2024/12/24
【学会発表報告】「教員のフィードバック・リテラシーに関する文献レビュー」(日本教育工学会研究会2024年10月開催)
●はじめに
東京大学大学院 新領域創成科学研究科の瀬崎颯斗さんと,関西学院大学 高等教育推進センターの岩田貴帆専任講師,ベネッセ教育総合研究所 学習科学研究室の渡邊智也・小野塚若菜が,共同で日本教育工学会研究会にて研究発表を行いました。
以下,その内容を簡単にご紹介します。
以下,その内容を簡単にご紹介します。
【研究報告はこちら】
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●本研究の背景と目的
学習評価としてのフィードバック(以下「FB」と略記)は,学習者が自身の取り組みを改善するきっかけを提供し,学習の質を向上させるための重要な手段として,国内外の研究で広く認識されています。例えばメタ分析による海外研究からは,フィードバックは高い教育効果を有する指導方略であることが実証されており(例えば,Wisniewski et al., 2020),国内の大学教育の文脈でも,フィードバックは「授業の質」を構成する重要な要素であるとされています(立命館大学教育・学修支援センター 2021)。
一方で,フィードバックを実践する上では様々な課題もあります。学習者視点では授業で行われる適切なフィードバックが十分でないことへの不満を抱いたり,教員視点でも授業実施において受講生へのフィードバックは特に負担感を感じたりするといった問題です(例えば,立命館大学教学部教務課, 2021)。
そうした背景の中で,学習者がFBプロセスに積極的に関与し,そのプロセスの効果を高めるための概念として「フィードバック・リテラシー」が,近年の国内外の研究において注目されています(ベネッセ教研による過去の研究報告はこちら).この概念は,学習者のFBリテラシーと教員のFBリテラシーの2つに大別され,以下のように定義されています。
一方で,フィードバックを実践する上では様々な課題もあります。学習者視点では授業で行われる適切なフィードバックが十分でないことへの不満を抱いたり,教員視点でも授業実施において受講生へのフィードバックは特に負担感を感じたりするといった問題です(例えば,立命館大学教学部教務課, 2021)。
そうした背景の中で,学習者がFBプロセスに積極的に関与し,そのプロセスの効果を高めるための概念として「フィードバック・リテラシー」が,近年の国内外の研究において注目されています(ベネッセ教研による過去の研究報告はこちら).この概念は,学習者のFBリテラシーと教員のFBリテラシーの2つに大別され,以下のように定義されています。
- 学習者のFBリテラシーの定義:情報を理解し,自身の取り組みや学習方略を向上させるために情報を利用する際に必要な理解,能力,気質(Carless & Boud, 2018; 日本語訳は瀬崎他(2023)による)
- 教員のFBリテラシーの定義:学習者がフィードバックを取り入れること(uptake)を可能にし,学習者のフィードバック・リテラシーの発達を促すように,フィードバック・プロセスをデザインするための知識,専門性,気質(Carless & Winstone, 2023 ※初出は2020);日本語訳は瀬崎他(2023)による)
日本国内の研究では学習者のFBリテラシーが医学教育や教育工学の分野で取り上げられています(朝比奈, 2021; 木村・錦織, 2023; 瀬崎他, 2023)。また,FBに関する講義・ロールプレイや典型事例を活用した実践研究(岩田他, 2024)や学習者のFBリテラシー行動の測定尺度開発(渡邊他, 2024)など,学習者のFBリテラシーに関する実践・実証研究が増加しています。一方,海外では国際学術誌『Assessment & Evaluation in Higher Education』で”Teacher Feedback Literacy”をテーマとする特集号が組まれるなど(例えば,Pitt & Winstone, 2023),教員のFBリテラシーの研究も活発化しています。
このように,日本国内における研究では学習者のFBリテラシーが注目され,その概念と研究動向が明らかにされている一方で,教員のFBリテラシーは詳細な検討には至っていません。そこで,本研究では「教員のフィードバック・リテラシーとはどのような概念か」を明らかにすることを目的として,教員のFBリテラシーに関する主要な海外研究のレビューを実施し,国内の実践研究を対応付けることで本概念の内実を示すことを試みました。
