教育バウチャーって、何?


安倍総理は、その著書『美しい国へ』(文春新書)の中で教育格差の再生産を防ぐ対策の1つとして「教育バウチャー制度」をあげています。2006年10月、内閣に設置された教育再生会議で検討されるようですが、保護者のかたにとっては聞きなれない言葉ではないでしょうか。今回は、「教育バウチャー制度」について紹介します。

教育バウチャーは、簡単にいえば「教育を受けるためのクーポン券」
安倍総理が考えている公教育再生のための改革の柱は、教員免許更新制、外部学校評価、学校選択制などに加えて、今回、取り上げる教育バウチャー制度です。なお、教員免許更新制外部学校評価については、過去の記事で取り上げていますので、そちらを参考にしてください。
教育バウチャーにはさまざまな形があるのですが、まずは、おおよそどんな制度なのかを説明します。

政府(行政機関)から学校教育を受けるためのクーポン券が家庭に給付されます。保護者(生徒)は、自分で好きな学校を選んで、授業料のかわりにクーポン券を学校に渡します。学校は集めたクーポン券を自治体に提出して補助金を受けることができます。


おおまかにいうと、このようなことなのですが、どういう意味があるのでしょうか?
通常、補助金は学校に給付されますが、教育バウチャーはサービスを受ける側に補助金(クーポンの形)が渡されます。つまり、どの学校でサービスを受けたいか、市民の側が主体的に選ぶ制度なのです。人気のある学校に生徒が集まるでしょうから、その学校は多くのクーポンを集めることができ、より多くの補助金を受けることができます。学校間での競争が激しくなり、良いとされる学校は生き残り、そうでない学校は成立しなくなる可能性があります。
安倍総理は、この制度が教育格差を再生産させないための対策になるとしています。学校間を競争させながら教育格差を再生産させない、そのようなことが可能なのでしょうか。

安倍総理が意図している教育バウチャー
教育バウチャーは、給付する対象(例えば、海外の事例では低所得者層のみに給付する場合もある)や使用できるサービス機関の範囲(例えば、公立学校のみで使える)などによって、その意味や影響が大きく異なってきます。
安倍総理の著書『美しい国へ』の中では以下のようなくだりがあります。

アメリカでは、私立学校の学費を公費で補助する制度をスクール・バウチャーと呼ぶ。それによって、保護者はお金のあるなしにかかわらず、わが子を公立にも私立にも行かせることができる。(p226)


このことから、公立学校、私立学校の区別なく使用できる教育バウチャーが想定されていることがわかります。私立学校に行く場合は、授業料から教育バウチャーを引いた分を自己負担すればよいことになります。教育バウチャーでどれだけ授業料をカバーする計画なのかもまだわかりませんが、経済的な理由で私立学校への進学をあきらめていた家庭にとっては朗報となりそうです。

しかし、教育バウチャーによって私学へ受験させて通わせる費用のどこまで賄えるかによってその効果は変わってきます。また、公私合わせても学校が少なく、そもそも行く学校を選べない地域に住んでいる人々にとっては、この制度はあまり意味がないでしょう。教育バウチャー制度導入によって、今まで以上に多くの生徒が特定の学校をめざすようになることが、公立学校全体の再生につながるとは一概には言えません。ただ、学校間の格差を広げるだけのことかもしれません。

様々な教育バウチャー制度
教育バウチャー制度は、アメリカのブッシュ大統領が教育改革の柱として導入しようとしたことが知られています。実際には議会の反対で見送られていますが、その後、いくつかの州や市で試みられています。それらを見ると、教育バウチャーといってもさまざまな形があることがわかります。ここでは1つの例として、小久保峰花氏が「アメリカ教育改革」という論文(三田祭論文集2002)で取り上げているフロリダ州の障害児向けバウチャープログラムを簡単に紹介します。

フロリダ州では、2002年5月に成立した州法によって、障害がある子どもは誰でも無条件にバウチャーを獲得できるようになり、このことで、州が認定している私立学校へ自由に転校できるようになりました。2002年で参加者は約4,000人、受け入れ資格のある学校が324校、支給額は年額5,000ドルということです。これからすると、年間の支給額として、おおよそ20億円(5,000ドル×4,000人)ぐらいの費用がかけられていることがわかります。

こうした障害児が私立学校に転入できることに限定した制度は、先ほどお話ししてきた学校が競争するという市場原理導入を意図した教育バウチャー制度とはだいぶニュアンスが違うように思います。また、規模や方法にもよるでしょうが、フロリダというアメリカの1つの州の場合でさえ、随分コストがかかることもわかります。

果たして、日本はどのような教育バウチャー制度をめざすのでしょうか。教育再生会議での検討に期待したいところです。


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