2024/12/18

高校入学以前の文理認識とその後の進路選択のジェンダー差

激しい社会変化のなかで、子どもの生活や学びもどのように変化しているのか。
その変化を多面的、継続的に捉えるために、ベネッセ教育総合研究所と東京大学社会科学研究所は共同研究プロジェクトを立ち上げました。そこで実施された調査の結果データを、いま多くの研究者たちが分析しています。本プロジェクトデータから得られた洞察と仮説をもとに、社会課題の解決の糸口を模索しています。
研究論文には書ききれなかった思いと展望を、研究者自身が伝えます。
田邉 和彦

田邉 和彦

日本学術振興会特別研究員PD(立教大学)。
大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。専門は教育社会学。文系/理系の進路選択のジェンダー差について、社会調査の計量分析の手法を用いて研究している。主な論文として、「日本における性別専攻分離の形成メカニズムに関する実証的研究—STEM/ケアの次元に着目して—」『教育社会学研究』(2022)、「なぜ女子中学生は自分を『理系』と評価しにくいのか—文理意識の性別間分化メカニズム—」『教育学研究』(2023)など。

1.文系/理系の進路選択と文理認識

 日本の高等教育においては、人文科学や社会科学などの、いわゆる「文系」と呼ばれる領域には女性が多いのに対して、理学や工学などの「理系」と呼ばれる領域には女性が少ない(文部科学省 2023)。また、高校段階の文理選択においても、理系コースでは男性の比率が高く、文系コースでは女性の比率が高い(国立教育政策研究所 2013)。このような文系/理系の偏りは、労働市場の理系分野に女性が少ない状況の直接的背景を成すものである。
 PISAなどの国際学力調査においては、理数科目の学力に必ずしも大きなジェンダー差は見られないにもかかわらず、なぜ多くの男子は理系の進路を選び、多くの女子は文系の進路を選ぶのだろうか。近年に行われたいくつかの先行研究は、男女間に存在する意識の差と、進路選択との関連に焦点を当てている。たとえば、学校の教科の好き/嫌いや、各分野に進学した場合に期待される授業理解度(主観的成功確率)に見られるジェンダー差は、理系進路選択のジェンダー差を部分的に説明することが示唆されている(白川 2020; Toyonaga 2024)。ただし、それらの要因によって、高等教育における専攻分野選択のジェンダー差が十分に説明されるわけではなく(Toyonaga 2024)、また、なぜ文理選択のジェンダー差が生じるのかを検討した研究は、いまだ限られている。
 そこで、本稿では、男女間に見られる意識の差のなかでも、アイデンティティに関する側面に焦点を当てる。特に、科学アイデンティティ(science identity)に類似する概念として、自分は「文系」なのか、それとも「理系」なのかという自己認識(文理認識)に着目する。科学アイデンティティとは、「サイエンスパーソン(Science Person)としての自己認識および他者からの認識」と定義され、日本語では、「『理系』としての認識」のように表現される(岡本 2024)。とりわけ、英語圏の科学教育分野においては、学力とは別軸の要因として、科学アイデンティティが、理系分野への参入を左右することが示されてきた(e.g. Dou et al. 2019)。翻って、日本では文系/理系の二分法が広範に用いられていることを踏まえると、自分が「理系」なのかという要素に加えて、自分は「文系」なのかという要素も含めた自己認識、すなわち、文理認識が、理系分野/文系分野への参入に重要な影響を持っていると予想できる。
 「子どもの生活と学びに関する親子調査」では、毎年行われるベースサーベイにおいて、小学4年生から高校3年生までの児童・生徒に対して文理認識が問われている。この質問項目を用いた先行研究では、小学生や中学生の段階から、周囲の影響などを受けて文理認識にジェンダー差が生じていること(日下田 2022; 田邉 2023)、中学生時点の文理認識は、その後の専攻分野選択と関連していることなどが明らかにされている(木村 2023)。以上を踏まえると、高校入学以前から文理認識にはジェンダー差が存在しているために、高校入学後の進路選択(文理選択、専攻分野選択)にもジェンダー差が生じるのではないか、という仮説が立てられる。
 本稿では、この仮説がデータから裏付けられるのかどうかについて、「子どもの生活と学びに関する親子調査」を用いた検討を行った結果を紹介する。具体的には、進路選択(文理選択/専攻分野選択)に対する性別の効果を、中学3年生時点の文理認識が媒介するというモデル(図1)を立てて、媒介分析の手法を用いた検討を行う。なお、本稿は、筆者が2024年3月に大阪大学大学院人間科学研究科に提出した博士論文の一部を加除修正したものである。
図1. 文理認識の媒介モデル