このように,日本国内における研究では学習者のFBリテラシーが注目され,その概念と研究動向が明らかにされている一方で,教員のFBリテラシーは詳細な検討には至っていません。そこで,本研究では「教員のフィードバック・リテラシーとはどのような概念か」を明らかにすることを目的として,教員のFBリテラシーに関する主要な海外研究のレビューを実施し,国内の実践研究を対応付けることで本概念の内実を示すことを試みました。
●教員のフィードバック・リテラシーの概念整理
現在“Teacher Feedback Literacy”研究で,被引用数が最も多い(Google Scholar 2024/10/11 時点)研究である,Carless & Winstone(2023 ※初出2020)は,理論的考察により教員のFBリテラシーの概念枠組みを提案しました。この論文では,教員と学習者のFBリテラシーの相互作用モデルが提唱され,先に紹介した定義のもとで教員のFBリテラシーの構成要素として,①デザインの側面(Design dimension),②関係性の側面(Relational dimension),③現実的な側面(Pragmatic dimension)の3つの測面に対応する以下の要素を提案しました。
①取り入れるためのデザイン(Designing for uptake)
まず,デザインの側面では「教員が効果的なフィードバック・プロセスを促進する方法でアセスメント環境をデザインすること」が重要となります。この側面に関連する国内の実践例としては,ピア評価と典型事例を組み合わせたアセスメントの設計が挙げられます。例えば,協議ワークを取り入れたピアレビュー(岩田, 2020)や,典型事例(ルーブリックの全ての水準に典型的な事例)を活用した評価練習(岩田・田口, 2023)を組み合わせた学生主体の評価活動によって,学生の自己評価力やパフォーマンス向上への効果が確認された実践研究が報告されています(岩田, 2023)。
②関係性への気配り(Relational sensitivities)
次に,関係性の側面では「教員が効果的なフィードバック・プロセスを促進する方法でアセスメント環境をデザインすること」が重要となります。この側面に関連する国内の実践例として,学習者同士の関係性に関わる知見となる藤原他(2007)は,ピアレビュー活動で評価者・被評価者が相互の組み合わせになると相手への評価が甘くなってしまう「お互い様効果」を発見し,この効果が生じないように,ピアレビューの評価者を自動で割り付けるシステムを開発しています。また,教員と学習者の関係性について小園他(2014)では,大学の看護教育で臨床場面を模した課題に学生が取り組んだ後に,指導者がFBする際の配慮を質問紙調査から整理されています。
③実際の管理(Managing practicalities)
そして,現実的な側面では「教員が効果的なフィードバック・プロセスを促進する方法でアセスメント環境をデザインすること」が重要となります。この側面に関連する国内の実践例として,長沼他(2019)では,学習者自身が採点する際に客観的に判断可能な要素をパフォーマンス課題・ルーブリックの中に組み込む工夫により,学生の採点による自己評価・相互評価でも妥当性・信頼性を確保し,パフォーマンス評価の実行可能性を高められる可能性を示唆しています。このように,受講者数の多い授業など,教員が個々の学習者を評価することが時間的に困難な場合でも,有益なフィードバック・プロセスを確保しようとする実践例が存在します。
以上のように,Carless & Winstone(2023)の教員のFBリテラシーに関する概念枠組みは,デザインの側面・関係性の側面・現実的な側面の3側面で整理され,単に教員が「学習者にフィードバックを効果的に伝える能力」のみに留まらず,学習者のフィードバック・リテラシー向上を目指し, フィードバック・プロセスを効果的にデザインするための広範な力量が想定されていることがわかります。
その後,上記の概念研究を補完する実証的な基盤の提供を目的として,Boud & Dawson(2023)では,大学教員への調査に基づく概念カテゴリーの生成が試みられ,マクロ・メソ・ミクロの3レベルで計19カテゴリーに分類される「教員のフィードバック・リテラシーの能力枠組み」が提案されています。さらには,教員と学習者のFBリテラシーに関する質問紙調査(Chen & Liu 2022)や,専門分野固有の教員のFBリテラシーの尺度開発(Lee et al., 2023; Wang et al., 2023)などの実証研究も実施され,本分野の研究が進展しています。
●まとめと今後の展望
本研究発表では,近年の海外研究で注目される教員のFBリテラシーの研究動向を整理しました。
