日本舞踊【前編】まねて身に付ける……日本のおけいこの教え方[習い事入門]

「前をちゃんと見て」
「肘を引いて」
「お胸を張ってください」
「引きます。2歩出て」
4歳の女の子が先生の言葉かけと動作を「まねて」懸命に踊っています。つぶらな瞳をじっと見開いて、集中しています。

今回取り上げるのは、日本舞踊です。日本の伝統芸なのに、和の習い事はなんとなく敷居が高いと思うかたも多いでしょう。いったいどんなふうに教えているのでしょうか。
取材して、伝統芸能の伝授には学ぶべきことがたくさんあるということがわかりました。
そのひとつが、日本舞踊は先生の所作をまねて学ぶのが基本ということ。
そしておけいこは一対一。
だからおけいこは4歳でも真剣そのものなのです。
朱色に白のウサギ模様のかわいらしい着物に、結いあげたお団子が可憐です。付き添いはおばあちゃん。右足と左足をまちがって出した孫を心配そうに見守っています。
おけいこ場にはお姉さん弟子や50~60代の古参のお弟子さんが控えています。
みんな「ほかの人のおけいこを見ている」のです。見て学んでいるのです。
「ありがとうございました」
終わると、床に両手をつき、頭を深々と下げて、4歳の女の子が言いました。しっかりした口調でした。最近見たことがない丁寧なお辞儀でした。

一対一で教える日本舞踊

東京都青梅市にある西川流常任理事の西川扇勝治さんのおけいこ場は、うっそうとした樹木が生い茂る住吉神社のそばにありました。
昭和25年に建てたというおけいこ場は、木造平屋。小ぶりですが、引き戸の玄関、畳に障子、磨きこまれた床、と風情があって、気持ちが引き締まります。

「お褄(つま)をとってお口にはさんで。扇子にお指をはさんで回します」
「もう一回」
「お褄を持って『の』の字を書きます。6回目に降ろします」
4歳の女の子の次のおけいこは小学5年生の女の子です。釣瓶(つるべ)で井戸の水を汲むシーンに苦心しています。無理もありません。釣瓶も井戸も見たことがありません。
扇勝治さんは何回もやって見せます。75歳と思えない張りのある声で、一つひとつの動作を「やって見せて」教えます。品の良い深緑色の着物に白地の帯が映えています。
曲は『梅にも春』。おめでたい華やぎのある曲です。
「おへその位置を決めると、いい形になるの。右に45度、左に45度。正面向きます」
扇勝治さんは一緒にやって見せます。
女の子の舞いは、さっきよりずっときれいに決まります。
「ちょっとしたことで良くなるでしょ」
そうやって少しずつ少しずつ、こまかく所作を教えていくのです。
一対一ですから生徒は一瞬も気を抜けませんが、教える先生も真剣です。

そのおけいこを、さっきの4歳の女の子もじっと見ています。次におけいこをつけてもらう赤の矢絣(やがすり)の着物の6歳の女の子も、正座して見ています。
さまざまな年齢の子や人が入り混じって、一緒に時間を過ごして、芸の向上のために心を砕く。緊張感はあるけれど、同じ習い事をしているという同好の士のようななごやかさや楽しさも、そこはかとなくあります。
CDから流れる三味線と歌がゆるやかに響きます。いい雰囲気です。

しきたりのある日本舞踊

西川扇勝治さんの教室の月謝は、月6回1万5,000円です。
「おけいこしないとうまくなりませんから、もっと回数を増やしたいのですが、私の体力もあるし、今の子は忙しくてなかなか来られないから、仕方なく月6回です」
以前は週3回で「教え方ももっと厳しかった」と、6歳の女の子のお母さんは笑って教えてくれました。お母さんは名取(なとり)です。母子2代教わっているのです。

「おけいこの時は浴衣でもかまいません。おさらい会はしますが、国立劇場で踊る大がかりな発表会は3年に一度。その時はお金がかかりますが、三味線も歌も舞台装置もプロがやってくれるのだから経費がかかるのは当然なんです」
ちなみに発表会費用は踊る曲によって各人違います。
なお一度ついた師匠は変えられないのもしきたりです。おけいこごとは長いのです。中断してもまた続けることもよくあります。子弟は一生ものの関係なのです。
名取になるのに数年、教えることのできる師範になるには10年以上の修行がいります。
しかし、最近では、教わる前に見学したり、発表会を見て先生となるべき人の踊りを見たりして習いに来る人も増えています。

独特な日本舞踊の教え方

日本舞踊の教え方は独特だと思いました。
同年齢の生徒たちがいっせいに先生の指示通り同じことをやるのではなく、年齢や上達によって、習う曲がそれぞれ異なります。
そして基本は先生自らけいこをつける個人レッスン。譜面などはありませんから、生徒が身体で覚え、頭の中で曲を整理して理解するまで、先生は一緒に何度でもやって見せて、こまかい所作を丁寧に教え込んでいくのです。
これほど先生が率先して身体を使って教えるおけいこごとはありません。先生も、体力や気迫や熱心さが必要です。
そして先輩や同輩のおけいこを「見る」ことで学ぶのです。小さくてもお辞儀やごあいさつができ、踊りの所作ができるのは、見て学んだことが大きいのです。
悠長に見えますが、じっくり発酵するように身に付けて、一生ものの芸になるのです。

プロフィール



NPO法人 孫育て・ニッポン理事長、NPO法人ファザーリング・ジャパン理事。「母親が一人で子育てを担うのではなく、家族、地域、社会で子どもを育てよう」をミッションに、全国にて講演、プロジェクトを行う。東京都北区多世代コミュニティー「いろむすびカフェ」アドバイザー。産後のママをみんなでサポートする「3・3産後サポートプロジェクト」発起人。著書、共著に「ママとパパも喜ぶ いまどきの幸せ孫育て」(家の光出版)。

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