ベーシックインカムで
貧困の問題は
解決できる?
【SDGs】との関係や
メリット・デメリットを
解説!
「ベーシックインカム」とは、政府が決まった額の現金を無条件ですべての国民に、持続的に配る制度のことです。ベーシックインカムは、SDGs(持続可能な開発目標)で掲げられている、貧困や経済格差の問題を解決するのに役立つのではないかとも期待されています。
さらに、新型コロナウイルスの感染拡大に伴って経済活動が停滞し、苦しい生活を強いられる人が増えるなか、給付されることになりました。当初は世帯主の収入が減少した世帯を対象に給付という検討もされていましたが、最終的に一律給付となりました。もちろん緊急対応ということではあるのですが、これがある意味でベーシックインカムに近いモデルであったことも注目されています。
ベーシックインカムとはどのような制度で、SDGsとどんな関係があるのでしょうか。その定義やメリット・デメリットまでを解説します。
そもそもベーシック
インカムとは?
■ベーシックインカムとは?
「ベーシックインカム」とは、簡単にいうと、「生活のために必要なお金をみんながもらえる」制度のことです。
英語では“basic income”、つまり「basic=基本」「income=収入」という意味です。日本語では、「最低所得保障」「基礎所得保障」「最低生活保障」などと呼ばれることもあります。
大きな特徴は、年齢や性別、収入・所得の有無に関わらずすべての人に、一定の額の現金が支給されることです。「すべての人が最低限の暮らしを保障される仕組み」とも言い換えられます。
■これまでの社会保障制度の問題点とベーシックインカム
すべての人に最低限暮らしているだけのお金を給付する「ベーシックインカム」は、20世紀後半からヨーロッパの国々を中心に導入に向けての議論が盛んになっている制度です。
ベーシックインカムが注目されるようになった理由には、これまでの社会保障制度にいくつかの問題点がみられるようになったことがあります。
現在、日本も含めたさまざまな国で、失業保険や生活保護、老後の年金といった、社会保障が運用されています。社会保障とは、みんなが支払っている保険料などをもとに、働けなくなった人や収入が減った人を支える仕組みのことです。
こうした社会保障によるお金の給付を受けるためには条件があり、審査が必要です。世界的に、その手続きや条件が複雑になったり厳しくなったりしていることが問題になっています。実際に、収入が減って生活が厳しくなっているのに、条件に合わないために満足な金額を受け取れない、あるいは、まったく支払われないという問題が起きているのです。
その点、ベーシックインカムなら条件がなくすべての人にお金が給付されるので、「必要なのにもらえない」ということがなくなります。また、申請を受け付けたり、審査したりする手間がなくなり、こうした処理のためにかかる人件費などのコストを削減することができます。
■国民全員に配るお金をどう確保するか?
現在の社会保障の制度は複雑で、申請を受け付けたり、条件に合っているか審査したりするために多くの時間とコストがかかっています。また、生活が厳しいのに支援を受けられない人が出てしまっています。
それに対して、ベーシックインカムの制度は非常にシンプルです。なぜなら、ベーシックインカムはすべての国民に無条件で一律給付することが基本的な考え方であるからです。コストが削減でき、給付を受けられない人が出る心配もありません。このことから、さまざまな国や地域でベーシックインカムの導入が具体的に検討されています。
しかし、すべての国民に決まった額のお金を配るためには、膨大な金額が必要になります。そのため、財源をどう確保するかが大きな論点となっているのです。
ベーシックインカムの
メリットとデメリット
■ベーシックインカムのメリット
ベーシックインカムを導入することによって、期待されるメリットには以下のようなことが挙げられます。
⑴貧富・格差の是正
無条件ですべての人にお金を配ることによって、そもそも満足な所得を得られないという人や、生活が厳しいけれど社会保障の条件からはもれてしまっているという人に、最低限の暮らしを保障することができます。
さらに、育児で休職中などの事情があって働いていない女性や子どもにも、一律で支給されることになります。子どもが多いほど受け取る額が多くなるため、少子化対策としての効果も期待されています。また、家族の収入に頼って生活している人にとっても、経済的に自立するきっかけになるなどメリットがあると考えられています。