今後の展望として,FBリテラシーを枠組みとする国内のFB実践研究の発展が期待されます。例えば,Carless & Winstone(2023)が提案した概念は,学習者の効果的なFB活用を促す授業者の工夫をデザインの側面・関係性の側面・現実的な側面から新たに照らし出す枠組みといえるでしょう。
また,海外と日本の教育機関における学習評価・フィードバックの組織的背景や実践状況は大きく異なるため,日本の文脈に応じた概念の再検討と精緻な分析が必要です。海外研究の概念枠組みやカテゴリーをそのまま援用するのではなく,日本の各教育段階や機関の文脈に応じた研究と議論が求められます。
さらに,教員のFBリテラシーに関する分野・文脈別での議論の進展も期待されます。今回のレビューで特定の分野や文脈に特化した尺度開発研究が存在したように,教員のFBリテラシー研究は学習者のFBリテラシーと比べても,専門分野別や文化的・教育的文脈別での議論が進展する可能性があります。
最後に,教員のFBリテラシーを高める取り組みの開発と実施が重要です。本概念が教員研修・教職課程,大学教員に対するFD(ファカルティ・ディベロップメント),大学院生へのプレFDなど,資質能力開発の取り組みで実践的に取り上げられることが期待されます。
今後の展望として,FBリテラシーを枠組みとする国内のFB実践研究の発展が期待されます。例えば,Carless & Winstone(2023)が提案した概念は,学習者の効果的なFB活用を促す授業者の工夫をデザインの側面・関係性の側面・現実的な側面から新たに照らし出す枠組みといえるでしょう。
また,海外と日本の教育機関における学習評価・フィードバックの組織的背景や実践状況は大きく異なるため,日本の文脈に応じた概念の再検討と精緻な分析が必要です。海外研究の概念枠組みやカテゴリーをそのまま援用するのではなく,日本の各教育段階や機関の文脈に応じた研究と議論が求められます。
さらに,教員のFBリテラシーに関する分野・文脈別での議論の進展も期待されます。今回のレビューで特定の分野や文脈に特化した尺度開発研究が存在したように,教員のFBリテラシー研究は学習者のFBリテラシーと比べても,専門分野別や文化的・教育的文脈別での議論が進展する可能性があります。
最後に,教員のFBリテラシーを高める取り組みの開発と実施が重要です。本概念が教員研修・教職課程,大学教員に対するFD(ファカルティ・ディベロップメント),大学院生へのプレFDなど,資質能力開発の取り組みで実践的に取り上げられることが期待されます。
詳細については,研究報告(日本教育工学会研究報告集)と発表資料をご覧ください。
関連研究
学習者が主体的にフィードバックを探索,理解,活用するプロセスを進める「フィードバック・リテラシー」に関する研究動向をまとめたミニレビューを発表しました。
瀬崎 颯斗・渡邊 智也・小野塚 若菜 (2023) フィードバック・リテラシーに関する研究動向 日本教育工学会研究報告集, 2023(3), 152-159.
https://doi.org/10.15077/jsetstudy.2023.3_152
https://doi.org/10.15077/jsetstudy.2023.3_152
※本記事中の引用文献
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Boud, D., & Dawson, P. (2023). What feedback literate teachers do: An empirically-derived competency framework. Assessment and Evaluation in Higher Education, 48(2), 158–171.
https://doi.org/10.1080/02602938.2021.1910928 -
Carless, D. & Boud, D. (2018). The development of student feedback literacy: Enabling uptake of feedback. Assessment and Evaluation in Higher Education, 43(8), 1315-1325.
https://doi.org/10.1080/02602938.2018.1463354 -
Carless, D., & Winstone, N. (2023). Teacher feedback literacy and its interplay with student feedback literacy. Teaching in Higher Education, 28(1), 150-163.
