2024/12/24

【学会発表報告】全国大学国語教育学会2024年度第147回越谷大会「思考力の教科横断的な育成を目的とした中学校『書くこと』の授業設計と実践—3年間のふり返りの変容を中心として」

1.はじめに

2024年10月26日から27日に行われた全国大学国語教育学会2024年度第147回越谷大会において,ベネッセ教育総合研究所学習科学研究室主任研究員の小野塚若菜とベネッセコーポレーションの鈴木佑亮が,明星中学校・高等学校の藤井泉浩先生と,共同発表を行いました。
【発表要旨(PDF)はこちら】

2.研究の目的

著者らは,小野塚・泰山(2021)が開発した,教科横断的な思考力の規準であるCan-do statements(以下,Cds)を「思考力・判断力・表現力等」の学習目標とした,中学校国語科「書くこと」の授業の設計と実践を,2021年度から2023年度の3年間,継続的に行ってきました(藤井・小野塚・鈴木 2021,鈴木・小野塚・藤井 2022,鈴木・小野塚・藤井 2023)。本発表は,中学校3年間の実践による中期的な取り組みの成果を,時系列で明らかにすることを目的としています。

3.学習目標とその内容,分析の方法

■Cdsによる目標設定

本実践は東京都内の私立中高一貫校の生徒を対象としたもので,中学校1年生から3年生までの3年間を通して行われました。「書くこと」の内容は,「客観的な根拠に基づいて自分の主張を展開する文章を記述する」というものです。本実践を通して育成したい「思考力・判断力・表現力等」を,Cdsの全22項目の中から教員が授業設計時に複数選び,各学年において図1のように提示しました。Cdsは探究の過程の4つのステップ(「課題設定」「情報収集」「整理・分析」「まとめ・表現」)に分類して示しています。
図1:3年間の学習目標(数字はCdsの通し番号)

■3年間の単元の概要

各学年の単元の展開は図2の通りです。各単元には,図1にある12項目の中から該当する項目を授業の“めあて”として設定しました。
図2からわかるように,中1単元では「整理・分析」,「まとめ・表現」に関わる内容を主に扱い,中2単元では,「課題設定」から「まとめ・表現」までを広く扱っています。中1の指導事項に加え,「課題設定」,「整理・分析」にそれぞれ焦点を当て,それらを生徒自らが行えるようになること,自分なりの意見を見出せるようになることを重視しています。中3単元ではさらに,「課題設定」から「まとめ・表現」を自ら回すような探究的な課題を設定し,自ら設定した課題について,収集した情報を吟味した上で整理・分析し,構成や展開を工夫しながら自分の意見を述べることを目指しました。また,ピア・フィードバックを複数回行い,他者の指摘を踏まえて推敲できるようになることを重視しました。
図2:3年間の展開

■生徒の作文とふり返りの分析

生徒は3年間を通して毎授業後にふり返りを行いました。ふり返りは,OPP(One Page Portfolio)シート(堀 2019)に基づいて作成したオンライン上の入力フォームに書き込みました(1年次の一部の生徒は紙のシートを用いました)。本発表では,実践の対象となった全生徒のうち5名を取り上げ,1年次から3年次までに書いた作文やふり返りの記述を比較して,どのような変容が生じているかを定性的に分析しました。ふり返りの分析の際には,特にCdsに対する意識が現れている箇所を抽出し,時系列に並べることによってその傾向を探りました。

4.結果と考察

5名の生徒の作文やふり返りについて,時系列に沿って分析を行ったところ,次のようなことがわかりました。
  1. ふり返りの記述に現れたCdsに対する意識が,3年間で一貫している生徒もいれば,途中から観点が変わっていく生徒もいたこと。
  2. 教科横断的な思考力の目標をめあてとした実践の期間が長くなると,生徒自身の思考力の発揮の意識はより具体的になっていくこと。
    • 意識して発揮しようとするCdsの項目が徐々に増えていった。
    • 初めのうちはCdsで提示された授業のめあての重要性を認識するふり返り記述が多かったが,書くことの経験を通してそのめあてを実現する具体的な方法や,めあての達成に対する実感の記述に変わっていった。
  3. ふり返りの記述から,生徒のCdsに対する意識が徐々に醸成されることが,作文の構成力や表現力の向上につながっている可能性が示唆されること。
本実践を通して,生徒の思考力の育成は,一朝一夕に実現するものではないということを改めて認識しました。教員は,中長期的に育成するという意思を持って指導を行うことが重要であると考えられます。また,より効率的・効果的に育成するためには,教員が生徒の思考力の発揮の姿を見取り,そして意識的に価値づけたり,同じ思考力の発揮が促されるような学習活動を設けたりする工夫が必要であると考えられます。

5.今後の展開

Cdsを授業のめあてとした同様の実践は,中学校数学科でも報告されていますが(鈴木・小野塚・堂脇 2022),中学校国語科では,「書くこと」以外の領域の報告はありません。今後は国語科の他の領域または国語科以外の教科でも取り組み,生徒の教科を跨いだ思考力の発揮の変容を多角的に捉えていく必要があると考えています。

関連研究

※関連研究以外の本記事中の引用文献
Toulmin, S., (2003). The Uses of Argument, updated ed., Cambridge: Cambridge University Press. (戸田山和久,福澤一吉訳 (2011). 議論の技法—トゥールミンモデルの原点. 東京図書)
堀哲夫 (2019). 新訂 一枚ポートフォリオ評価OPPA. 東洋館出版社
鈴木誠・小野塚若菜・堂脇衣織 (2021). 教科横断的な思考力の育成を目指した指導に関する研究. 日本数学教育学会2022年全国大会
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