【仏教/中国の思想】「仁」と「礼」について
「仁」と「礼」の違いがよくわかりません。
進研ゼミからの回答
こんにちは。
それではさっそく、質問について回答させていただきます。
【質問の確認】
「仁」と「礼」の違いがよくわかりません。
【解説】
中国の春秋・戦国時代(紀元前8~紀元前3世紀)は、周王朝が衰退して諸侯が天下を争っていた乱世でした。富国強兵策をとる諸侯は広く人材を求め、この時代には「諸子百家」とよばれる思想家たちがあらわれました。彼らはそれぞれ、人間や家族のありようや、政治や天下国家のあり方などを説きましたが、そのなかでも春秋時代末期にあらわれた、孔子を祖とする儒家がよく知られています。儒家の孔子が重視した「仁」と「礼」について、違いを整理していくことにしましょう。
「仁」とは
孔子が、その教えの根本にすえたのは「仁」です。あえて一言でまとめてしまうと、「仁」とは“人を愛すること”です。当時の世の中の乱れは、他人を思いやる愛情が失われていったことが原因で、真心や思いやりを大切にして人を愛する心をとり戻すことが何よりも必要だとして、「仁」が最も重要だと位置づけたのです。
もっとも“人を愛すること”といっても、これだけではあいまいでわかりにくいので、「仁」は、具体的には「孝悌、克己、恕、忠、信」という個別のあらわれ方をするのだと説きました。「孝(こう)」=子が親に尽くすこと、「悌(てい)」=弟が兄に尽くすこと、「克己(こっき)」=私利私欲をおさえること、「恕(じょ)」=他人に対して思いやりをもつこと、「忠」=自分の心に素直なこと、「信」=人をあざむかないこと、という具合に説明したのです。とりわけ、近親者への思いやりを説いている「孝悌」を、「仁」を実現するための基本中の基本であるとして重んじました。
「礼」とは
ところで、人を愛する「仁」は、あくまで人間の内面にある情ですから、他人には伝わりにくいのが難点です。そこで、孔子は、「仁」が態度や行為として外面にあらわれたものを「礼」とよんで区別しました。そもそも「礼」とは、古代中国における、人が従うべき社会の規範のことを意味しており、孔子は内面の「仁」と外面の「礼」を結びつけ、行動として外面にあらわれる「礼」を正しく復興させることで、社会秩序を再建しようとしたのです。さきほど「孝悌」のところで説明したように、近親者や友人などを思いやることは人間にとって特に大切であり、そういった気持ちをふさわしいやり方で行動にあらわそうとしたのが「礼」なのです。
「仁」を実践して「礼」として行動にあらわすにあたり、「克己復礼(こっきふくれい) 」という言葉が使われました。「克己復礼」とは、私利私欲をおさえて「礼」に従うという意味です。そのように他人と接することを心がければ、良好な関係を築いていけますよね。
孔子は、弟子から「仁」や「礼」について問われると、その場その場の状況や、教えを問うた弟子の能力などに応じて、答え方をさまざまにかえていたようです。もしかしたら学校で“子曰く~(=孔先生がおっしゃるには~)”ではじまる漢文を学習したことがあるかもしれませんが、そのようにして孔子と弟子たちの言行をひとつひとつ収録した『論語』にも、「仁」とは何々であるというように明確に定義された文章をみつけることはできません。このような伝わり方をしたことが、「仁」や「礼」の理解を少し難しくしているのかもしれませんね。
なお、儒家の思想は、戦国時代になると孟子や荀子に受けつがれました。孔子が説いた「仁」と「礼」の教えのうち、孟子は「仁」の教えを受けつぎ、人間は生まれつき善人なので(性善説)、「仁」を育てることの方が大切だと考えました。一方で、荀子は「礼」の教えを受けつぎ、人間は本質的に私利私欲にかたむき他人を憎む傾向があるので(性悪説)、「礼」によって行動を正していかなければならないと考えました。孔子とともに後世に名を残した弟子である「孟子」と「荀子」ですが、何の教えを重視するかが違っていたのですね。
【アドバイス】
孔子は、「仁」=“人を愛すること”を教えの根本において重視しましたが、同時に、「仁」が外面にあらわれた「礼」の意義も強調しました。両者の関係については、「礼」の前提として「仁」があり、「仁」なくして「礼」はありえないと説いています。形式ばかり「礼」にかなう行動をとったとしても「仁」がなければ不十分であり、真心や思いやりにあふれ「仁」ばかり備えているようであっても、それが「礼」としてあらわれなければやはり不十分だとして、「仁」と「礼」をともに兼ね備えたありようを人間の理想としたのです。
ここまでは、「仁」と「礼」の違いを踏まえて、孔子が説いた人間や家族のありようを中心に説明してきましたが、彼の思想は、政治や天下国家のあり方にもおし広げられていきます。ごく簡単にふれておきますと、「仁」と「礼」をともに兼ね備えた人物こそが為政者にふさわしく、理想を体現しようとする為政者が人々を道徳的に導くことで、平穏な世の中を実現することができると考えました。権力をふりかざす政治を否定し、為政者の徳性によって人々を治めるべきだとする政治論を「徳治主義」といいます。「仁」や「礼」とともに「徳治主義」も、孔子について学ぶのに大切なキーワードですので、あわせて理解しておきましょう。