https://doi.org/10.1080/13562517.2020.1782372 -
Chen, C., & Liu, A. J. (2022). Understanding partnerships in teacher and student feedback literacy: Shared responsibility. Innovations in Education and Teaching International, 61(1), 31-44.
https://doi.org/10.1080/14703297.2022.2153722 -
藤原 康宏・大西 仁・加藤 浩(2007).公平な相互評価のための評価支援システムの開発と評価——学習成果物を相互評価する場合に評価者の選択で生じる「お互い様効果」—— 日本教育工学会論文誌, 31(2), 125–134.
https://doi.org/10.15077/jjet.KJ00004964268 - 岩田 貴帆(2020).協議ワークを取り入れたピアレビューによる学生の自己評価力向上の効果検証 大学教育学会誌, 42(1), 115–124.
- 岩田 貴帆(2023).自己評価に基づく自律的なパフォーマンス改善を促す教授法の開発——学生主体の評価活動を取り入れた授業実践を通して—— 京都大学大学院教育学研究科博士論文
- 岩田 貴帆・瀬崎 颯斗・時任 隼平(2024).学生のフィードバック・リテラシーを高める学習活動の実践とその効果の探索的検討 日本教育工学会2024年秋季全国大会(第45回大会)講演論文集, 355-356.
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岩田 貴帆・田口 真奈(2023).パフォーマンスの典型事例とルーブリックを教材とする評価練習の学習効果 日本教育工学会論文誌, 47(1), 91–103.
https://doi.org/10.15077/jjet.46079 -
木村 武司・錦織宏(2023).フィードバック——定義から近年の議論まで—— 医学教育, 54(3), 255–265.
https://doi.org/10.11307/mededjapan.54.3_255 - 小園 由味恵・眞崎 直子・村田 由香・山村 美枝・竹倉 晶子・三味 祥子・池田 奈未 (2014).卒業前OSCEフィードバック時の評価者による学生への配慮 日本赤十字広島看護大学紀要, 14, 47–54.
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Lee, I., Karaca, M., & Inan, S. (2023). The development and validation of a scale on L2 writing teacher feedback literacy. Assessing Writing, 57, 100743.
https://doi.org/10.1016/j.asw.2023.100743 - 長沼 祥太郎・杉山 芳生・澁川 幸加・浅川 裕子・松下 佳代(2019).パフォーマンス評価における学生の自己評価・相互評価は妥当な評価に近づきうるか——市民的オンライン推論能力を素材として—— 京都大学高等教育研究, 25, 13–24.
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Pitt, E., & Winstone, N. (2023). Enabling and valuing feedback literacies. Assessment and Evaluation in Higher Education, 48(2), 149–157.
https://doi.org/10.1080/02602938.2022.2107168 - 立命館大学教学部教務課(2021).学びと成長レポート 第2特別号
- 立命館大学教育・学修支援センター(2021).2021年度春学期授業アンケートの分析結果について ITL NEWS, No.53
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瀬崎 颯斗・渡邊 智也・小野塚 若菜 (2023) フィードバック・リテラシーに関する研究動向 日本教育工学会研究報告集, 2023(3), 152-159.
https://doi.org/10.15077/jsetstudy.2023.3_152 -
Wang, Y., Derakhshan, A., Pan, Z., & Ghiasvand, F. (2023). Chinese EFL teachers’ writing assessment feedback literacy: A scale development and validation study. Assessing Writing, 56, 100726.
https://doi.org/10.1016/j.asw.2023.100726 - 渡邊 智也・野澤 雄樹・瀬崎 颯斗・小野塚 若菜・楠見 孝(2024).日本語版フィードバックリテラシー行動尺度の開発の試み 日本教育心理学会第66回総会発表論文集, 338.
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Wisniewski, B., Zierer, K., & Hattie, J. (2020). The power of feedback revisited: A meta-analysis of educational feedback research. Frontiers in psychology, 10, 3087.
https://doi.org/10.3389/fpsyg.2019.03087
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