子どもに軽く見られているようです。できたら尊敬されたいのですが……。【後編】[教えて!親野先生]

【質問】

 

自分は、どうも子どもに軽く見られているような気がしています。子どもの口の利き方や態度から、それが感じられます。そういう時、私も頭に来てつい厳しく言ってしまうのですが、それがいけないのでしょうか。小さい時から、マナーや言葉づかいや挨拶(あいさつ)などのしつけだけは厳しくしてきたつもりです。親に対する口の利き方もしつけてきたつもりです。それが、なぜこうなるのかわかりません。できたら、子どもに尊敬されたいものです。それが無理でも、せめて親としての地位(立場)を維持したいと思います。何か良い方法はないでしょうか? (チャンス さん)


子どもに軽く見られているようです。できたら尊敬されたいのですが……。【後編】[教えて!親野先生]

親野先生からのアドバイス

前回に引き続き、チャンスさんへのアドバイスです。

私はいつも思うのですが、人生は逆説に満ちています。
「しつけよう」「尊敬されたい」が最優先になっていると、その反対のものが返ってきます。

家庭だけでなく、職場でもこういうことはよくあります。部下の尊敬を求めて尊大に振る舞う上司がいます。「自分は上司だ」という意識が強く、それが態度や口調に出る人がいます。そういう人が、部下から尊敬されたためしはありません。
部下の苦労や悩みや気持ちをわかろうとする人。
それを受け入れ共感しようとする人。
部下を許し、思いやりのある優しい言葉をかける人。
部下の良いところを見つけて、心からほめる人。
自分の立場や地位を振りかざすのではなく、自ら部下のもとに歩み寄る人。
そういう上司が部下から尊敬されるのです。

家庭における親と子の関係は、職場における上司と部下の関係と何ひとつ違うところはありません。
「自分は親だ」「どっちが偉いかわからせよう」などの意識が強く、それが態度や口調に出ている人がいます。そういう親が、子どもから尊敬されたためしはありません。
子どもからの尊敬的な態度を求めて、親に対する口の利き方を教えるなどということは意味のないことです。尊敬とは、そのようにして得られるものではないのです。
ましてや、「その言い方はなんだ! それが親に対する口の利き方か」などと言ってみても、ただひたすら空しいだけです。
空しいどころか、まったくの逆効果です。

そんなことよりも、なぜ、そういう事態になったのかを振り返ってみることが大切です。
ほかの誰でもない、自分自身を振り返ってみることが大切なのです。

多くの親は親であることに甘えています。
親子関係という上下関係に甘えているのです。

親の中には、「自分の子だ」という意識がまずいほうに働いて、子どもを自分の所有物や付属物のように感じて遠慮がなくなっている人もいます。
特に、母親の中には、子どもが自分の中から生まれたということで、自分の一部のように感じている人も大勢います。
それが良いほうに働かずまずいほうに働いて、自分の一部だから遠慮はいらないということになっている人も多いのです。
それで、他人の子や大人にはとても言えないようなことも平気で言ってしまうことになります。
でも、子どものほうはそうは思っていないのです。
現にみなさんも、子どものころ、自分は親の付属物だとか一部だなどとは思っていなかったはずです。

ときどき、世の中で、「子どもが親を○○してしまった」という事件が起こります。子どもが親に暴力を振るったり、それが殺人にまで至ったりなどの事件です。
また、そのような大きな事件にならないまでも、親子で憎み合っている例は至るところにあります。
親子なのに、他人以上に冷え切った関係という例は至るところにあるのです。

親子だったら、最高に良い関係になれたはずです。
それなのに、なぜその反対になってしまったのでしょう。

その種を蒔いたのは、子どもではありません。親である自分なのです。
もともと無力な子どもが、その原因を作ることなどあり得ないことです。
親であることに甘えての悪口雑言、人を人とも思わないような言動、それらがもたらした結果なのです。

そもそも、人間関係では、お互いが相手のことを心から「思いやる」時に初めて良い関係になるのです。
親子関係も、人間関係のひとつであることに変わりはありません。
ただ、ほかの関係と違うのは、すべての第一歩は親からだということです。
親子関係において、子どものほうに第一歩を望むことなどできるはずもありません。

まず、親が子どもを「思いやる」こと、つまり共感することが第一歩です。
そして、親の第一歩が方向性を決めます。子どもはその方向性に従って反応を返します。そして、循環が始まるのです。
良い循環もまずい循環も、その第一歩は親からなのです。

子どもは親の一部ではなく、親とまったく対等のひとりの人間存在です。
1対1の人間同士であることにおいて、親も子もまったく対等なのです。

よく、「子どもは天からの授かりもの」と言いますが、本当は、「子どもは天からの預かりもの」なのです。
大切なひとりの人間存在を、天からもらったのではなく、天から預かって育てさせてもらっているのです。

これが本当のところなのです。
それがわかっていれば、天から預かったひとりの人間存在としての子どもを、どうしてぞんざいに扱うことなどできましょうか。
そのことが、頭だけでなく心からわかれば、自ずから子どもを尊敬する気持ちがわいてきます。

実際、曇りのない目で見てみれば、子どもたちは本当に尊敬に足る存在です。
そのことを、私もたびたび実感してきました。
ぜひ、そのような目で、子どもを見てください。
その時、親子の新しい関係が始まるのです。

本当に、人生は逆説に満ちています。
尊敬を得ようとする者はそれを失い、尊敬を贈る者はそれを得ます。
奪う者は失い、わかち合う者は得ます。
すべて、自分が送りだしたものが自分に返ってくるのです。
これは、人生の原則であるだけでなく、何かもっと大きなものの原理でもあるようです。


私ができる範囲で、精いっぱい提案させていただきました。
少しでもご参考になれば幸いです。
みなさんに幸多かれとお祈り申し上げます。

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プロフィール

親野智可等

親野智可等

教育評論家。23年間の教員生活のなかで、親が子どもに与える影響力の大きさを痛感。その経験をメールマガジンなど、メディアで発表。全国の小学校や、幼稚園・保育園などからの講演に引っ張りだこの日々。

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