理工系学部「女子枠」

2024.10.18

理工系学部「女子枠」急増の背景にあるもの。大学入試の新傾向から見る日本の未来

理工系の学問を学んだり、理工系の分野で仕事をしたりする女性、「理工系女子」が増えています。大学入試でも、理工系の学部で「女子枠」を設ける動きが急速に拡大中です。大学入試や社会の様子、これからの課題について、山田進太郎D&I財団の大洲 早生李さんに解説していただきます。

2023年度入試から急拡大、増加傾向が続く見込み

大学入試の「女子枠」とは、総合型選抜や学校推薦型選抜などで女子だけを対象とした特別枠を設定することです。

いま大学では、多様な社会的・文化的背景を持つ学生を集めることで、学びの質を高め、大学を活性化し、社会に貢献しようとする動きが強まっています。その一環として、女子学生が少ない理工系の学部では、優秀な女子学生の獲得や、学部内の男女バランスの改善、多様性の確保などを目的に、「女子枠」を導入する動きが活発化してきました。

Q. 女子枠入試を導入する際にどんな効果を期待していましたか?

女子枠を導入する大学の数は2023年度入試から急激に増加。2025年度入試でもさらに増え、国公立大だけでも27大学以上が導入しています。*1

たとえば、東京科学大学(旧 東京工業大学)では2024年度入試から「女子枠」を導入。全6学院(学部に相当)のうち4学院で58人分の「女子枠」を設けました。「女子枠」の志願倍率は1.9~6.9倍で、56人が合格。一般選抜も含めた入学者全体に占める女性比率は10.7%から15.3%に上がりました。2025年度入試では「女子枠」を149人まで拡大する予定です。*2

2018年度入試から「女子枠」を設けている芝浦工業大学は、2027年までに女子比率30%以上にする目標を発表しており*3、制度の拡充に努めています。また、奈良女子大学やお茶の水女子大学では工学部を新設するなど、女性の工学教育のモデルとなり得る動きも出てきました。

理工系女子が少ない日本——なぜ?

国際的に見ると、日本は理工系分野における女性の割合がとても少ない国です。なぜでしょうか。理由は大きく3つあります。

1つ目は、歴史的・文化的な背景です。
これまで、日本において理工系の職場で中心的な役割を担うのは男性だったことが多く、また、学校や家庭では、女性が理工系の分野に興味を持ちにくい土壌がありました。たとえば中学・高校の技術・家庭科では、技術系の必修領域が女子だけ少ない時代が1980年代まで続いていました。

2つ目は、性別についての偏見です。
「女の子は……」「……は女性らしくない」といったジェンダーバイアスから、「理工系は男性のもの」という社会全体の先入観が根強くあります。それにより、理工系に進む選択肢を女子自身が無意識に狭めてしまっていることがあります。さらに、ジェンダーバイアスがあること自体に気付いていない人が多いことも問題とされています。

3つ目が、学校教育です。
高校までの学校教育では、STEAM(注)分野のキャリア教育が十分でないなど、理工系分野への興味関心を引き出す機会が限られています。加えて、高校1、2年次に文理選択を行ったら、それ以降は文理変更を行うことが難しい現状があります。つまり、理工系分野への知識や判断基準が十分でないまま、「何となく」文系を選んでしまう生徒が一定数いるということです。

日本は世界と比べて3つの要因がより深く絡み合っているために、「理工系女子」が少ないのです。実際、日本で理工系の学部に入学する女子学生の割合は19%と、OECD(経済協力開発機構)諸国の中で最低水準です。*4
理工系分野の能力や適性がある女性はたくさんいることは国際調査の結果からも明らかですが *5、それを生かした進路選択ができていない人が多いといえます。これは、国際競争力の低下にも関係する深刻な問題です。

(注)AI時代に必要とされる5つの学問領域(科学、科学技術、工学、芸術、数学)のこと。

「女子枠」は逆差別?

「女子枠」の導入には、一部で否定的な声もあります。たとえば、「女子が優遇されることで、学部自体の偏差値が下がるのでは」といった懸念や、「女子だけを優先するのは逆差別ではないか」といった意見です。

ここで留意しておきたいのは、「女子枠」を設けている場合も学力テストを課すことがほとんどである点です。また、特定の科目を優遇している場合は、大学入学までに補講を行うなどして、講義の質や学部自体の偏差値を下げない工夫がされていることが多いです。

先述のとおり、日本の理工系分野においては、本人以外の原因で女子が不利な状況に置かれ続けてきた歴史や社会的な背景があります。女子にとってはそもそものスタート地点が男子と違うことを考えると、「女子枠」はそのハンデを減らす施策であるという見方もできるでしょう。

まとめ~今後のカギは「社会全体で」「小中学生のうちから」

「理工系女子」の増加により、日本全体の活性化や、産業発展につながることが期待されます。実現のためには、教育、産業、社会など、それぞれの領域にある課題を一つずつ解決していく必要があります。

たとえば、小・中学校のうちから理工系を身近に感じられるようなキャリア教育の充実、すべての人にとって働きやすい職場環境の整備、お手本となるような女性教員・研究者の増員といったことです。

これからの時代は、性別に関係なく、自分の進む道は自分自身で考え、やりたいことを実現していくことがますます大切になります。一人ひとりの力を存分に発揮できれば、おのずと社会全体が活性化し、科学技術の発展にもつながります。そうした社会のあり方を、皆で考える時が来ているようです。

取材・執筆:神田有希子

*1 ベネッセコーポレーション調べ(2024年8月時点)。
※詳細は各大学の募集要項等でご確認ください。

*2 東京科学大学 ホームページより
https://www.titech.ac.jp/news/2022/065237
https://admissions.titech.ac.jp/admission

*3 芝浦工業大学 ホームページより
https://www.shibaura-it.ac.jp/about/summary/centennial_sit_action.html

*4 令和5年度文部科学省「学校基本調査」より理学部・工学部を合算して算出(山田進太郎D&I財団調べ)

*5 OECDが実施するPISA2022の結果より

※掲載されている内容は2024年10月時点の情報です。

監修者

監修スペシャリスト

おおす さおり


公益財団法人山田進太郎D&I財団

慶応義塾大学卒業後、日立製作所でIT営業や広報を経験。双子の妊娠を機に退職し、2011年に海外マーケティング支援を推進する株式会社グローバルステージを設立。2013年、非営利団体として日本ワーキングママ協会(現、日本ウィメンリーダー協会)を創設し、女性管理職の推進に取り組む。2016年よりコメ兵の社外取締役として女性の活躍推進を担当。2019年に米国へ移住し、グローバルSTEAM教材「InterEd」を開発・展開。2022年より山田進太郎D&I財団で広報・マーケティング責任者として、STEM分野のジェンダーギャップ解消に尽力。4児の母、米国在住。

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