認定コーチ。ビジネスコーチとして活躍するほか、高校生や大学生の就職カウンセリング・セミナーや小・中学生への講演なども。著書『子どもを伸ばす共育コーチング』では、高校での就職支援活動にかかわった中でのコーチングを紹介。

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