福岡博士が初めて語る幼児期にみがいた“センス・オブ・ワンダー”とは【PR】

 生命は常にバランスを保ちながらも、破壊と複製を繰り返すという『動的平衡論』を提示し、生命科学の分野に新たなパラダイムを構築した生物学者の福岡伸一氏は、さまざまな顔を持つ。著書『生物と無生物のあいだ』で80万部を超えるヒットを飛ばし、画家フェルメールの評論家として世界に認知され、「哲学する分子生物学者」とも称されるほど哲学にも造詣が深い。また多数のメディアに連載を持ち、洒脱な文章で多くのファンをひきつけている。どんな問いにも縦横無尽の知識で応えてくれる福岡氏は、知の源流にあるのは子ども時代にみがいた「センス・オブ・ワンダー」と語り、幼児期の大切さを訴える。

——「センス・オブ・ワンダー」とは具体的にどんなことを意味するのでしょうか。

 アメリカの生物学者レイチェル・カーソンが著した本のタイトルにもなっている言葉ですが、彼女はこんなことを訴えています。

「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、私たちの多くは大人になる前に澄み切った洞察力、美しいもの、畏敬すべき者への直感力を鈍らせ、あるときは全く失ってしまいます。もし願えるなら、世界中の子どもに、生涯消えることのない“センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見張る感性”を授けてほしいものです。」

 誰もが子どもの頃は何をしてもどんなことを見ても、五感を働かせ「すごい!」「きれい!」、あるいは「どうして?」「不思議!」という思いがわき出て、それが成長のきっかけになるのです。まさしく私がそうでした。

 子どもの頃にチョウや昆虫に夢中になり、そのときに図鑑で見たルリホシカミキリの色の美しさに衝撃を受けたんです。3cm位の小さなカミキリムシですが、瑠璃色がとても美しく、どうしてこんな深い青がこの世に存在するのか不思議でした。以来、昆虫の新種探しに夢中になり、チョウがさなぎから孵化するときの神秘性に胸を打たれ、生物学を研究したいと思って図書館に通っているうちに、蔵書は日本十進分類法に従って分類されていることを知り、それが後々知識の体系化に役立ちました。

 あるいはまたルリホシカミキリの抜けるような青が、青のターバンが印象的な『真珠の耳飾りの少女』の作者フェルメールの研究に向かわせ、その過程で芸術家や歴史、哲学などに興味がわき、年齢を重ねるにつれ私の好奇心や知識が枝分かれしていきますが、その根っこの部分にあるのが、ルリホシカミキリの美しさにドキドキした経験。それが僕のセンス・オブ・ワンダーなんです。

 児童文学者の故・石井桃子さんはこう語っています。

「子どもたちよ。子ども時代をしっかり楽しんでください。大人になってから、あるいは老人になってから、あなたを支えてくれるのは子ども時代の『あなた』です」
 石井さんもまた、センス・オブ・ワンダーの重要性を訴えているのです。

——幼児期のセンス・オブ・ワンダーを育てるためには、親の環境づくりが大事になってきますね。

 子どもを自然にふれさせてくださいと言うと、いきなり富士山に登ったり、グランドキャニオンに旅したりを思いい浮かべますが、近所の公園や川辺など小さな自然で十分なんです。ただ、3・4歳になるまでは、親の感性こそが子どものセンサー。道端に咲く小さな花を見つけたり、大空に浮かぶ雲の形の移ろいに見入ったり、幼い子どもの視野に入らないものを、親が見つけてあげなければなりません。

 自然にふれるときは、耳を澄まし、じっと目を凝らし、動かずに観察すると、意外なほど鳥の鳴き声が聞こえたり、草むらに潜む様々な虫を発見できたり、空気の匂いや季節の変化を感じるものです。

 いろいろな場所でさまざまな体験をするのもよいのですが、同じ場所に何度も出かけて定点観察することをお勧めします。場所を定めることによって、時間経過で起きる変化を小さな子どもでもしっかり感じ取ることができるからです。

 子どもは「なぜ?」「どうして?」と聞きたがります。親はつい正解を探しがちですが、答えを出してしまったら子どもの「なぜ」はそこで消えてしまいますし、世の中には答えが出ないこともたくさんありますので、子どもと一緒に「どうしてだろうね」と考えてみることも大事です。子どもと一緒に考えると、親自身にも意外な答えが見つかるかもしれません。

 そして、あえて目的をもたないことも必要だと思います。子どもが何かできるようになると、親はつい達成することを目的にしがちです。でも、目的のためがんばるのはもっとあとでもいい。一番大事なことは、何かを見て、感じて、不思議に思い、そしてただひたすら驚くこと。その積み重ねが、子どもたちの感性に厚みをもたせてくれ、センス・オブ・ワンダーが芽生えてくるのです。

——枯れない好奇心をもつ福岡先生はどんなご両親に育てられたんですか。

 今まであまり親のことは語ったことがないんですけど(笑)。父は放任主義、母は見守る子育てだったような気がします。私は東京郊外の団地で育ったんですが、大して広くもない家に採集した昆虫がたくさんいたし、ベランダでは昆虫が食べる植物を育てていたので、母は気持ち悪かったと思うけど、母に一度も「捨てなさい」とか「やめなさい」と言われたことがありません。もちろん、協力してくれるということもなかったですけど。

 ただ、家族で川遊びしていたときに「魚がいない」と言ったら「気配を消してじっと見つめてごらん」とアドバイスくれたり、さなぎがチョウに孵化するのは明け方なんですが、その時を待ちつつも寝落ちすると、母が「もうすぐチョウになるわよ」と起こしてくれたりしていました。

 また私は、昆虫のエサになるいろんな種類の葉っぱが町内のどこの家にあるか、町内の葉っぱ分布図を知り尽くしていて、あるときサンショウの若葉を採っていたらその家の人に見つかり、怒られてしまった。母に事情を話すと、一緒に謝りに行ってくれ、そして「息子は昆虫を飼っているので葉っぱが必要なんです」と頭を下げてくれました。それ以来、町内のよその家の木の葉っぱを採るのは公認(笑)。

 今考えると、私の「センス・オブ・ワンダー」は母の支えがあってこそでした。

——この春開講した<こどもちゃれんじ>の「サイエンスプラス」は、そのワンダーを育てることが狙いだそうです。

(実験グッズを手に取り)おもしろそうですね~。チープでないところがいい。年中・年長になると子どもだましは効かなくなり、実験グッズがおもちゃのようだと子どもは本気になりません。

 イギリスのことわざに「馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない」という言葉があります。親は子どもに無理に何かを押しつけても無駄ということですが、その一方で、水辺に連れていかなければ馬は水のありかを知りません。

 子どもは何に興味を示すかわからないけど、ワンダーをいっぱい用意してあげることが大切。そして親子で「なんでだろうね?」と話し合っていく中で、センス=五感がみがかれていくと思います。そして石井桃子さんの言葉にもあるように、子ども時代に育てたセンス・オブ・ワンダーが、大人になった「あなた」を支えてくれるはずです。

(文=吉井妙子)

プロフィール


吉井妙子

スポーツジャーナリスト。宮城県出身。朝日新聞社に勤務した後、1991年に独立。同年ミズノスポーツライター賞受賞。アスリート中心に取材活動を展開し2003年「天才は親が作る」、2016年「天才を作る親たちのルール」など著書多数。

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