どうしても自分目線でしか物事をとらえられません[中学受験]

平山入試研究所の小泉浩明さんが、中学受験・志望校合格を目指す親子にアドバイスする実践的なコーナーです。保護者のかたから寄せられた疑問に小泉さんが回答します。




質問者

小6男子(性格:大ざっぱ・感情的なタイプ)のお母さま


質問

物語文・説明文共に、文章の好き嫌いが問題の正答率にも比例して、成績にとても波があります。文章の読解には、ある程度のテクニックと客観的な考え方が必要だと思いますが、どうしても自分目線でしか物事をとらえられません。解答を見れば納得するようなのですが、違う文章になると、またまちがえてしまいます。読書する際には自分の気に入った本しか読みません(重松清さんや森絵都さんの本が好きです)。


小泉先生のアドバイス

必要なのは「文脈の流れを読む」ことと「根拠を問題文の中で示す」こと。

「文章の好き嫌いが問題の正答率にも比例」している、「成績に波」がある、そして「自分目線」でしか物事をとらえられないなど、「大ざっぱ」で「感情的」なタイプの特徴が顕著に出ています。ご指摘のとおり、受験入試問題の国語には「客観的な考え方」が必要です。作成者は、答えが一つになるように問題を作ります。記述問題の場合でも、表現の仕方はいくつもあるでしょうが、答えの方向性は一つに決まっています。ですから、答案の中の必要な要素は決まっていて、それが採点基準となっているのです。
お子さまの性格から考えて、「文脈をより精密に読むこと」と「より客観的に読むこと」が求められると思います。「大ざっぱなタイプ」のお子さまは、文章全体を大きなイメージでとらえがちです。これは、文章を理解するうえで決して悪いことではありません。悪いどころか、なくてはならない能力だと思います。
問題なのは、そのあとにさらに細かく文脈をとらえようとしないことです。たとえば、物語文では展開がありますから、ある場面でのある登場人物の気持ちは全体の大きなイメージとはズレている可能性もあります。このことは論説文でも同じで、ある箇所の文章が筆者の主張と同じとは限らないのです。筆者と反対の意見を出して、自分の主張の正当性を際立たせようとする手法もあるからです。その文章を読んで、大枠でとらえたあとに、問われている箇所を中心に文脈の流れを細かく追っていくという“バランス”が大切です。

さらに、自分の感覚だけを頼りにする「感情的なタイプ」のお子さまは、身勝手な解釈をしてしまう可能性もぬぐえません。自分なりに感じたことや、考えたことをいったんは遠ざけ、客観的に眺める必要があります。そしてこの時に根拠になるのが、本文に書かれている内容です。
この「自分の感覚を根拠にする」ことと、「本文の内容を根拠にすること」の両方を行わないと、やはり正しい答えにたどり着く確率が低くなります。自分だけの感覚で解こうとするお子さまは、「深読み」や「妄想」をして物語文を自分でつくってしまいがちです。プライベートで読書をする時はこれも楽しいでしょうが、試験では高得点で安定することが望めないでしょう。

さて、対策ですが、「細かく読む」ためには問われている箇所、たとえば傍線部を中心に、前とあとを丁寧に読むクセをつけましょう。傍線部で主人公が「顔をそむけた」のであれば、その前に顔をそむけさせた原因(たとえば「友達がからかった」)があるはずです。その間には、本文に書かれてはいませんが、主人公の気持ち(たとえば「くやしい」)があるでしょう。そして、そのあとの主人公の行動(たとえば「教室から出ていく」)を読めば、さらにその時の気持ち(たとえば「我慢した」)が読み取れるでしょう。このように、「行動」→「気持ち」→「行動」という文脈の流れを読むことで、傍線部や全体の文章のイメージだけではわからない、その箇所における細かな気持ちを初めて読み取ることができるのです。

さらに、読み取れたと思ったらそれで終わりではなく、それをいったん手元から放して本文に書いてある内容に照らし合わせ、確かに正しいことを客観的に確認することです。具体的には、「なぜその答えが正しいのか?」を自問自答することです。もしその時に「自分が正しいと思っているから」としか答えられなければ、それは感情的(感覚的)にとらえているだけです。そうではなく、「問題文のここに書いてあるから」と根拠を問題文の中で示せる客観性が必要なのです。この時注意したいのは、「本文に書いてある」で済ませないで、「本文のココに書いてある」と具体的に示すことと、それが「他の人にも納得できる説明であること」が重要です。自問自答ですと、どうしても正当化したくていいかげんにごまかしてしまう場合あります。最初のうちは他の人、たとえば保護者のかたに対して説明して納得させられるように練習するのがよいでしょう。

以上のように、今、お子さまに必要なのは「文脈の流れを読む」ことと「根拠を問題文の中で示す」ことの二つだと思います。「大ざっぱ—神経質」、「論理的—感情的」はそれぞれの子どもの特質ですから、どちらであろうとまったく問題ありません。問題なのは、受験の国語を解くにはそれぞれをバランスよく持つ必要があるのに、バランスの悪いままに放置していることなのです。



プロフィール


小泉浩明

桐朋中学・高校、慶応大学卒。米国にてMBA取得後、予備校や塾を開校。現在は平山入試研究所を設立、教材開発など教務研究に専念。著作に「まとめ これだけ!国語(森上教育研究所スキル研究会)」などがある。

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