2.方法

 本稿では、「子どもの生活と学びに関する親子調査,2015-2019」のうち、2015年度ベースサーベイ、2016年度ベースサーベイ、2018年度高3生調査を用いる。分析対象は2015年度ベースサーベイで中学3年生のサンプルであり、中学3年生時点の文理認識と、高校時代の文理選択、高校卒業後の専攻分野との関連を検討する。
 従属変数は、文理選択および専攻分野選択である。文理選択のカテゴリは、「文系」、「理系」、「その他」の3つとなっている。この質問項目は、高校で普通科に通っていた生徒を対象として問われているため、普通科以外の生徒は分析に含まれない。また、専攻分野のカテゴリは、「文系」、「理系」、「医療・福祉」、「その他」の4つとなっている。この質問項目は、高校卒業後に、大学や専門学校等に進学する生徒を対象として問われているため、これらの学校に進学していない生徒は分析に含まれない。以上のように、文理選択を従属変数とする分析と、専攻分野を従属変数とする分析では、除外されるサンプルの条件が異なるため、分析に用いるサンプルサイズも異なる点には注意されたい。
 分析方法は、KHB法(Karlson et al. 2012)による媒介分析である。まずは、文理選択や専攻分野を従属変数、性別を独立変数として、両親の学歴、父親の職業、母親の就業形態、世帯収入、高校の設置区分を統制した多項ロジスティック回帰分析(基本モデル)を行い、性別の係数を確認する。つづいて、同じモデルに中学3年生時点の文理認識を投入した場合の結果を確認する。最後に、KHB法を用いて、基本モデルと残差モデル(本稿では結果を割愛)を比較することにより、性別から進路選択に対する文理認識の媒介効果を算出する。

3.結果

 まずは、中学3年生時点の文理認識と、文理選択や専攻分野選択との関連を確認しておこう。図2-1、図2-2に示したように、中学3年生時点で「理系」認識を持っていた生徒のうち63.7%は、高校段階で理系コースを、「文系」認識を持っていた生徒のうち75.0%は、文系コースを選択している。また、「理系」の生徒の約半数は、高等教育でも理系分野に進学しており、「文系」の生徒の60.0%は、文系分野に進学している。
 なお、中学3年生時点では「理系」の認識を持っていて、その後、文系進路を選択したケースは25%程度観察されるが、その反対に、「文系」の認識を持っていて、理系進路を選択したケースは、10%に満たない。また、「どちらともいえない」と答えていたケースのなかでも、理系進路を選択した割合は、文系の半分程度である。特に、高校入学以前から「理系」の認識を持っていた生徒以外は、理系進路を選択しにくいことが窺える。
図2-1. 中学3年生時点の文理認識とその後の文理選択との関連(n=713)
図2-2. 中学3年生時点の文理認識とその後の専攻分野選択との関連(n=693)
 次に、多変量解析の結果を確認する。図3には、文理選択および専攻分野を従属変数とする多項ロジスティック回帰分析を行って得られた性別の係数を示している。いずれも、基準カテゴリを理系(理系コース/理系分野)とする多項ロジスティック回帰分析であるため、文理選択の分析では、理系コースと比較した場合のその他の係数、専攻分野の分析では、理系分野と比較した場合の医療・福祉分野、その他の分野の係数も得られているが、本稿では割愛し、文系コース・文系分野の係数のみを示している。
図3. 多項ロジスティック回帰分析における性別の係数(基準カテゴリ(理系)と文系の比較)
 文理選択を従属変数とする分析(上段)では、基本モデルにおける性別の係数は0.624(1%水準で統計的に有意)であった。性別は、女子であれば1、男子であれば0を取るダミー変数として投入しているから、女子であると、理系と比べて文系コースを選択しやすい傾向があると読み取れる。また、図には示していないが、オッズ比を取ると、女子の方が1.866倍、文系コースを選択しやすいと解釈できる。他方で、文理認識を投入したモデルでは、性別の係数は0.134(オッズ比では1.144倍)となり、95%信頼区間は0をまたいでいる(すなわち、統計的に有意ではなくなっている)。
 専攻分野を従属変数とする分析(下段)では、基本モデルにおける性別の係数は1.139であり、オッズ比で見ると、女子の方が3.124倍ほど、文系分野に進学しやすい。文理選択を従属変数とする分析とは異なり、文理認識を投入したモデルでも、性別の係数は1%水準で統計的に有意だが、値が小さくなっている点は同様である(係数は0.631、オッズ比では1.880倍)。いずれの分析結果からも、中学3年生時点の文理認識を考慮することによって、その後の進路選択のジェンダー差は大きく縮小することが読み取れる。
 最後に、KHB法を用いて計算した媒介効果は、文理選択のモデルで81.7%、専攻分野のモデルで52.6%であった(図4)。いずれのモデルでも、媒介効果は1%水準で統計的に有意であったから、「高校入学以前から文理認識にはジェンダー差が存在しているために、高校入学後の進路選択(文理選択、専攻分野選択)にジェンダー差が生じる」という仮説を支持するような結果が得られたと判断できる。これらの分析結果は、高校入学後の進路選択において、なぜ男子は理系、女子は文系を選択しやすいのかを紐解くうえで、教育段階早期に形成された文理認識のジェンダー差に目を向けることの重要性を強調するものと言える。
図4. KHB法を用いて算出した媒介効果

