慶応義塾大学 環境情報学部(1) 勉強のための勉強はもうやめて、最先端の研究に飛び込め![大学研究室訪問]

日本が転換期を迎えた今、大学もまた大きく変わりつつあります。そんな時代に、大学や学部をどう選び、そこで何を学べば、お子さまの将来が明るく照らされるのでしょうか。答えを求めて、さまざまな大学の研究室を訪問します。連載9回目は、最先端のバイオテクノロジーを駆使して生命活動の理解に挑み、世界のトップランナーとして走り続けている、慶応義塾大学の冨田勝教授の研究室です。



■日本初、教授自身のゲノムを解析して公開。大学授業の題材に

慶応義塾大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)では、2012年度に環境情報学部と総合政策学部の主に1年生を対象に、私自身の「ゲノム」を教材にした授業を行いました。ゲノムとは、顔や体質、性格、運動神経などの違いのもとになる、私たち一人ひとりの設計図です。近年、ゲノム研究は急速に進み、技術的には数年以内に誰もが手軽に自分のゲノムを読むことも可能になり、一人ひとりに合った最適な治療法を行うなど画期的な医療応用への期待がふくらんでいます。そんな近未来に備えて、ゲノムという「究極の個人情報」を読むことが、今後本人や社会にどのような影響を及ぼすのか、しっかりと理解することが必要です。日本はこの点で世界におくれをとり、実名で個人ゲノムを公開した例が一つもない状況でした。

そこで、私は自分のゲノムを解析し、日本人で初めて実名で公開しました。そしてそのゲノム情報をコンピュータで解析するSFCの授業の題材に提供しました。学生たちは、数グループに分かれて解析を行い、「ゲノムから見た冨田教授の適職診断」「注意すべき生活習慣病」「オリンピックに出場するならこの種目」などの解析成果を、私の前で発表してくれました。当たっているものも外れているものもあり、「ゲノムを見れば何でもわかる」わけではないと学生は実感できたと思います。ゲノム公開によるメリットやデメリットは、こうした具体的な検証が行われないことには明らかになりません。その端緒となるまさしく最先端の研究に、大学に入ったばかりの1年生が授業で取り組んだのです。


  地球環境分野の研究も。写真はCO2を吸収して油を合成する藻の培養風景。



■先生も答えを知らない最先端研究だから、学ぶ意欲がわく

大学1~2年生では学問の基礎を学び、3年生以降で研究に取り組んでいく--それではおもしろくないし、効率も悪いと私は思います。生物学の教科書を1ページ目から開くより、いきなりゲノムを研究したほうが、「勉強したい!」と思えます。匿名のゲノムでなく、目の前にいる私のゲノムならなおさらです。答えの見えない最先端研究だからこそ、勉強する意欲がわくのです。最初はわからないことだらけですが、わからないことが出てきたらその時に教科書を開いて学べばいい。そんなスタイルのほうが、勉強するパワーも生まれるし、必要な知識や技術を効率よく身に付けることができるでしょう。

これは、私一人でなく環境情報学部と総合政策学部のある慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)全体の理念です。その中核になるのが「研究会」のシステムで、学生は、最先端のテーマが並んだ100以上の研究会から興味を持ったものを選び、教授や大学院生らと一緒に研究に挑みます。半年ごとに別の研究会へ移動したり、同時に2つの研究会への参加も可能です。プロジェクトメンバーとして、役割を与えられて夢中で研究し、成果が出ればみんなで乾杯する--。私の研究会でそんな経験をした学生は、国際学会で賞をとったり、学部生のうちに国際的な論文が掲載されたりするなど、若くして世界で活躍する人材が何人も生まれています。




  従来の学びと慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の学びの比較
  出典:慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス 総合政策学部・環境情報学部パンフレット。



■真面目にやっていれば必ず報われる、という時代は終わった

私たちがこうした教育に取り組んでいるのは、今の日本が抱える問題の大きな原因が教育にあると考えるからです。子どものころ、与えられた教科書の内容をひたすら真面目に勉強をしてきた大人たちの多くは、マニュアルに書いていない想定外の問題に直面すると、自分で解決する気概がなく、誰かが解決してくれるのを待つばかりです。難しい問題は捨てて、簡単な問題から解く--そんなテクニックばかりを身に付けてテストで優秀な成績を修めてきた国や会社のリーダーたちは、実社会でも難問から目をそらせ、先送りして自己保身に走ります。

人口増加でGDPも右肩上がりの高度成長期においては、みんなが同じ教科書を勉強して、試験で1点を競う、そんな教育でもよかったかもしれません。しかし、そんな時代はとっくに過ぎ去り、日本は人口減少の超成熟期に入り、誰でも出来ることをやっていたのではアジアの新興国にコスト競争で勝てなくなりました。教育も、そんな時代にふさわしいものに変わらなければいけません。SFCで、答えが見つかっていない最先端の研究に意欲を持って挑んだ学生たちは、社会に出てからも、自分で世の中を変えようという気概を持ち、難問に挑んで乗り越えてくれる--そう私たちは信じています。



卒業生に聞きました!

谷内江 望さん(2005年卒業、カナダ・トロント大学研究員)

「究極の遊び」たる科学を、今も思う存分楽しんでいます

私が慶応義塾大学環境情報学部に入学した2001年は、アメリカがヒトゲノムの解読完了を発表したばかりで、ゲノム研究が盛り上がり、世界中の研究者たちが競ってゲノムを解読して新しい遺伝子を発見しようとしていたころです。慶応義塾大学でも先端生命科学研究所が設立されて、冨田さんが所長に就任し、最先端のIT技術と生物学を組み合わせた研究ができる環境が準備されていました。私も、そんな環境で最先端のゲノム研究に打ち込みたいと思い、1年生の時に冨田さんの研究会に参加しました。

入学してすぐ、ITのことも生命科学のこともまともに知らない私にとって、研究会の門をたたくのには勇気が必要でした。そんな私たち1年生を前に、冨田さんは、「ようこそ。今日からきみたちは世界の第一線の研究者たちと切磋琢磨(せっさたくま)するプロです。科学は究極の遊びですから存分に楽しんでください」とおっしゃってくれました。私はその言葉に励まされ、まさに思いっきり遊ぶように研究をし、学生のうちからいくつも国際学会に出かけて行っては研究を発表し、論文を書く機会に恵まれました。冨田さんと研究会の先生がたはそれを全力で惜しみなくサポートしてくださいました。

私は在学中に、ある新しいタイプの遺伝子を予測するコンピュータプログラムを開発し、予測された遺伝子が実際に細胞内で働いているか実験で確かめて新規遺伝子を大量に発見しました。この卒業論文の内容は国際学術誌に掲載され、卒業後はそのまま大学院に進んで修士号と博士号を4年で早期取得しました。そして、海外に渡ってプロの科学者として研究を続けている今でも、たくさんの仲間たちと共に、冨田さんが大学1年生の私におっしゃった「究極の遊び」たる科学を思う存分楽しんでいます。



プロフィール


冨田 勝

慶應義塾大学卒業。米国カーネギーメロン大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。慶應義塾大学環境情報学部教授、同学部長を歴任。現在同大学先端生命科学研究所所長。医・薬・理・工・農を融合させた最先端研究で、医療、食品、環境分野への応用に挑む。

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