東京学芸大学 教育学部 初等・中等教育教員養成課程 社会科教室 (1) 現代日本の基礎は江戸時代に築かれた! 新しい歴史の姿を古文書から解明する醍醐味[大学研究室訪問]

日本が転換期を迎えた今、大学もまた大きく変わりつつあります。そんな時代に、大学や学部をどう選び、そこで何を学べば、お子さまの将来が明るく照らされるのでしょうか。答えを求めて、さまざまな大学の研究室を訪問します。今回は、江戸時代の歴史を研究し、教員を育成している、東京学芸大学の大石学教授の研究室です。



■手紙や日記、訴状などを手がかりに江戸時代の様子を解き明かす

研究室で読み解いている
古文書の数々

私の研究室では、主に教員志望の学生たちが集い、江戸時代の歴史を学んでいます。小・中学校や高校で歴史の知識や教える方法を学ぶだけではありません。教員自身が学ぶ楽しさを実感してこそ、子どもたちにも学ぶ楽しさを伝えられる——そんな考えから、専門的に歴史を学んでいるのです。

学ぶスタイルは「歴史は暗記科目」という一般的なイメージとは、まったく違います。江戸時代の人々は、武士も町人も農民も、たくさんの手紙、日記、公務の記録、訴状などを書き残しています。そうした古文書を読み解いて、当時の様子を解明するのです。パソコン世代の学生たちには難解な作業で、悪戦苦闘していますね。しかし、何百年も前の人たちが書いた史料(※)に初めて接すると、それだけでワクワクします。そんな興奮と喜びに突き動かされて、古文書の山と格闘し、読み解く力を付けていくのです。

※歴史研究に使用する古文書などは「資料」ではなく「史料」といいます。



■武士たちが懐に忍ばせた「生類憐みの令」のマニュアル本を発見

古文書を読み解く力が付けば、そこから当時の人々の姿が鮮やかに浮かび上がります。たとえば、江戸幕府の儀式典礼の指南役・高家(こうけ)の役職に就いていた前田家の古文書の中から、細かい字が書き込まれ、小さく折り畳まれた資料が見つかりました。読み解くと、「火をたく時は、虫が飛んできて燃えないよう、周りに必ずガードの紙を貼らなければいけない」「家の中で傷付いた虫を見つけたら、他の生き物につかまったりしない場所を選んで放すこと」などと書いてあります。江戸城内で勤務する武士として常に懐に忍ばせていた「生類憐みの令」対策のマニュアル本だったのです。

生類憐みの令は江戸幕府の5代将軍徳川綱吉が下した、動物を保護するさまざまなお触れの総称です。これまで「生類憐みの令」は、主に犬などの動物を過剰に保護するお触れに不平を抱く庶民の視点から語られてきました。しかし、私たちが読み解いた古文書から、将軍のいる江戸城に勤める武士にとって、この法令が庶民以上に切実な大問題だったことがうかがわれました。虫にまで気を配って暮らす彼らの姿が浮かび上がるこの史料は、「生類憐みの令」に新たな光を当てるものです。そうした史料を初めて目にし、読み解くのは、歴史学の醍醐味ですし、学生たちにも、それを体感してもらえればと思っています。



■現代の役人やサラリーマンに通じる江戸時代の人々の姿

古文書を読み解くと、これまで常識とされていたものへの疑いも生まれます。江戸時代は、チョンマゲやチャンバラの時代、明治維新によって克服された、現代とは断絶した遠い昔の時代、というのがこれまでの一般的な理解でした。「生類憐みの令」も天下の悪法とされてきました。しかし、よく考えれば犬を斬り殺してはいけないというのは、現代では当たり前のことです。江戸時代の問題であった自然や動物との共生は、そのまま21世紀の私たちに残された問題でもあります。今から300年以上も前に、他の生き物との共生を考えたお触れは、ある意味で先進的なものともいえます。

マニュアルを懐に忍ばせて江戸城勤めをする武士たちの姿は、現代の役人やサラリーマンに重なります。他にも、人を斬り殺せば厳しく罰せられたこと、寺子屋や藩校などの教育が現在の学校教育のさきがけとなったことなど、古文書から見えてくる江戸時代の姿は、私たちにも大いに理解し、共感できるものなのです。現在日本の礎(いしずえ)は、明治維新によってではなく、江戸時代に築かれたのではないか——私たちは、古文書を通じて見えてくる、江戸時代の新たな姿を描き出そうとしているのです。


OBに聞きました!

鈴木崇資さん(2006年大学院修士課程修了、晃華学園小学校勤務)

自分で選び、おもしろがって学んだ経験が、小学校で子どもたちを教える時にも役立っています

私の研究テーマは、幕末の蝦夷(えぞ)地(北海道)の海防でした。古文書を読み解き、一地域の小さな事象を追究していく研究でしたが、幕府の海防政策を通して、幕府のめざした近代化や、日本の国民国家の形成の過程が見えてきました。歴史のさまざまな様子を明らかにする中で、それらの一つひとつが現在の社会をつくっていることもわかり、歴史を学ぶ意味を考えさせられました。それは、自分が選んで、おもしろがって学ぶことのおもしろさを大石先生から教えられ、研究に没頭したからです。「大学で学んだことはかけがえのない経験だった」と、今でも自信を持って言えます。

今は小学校で担任の教員をしていて、すべての教科を教えています。私は学生時代に図書館や資料館へ行って本や資料を探したり、地域の歴史を実際に歩いて探してみたりして、その重要性を大石先生の研究室でじっくりと学んできました。今は、小学校の社会科でも資料を探して読み解く授業を行っていますから、当時の経験が、大いに役立っていると思います。また、小学生が学ぶ地域の学習や地理、歴史の一つひとつが日本という社会を学んでいるという点を児童に示すことができているのも、学生時代に小さな事象から日本の社会を学んできたからこそだと思います。

高校までの勉強は、興味がないのに与えられた課題も多く「何でこんな勉強をしなきゃいけないんだろう?」と思うことも多いでしょう。しかし、そんな課題に取り組むことで、進路の選択肢の幅も広がり、大学でのより専門的な勉強で、課題をこなす力にもつながると思います。これから、大学への進学や就職など、岐路に立って迷うこともあると思います。私はその度に自分の親に相談してきました。社会的な経験を積んでいる分、的確なアドバイスをもらったり、まちがった方向に進まないようにそれとなく諭してくれたりもしました。大学生になっても、成人しても、就職しても「親は親だな」と思い、日々感謝しています。


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