4.結果の含意と今後の展望

 本稿で紹介した検討結果は、高校入学以前から文理認識にジェンダー差が存在している状況が、高校入学後の文系/理系の進路選択のジェンダー差を部分的に説明することを示唆するものであった。より平易な表現をすれば、「自分を『理系』だと思っている女子が少ないから、理系分野・理系コースを選択する女子も少ないのだ」という見方が、データの分析結果から支持された、ということになる。
 ただし、この結果から、安易に、「『理系』認識を持つ女性が増えれば、理系分野に進学する女性も増える」という理解を導くのは適切ではない。木村(2023)は、「理系」認識を有している男子の多くが理系分野に進学しているのに対して、女子は医療・福祉分野に進学していること、白川(2020)は、主観的成功確率が高まると、男子では理工/医農分野、女子では看護/薬学分野への進学希望が高まりやすいことを示している。すなわち、「理系」認識を持つ女性が増えたとしても、現状のその他の条件が変わらなければ、理系内での伝統的な女性領域に進学する女性が増えるだけとなる可能性がある。この点で、「理系」の認識を有している女子が、理工系よりも医療系を選び取っていく状況の背景を探ることの意義は大きいだろう。
 また、PISA2025では、科学アイデンティティに関する指標の導入が予定されており(OECD 2023)、関連する議論が活発に行われていくことが予想される。本稿では、アイデンティティに類する意識として、文理認識に着目した検討の結果を紹介したが、今後、国際学力調査を含めた種々のデータを用いた検討の進展にも期待したい。

参考文献

  • Dou, R., Z. Hazari, K. Dabney, G. Sonnert, and P. Sadler, 2019, “Early Informal STEM Experiences and STEM Identity: The Importance of Talking Science,” Science Education,103(3): 623-637.
  • 日下田岳史,2023,「なぜ女子は理系意識を持ちづらいのか——小学5年生~6年生に焦点を当てて」『教育学研究』89(4): 91-103.
  • Karlson, K. B., A. Holm, and R. Breen, 2012, “Comparing Regression Coefficients Between Same-sample Nested Models Using Logit and Probit: A New Method,” Sociological Methodology, 42: 286-313.
  • 木村治生,2023,「中学生・高校生の理数教科の苦手意識と理系進学」『応用物理』92(8): 499-505.
  • 国立教育政策研究所,2013,『中学校・高等学校における理系進路選択に関する研究』.
  • 文部科学省,2023,『学校基本調査』(2024年11月25日取得,https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00400001&tstat=000001011528).
  • OECD, 2023, PISA 2025 Science Framework Draft, Paris, OECD Publishing,(Retrieved November 25, 2024, https://pisa-framework.oecd.org/science-2025/assets/docs//PISA_2025_Science_Framework.pdf).
  • 岡本紗知,2024,「科学アイデンティティ研究の発展と変遷」『科学教育研究』48(1): 33-51.
  • 白川俊之,2020,「高等教育における性別専攻分離の発現メカニズム——STEM志向に見られる性差を中心に」『社会文化論集』16: 127-158.
  • 田邉和彦,2023,「なぜ女子中学生は自分を『理系』と評価しにくいのか——文理意識の性別間分化メカニズム」『教育学研究』90(2): 39-51.
  • Toyonaga, K., 2024, “Exploring Pathways to Gender Inequality in STEM Choices: Insights from the Embedded Mechanism in the Japanese Context,” CSRDA Discussion Paper, 88, (Retrieved November 25, 2024, https://csrda.iss.u-tokyo.ac.jp/international/dp/No.88.pdf).