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世界史 定期テスト対策【帝国主義とアジアの民族運動】ファショダ事件について

【帝国主義とアジアの民族運動】ファショダ事件について

ファショダ事件ってなんですか?ヨーロッパの国がいくつも登場するし、地名もたくさん出てくるから、どの国に関係ある事件なのかよくわかりません。

進研ゼミからの回答

【質問の確認】

ファショダ事件ってなんですか?ヨーロッパの国がいくつも登場するし、地名もたくさん出てくるから、どの国に関係ある事件なのかよくわかりません。

【解説】

アフリカにおける、イギリスの縦断政策とフランスの横断政策が衝突した事件です。
それでは、この事件が起こるに至る背景から、一緒にみていきましょう。

【どんな時代だった?】
19世紀前半、ヨーロッパの人々のアフリカに関する知識は、北部や沿岸部に限られていました。
しかし19世紀後半には探検家らの報告をうけ、内陸部へと勢力を広げるようになったのです。
こうしてヨーロッパ各国は、お互いの利害を調整しながらアフリカの「分割」を進めたため、現地の人々の抵抗を受けました。
そのようなヨーロッパ列強の中でも、この「アフリカ分割」を主導したのは、イギリスとフランスでした。それでは、イギリスとフランスのアフリカ進出についてみていきましょう。

【イギリスの動き】
ウィーン会議により、1815年、イギリスはオランダからケープ植民地を獲得しました。
1875年、イギリスはスエズ運河株式会社の株式を買収し、エジプトに対する支配を強化。
1880年代初めにはウラービー運動を鎮圧して、エジプトを事実上の保護国としました。
イギリスは、アフリカを南北につなぐルートを確保するため、エジプトのカイロと南アフリカのケープタウンを結ぶアフリカ縦断政策を展開しました。

【フランスの動き】
19世紀前半にアルジェリアを植民地化していたフランスは、1881年にはチュニジアも保護国化し、ここを拠点に広大なサハラ砂漠を支配しました。
これに続きフランスは、アフリカ北東岸のジブチとアフリカ南東の島、マダガスカルも獲得しました。
これらの地域に進出したフランスは、サハラ砂漠とアフリカ東部の地域を結び付けようとするアフリカ横断政策を進めました。


アフリカ分割の図

【ファショダ事件の発生】
縦断政策をとるイギリスの軍隊と、横断政策をとるフランスの軍隊が、両者のルートが交差するスーダンのファショダで衝突。戦争の危機が迫りましたが、フランス政府が譲歩して事件は収束し、スーダンはイギリス・エジプトの支配下におかれました。 これがファショダ事件です。

【アドバイス】

ファショダ事件が起こった背景については、イギリスとフランスがアフリカにどのように進出していったかを、地図もあわせて確認すると、よくわかりますよ。
この調子で世界史の学習を進めていってくださいね。

  • ここで紹介している内容は2017年3月時点の情報です。ご紹介している内容・名称等は変わることがあります。

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