言葉がきつく他人の行動に厳しい娘【後編】[教えて!親野先生]

今週の相談

 

小学1年生の娘のことです。元々言葉がきつく、他の人の行動に厳しい子で心配はしていたのですが、つい先日お友達のお母さんから、うちの子が何人かのお友達を叩いたり、その場にいる他のお友達にも叩くことを強要したりしていること、お友達を支配したいような言動が目に付くこと等を指摘されてしまいました。娘に聞いてもまったく認めません。私が何かにつけ自業自得と言ったり、悪いことは悪い!と決め付けて言ったりしてきたせいかなと反省しています。親野先生のお話にはまず受け入れて共感すること、とありますがなかなかできずにいます。今からでもがんばれば子どもは変わってくれるでしょうか?(りほほ さん)

 

【親野先生のアドバイス】

前回に引き続き、りほほさんへのアドバイスです。

このような親の言い方と同時に大事なのが、子どもを受容的共感的に理解するという気持ちです。
子どもがすることには、どんなことにもそれなりの理由や原因があるものです。
その子はなぜそうなのか?
その子はなぜそういうことをするのか?
それを受容的共感的に理解してやることです。
子どもの話をよく聞いたり、本当に子どもの立場に立って子どもの内面を想像してやったりすることが大事です。

そうすると、どんな場合にも必ず、それなりの理由ややむを得ない事情があることがわかります。
また子どもも、なかなか自分を変えられないのだという事実にも突き当たります。
これも、また、大切な点です。

子どもも自分の苦手や短所をなかなか直せないものなのです。
大人にとっても、自分の苦手や短所を直すのは並大抵のことではありません。
苦手や短所を直すには、強烈なモチベーションと強固な意志と工夫する能力が必要です。

このどれもが、子どもには望むべくもないことばかりです。

私もなかなか自分を変えられません。
私もあなたもどこの誰も、なかなか自分を変えられないのです。
子どもにしてみれば、なおさらのことです。

そういうことも含めて、本当に子どもの立場に立って考え、子どもの内面を想像してやれば、自然に受容的共感的になれるのです。
そして、その後できることは、そういう子どものありのままを受け入れて許してやること以外あり得ません。
そのとき、どうして子どもを責めることができるでしょうか?

私の経験でも、それがわかって「かわいそうだな」「つらいんだな」という気持ちになることがほとんどでした。
ほとんどというより、いつも必ずそうでした。
もしそうならないというのなら、それは本当にその子の立場に立って考えていないというだけのことなのです。

このようなことを頭に入れつつ、自分がやるべきことをひたすらにやっていくことが大事です。
そして、いつも私が言っていることですが、それによって急に子どもが変わると期待しないことです。
子どものうちに直してやろうと思い過ぎないことです。
こういうことを思い過ぎると、焦って叱ることが多くなり、悪循環にはまることになります。
こういうことを思い過ぎると、子どものありのままを受け入れて共感することができなくなってしまうのです。

「親野先生のお話にはまず受け入れて共感すること、とありますがなかなかできずにいます」とのことですが、まさにそうなってしまうのです。
ここに親の難しさがあり、大いなる矛盾があるのです。

子どものことを思えばこそなのですが、それがあるために受け入れて共感することができなくなってしまうのです。

「今からでもがんばれば子どもは変わってくれるでしょうか?」とのことですが、まさに親はそれを求めてしまうのです。

もちろん、子どもは変わります。
親が進むべき道を進んでいれば、必ず変わります。
でも、それは、親の強い思いを一度脇に置いて初めて可能になるのです。

「人事を尽くして天命を待つ」という気持ちで、結果を望まずに正しいことをひたすらやることです。
正しい道を進んでいれば、だんだん良い循環が始まります。
ただし、それには必ず時間がかかります。
その結果が出ない期間を、その長い期間を、自分の軸をぶらさずに進めるかどうかが分かれ目なのです。

せっかく進むべき道を進み始めても、たいていの人がまた元の道に戻ってしまいます。

それは、この結果が出ない期間に、信念をもって軸をぶらさずにいることができないからです。
いつまで経ってもいっこうに改善が見られないので、心配になってしまうのです。

ですから、子どもが変わるには時間がかかるということを肝に銘じておくことです。
もちろん、意外と早く変わることもありますが、それはめったにない僥倖(ぎょうこう)と思っていれば間違いありません。
基本的に、人間が変わるには時間がかかるのです。

でも、本当は、変わっているように見えなくても内側では少しずつ変わっているのです。

内側では少しずつ少しずつ変わっていても、その変化が外からもわかるようになるのには時間がかかるということなのです。

10年、20年、30年という気持ちで考えていればいいと思います。
それに、何も子どものうちに親が変えてやらなければならないというものでもないのです。
子どもは一生かかって自分を作っていくのですし、それこそが人生なのですから。

親にできなかったことを、友達がやってくれるかもしれません。
また、就職や結婚をとおして、どんどん性格や価値観が変わるということもあります。
こういうことは、人生ではいくらでもあります。

ですから、りほほさんも気持ちを大きくもって、自分にできることの結果を求めずにやっていってください。
実際、正しい道をひたすら進む以外にないのですから。

ところで、私は前編で、「どんなことにもそれなりの理由や原因がある」「どんな場合にも必ず、それなりの理由ややむを得ない事情がある」と書きました。
これは何も子どもに対してのことばかりではなく、大人においてもまったく同じです。
どんな大人のどんな行為にも、それなりの理由ややむを得ない事情があるのです。
そして、みんな、なかなか自分を変えられないでいるのです。

そして、どんな大人もということは、りほほさんもそうであり、これを読んでいるすべての人もそうであり、もちろん私自身もそうなのです。
ということは、りほほさんも他の誰も、今これを読んで多少なりとも「なるほど」と思ってはいても、いざ実際の生活に戻るとまた以前と同じことを繰り返してしまうという可能性は非常に高いわけです。

私は、親自身もそんな自分を受け入れていくことが大切だと思います。
そのことであまり自分を責めすぎないことです。
自分を責めすぎるとろくなことはありません。
それが、また、子どもにはね返っていくことにもなります。
でも、だからといって、親がまったく変わらないでいいということでは、もちろんありません。
ここにも大いなる矛盾があります。

親が一大決心をして、一気に変われればこれに越したことはありません。
でも、一大決心をしたつもりで始めても、少し立ったら元通りかもしれません。
そういうときは、少しだけ自分を責めて、でも、あまり自分を責めすぎないで、また、心新たに始めてください。
どんな立派そうに見える親でも、みんな内情はこういう行きつ戻りつでやっているのです。

手前味噌ですが、私が書いたものをときどき読み返すというのもいいかもしれません。

または、毎晩子どもの寝顔や生まれたときの写真を見るようにするというのもいいでしょう。
そして、いつも、自分自身のストレス解消に心がけることも大事です。
これは、かなり大事です。

このようにして、親自身も成長していくのです。
子育てを親子で成長する最高の機会ととらえてください。
親も日々成長していけばいいのです。
最初からできあがっている親などいないのですから。

私ができる範囲で、精いっぱい提案させていただきました。
少しでもご参考になれば幸いです。
りほほさん親子に幸多かれとお祈り申し上げます。



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プロフィール

親野智可等

親野智可等

教育評論家。23年間の教員生活のなかで、親が子どもに与える影響力の大きさを痛感。その経験をメールマガジンなど、メディアで発表。全国の小学校や、幼稚園・保育園などからの講演に引っ張りだこの日々。

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