⑵労働環境の改善
ベーシックインカムによって最低限の生活が保障されることで、「待遇は悪いけれど、生活のためには辞められない」という考え方がなくなります。会社や職場の労働環境が悪いと働き手が集まりにくくなるため、雇う側も労働環境の改善に力を入れるようになります。いわゆるブラック企業は働く人がいなくなり、労働環境のよい会社が増えていくと考えられています。
⑶チャレンジしやすい社会への転換
現在の生活保護という制度では、一定の所得が得られるようになると支給が打ち切られてしまいます。対してベーシックインカムでは、働いて得た収入は、支給されたお金にそのまま上乗せして使用できます。
働けば働いただけ、自由に使えるお金が増えるので、保障が受けられなくなることを心配しながら働く必要はなくなりますし、子どもの教育にお金をかけることもできます。就職したあとでも、自由に使えるお金を使って大学に入りなおしたり、職場で役立つ資格の取得を目指したりと、自分のキャリアアップに使うこともできます。
日本では既に「生涯雇用」という価値観は薄れつつありますが、ベーシックインカムが導入されることによって生活に必要な所得が保障されるため、よりチャレンジしやすい社会に変わっていくと考えられます。
■ベーシックインカムのデメリット
ベーシックインカムはよい面ばかりではありません。導入にあたって不安視されているデメリットには、以下のようなものが挙げられます。
⑴財源の確保
すべての国民に等しく給付されるには、膨大な額のお金が必要になります。その財源をどう確保するかが、ベーシックインカムを導入するときの最大のハードルです。
現在も、さまざまな案が出ています。たとえば、年金・生活保護・失業保険など社会保障の仕組みをまとめてベーシックインカムに移行することで、削減できるコストを財源とする案があります。また、特に所得の多い層を中心に増税して財源とする案もあります。ベーシックインカムを導入するとしたら、財源の確保のために消費税が大幅に増税されるのではないかと心配する声もあります。
今までの社会保障を一本化してベーシックインカムを導入したとき、すべての人にとって公正な社会保障となるかどうか、財源を確保するための税制が一部の人だけに負担の重いものになってしまわないか、まだまだ議論が続けられている状況です。
⑵労働意欲の減退
ベーシックインカムの導入を考えるとき、よく指摘されるのが、生活していくために必要なお金をもらえることで、働こうという意欲がなくなってしまうのではないかという点です。
ベーシックインカムが実現すれば、待遇に不満を持ったまま働いたり、収入のために誰もが嫌がる重労働をしたりする必要がなくなります。一方で、生活の心配をしなくてよいため、より自由に仕事を選ぶことができ、労働意欲が向上するという意見もあります。実際、イランで2011年から6年間行われたベーシックインカムの実験的な運用では、「労働意欲に影響はなかった」という調査結果もあります。
ただし、生活のためのお金が保障されることで、労働時間を減らす人や、働くこと自体をやめてしまう人が出てくる可能性はゼロではありません。最悪の場合、学校や病院の建設、上下水道の整備といった公共事業すら進められなくなる可能性があるという意見もあります。
SDGs
(持続可能な開発目標)
でも
注目される
「ベーシックインカム」
■SDGsの目標1に掲げられる「貧困」の問題
2015年に国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)は、世界中のすべての人が豊かに暮らし続けていくためにはどう行動すればよいのかと考えられました。17ある目標の1つ目に掲げられているのが、「目標1.貧困をなくそう」という目標です。
世界の経済のグローバル化が進む中、経済的に豊かな人と貧しい人の差が大きく広がっており、問題視されています。一部の富裕層に富が集中する一方で、1日2ドル以下で暮らす極度に貧しい人々は世界に約8億人もいるとされています。こうした貧富の差は不平等を生み、不満や不安が高まれば戦争の原因になってしまうこともあります。すべての人が安心して働き、安定した暮らしを続けていくためには、国と国、人と人の間にある貧富の差は是正されなければなりません。
貧困は開発途上国だけの問題ではありません。世界的に見ても、女性は雇用の機会が少なく経済的に自立しにくいことが問題になっています。先進国でも、家庭の経済状況によって子どもの学習機会や栄養状態に差が出てしまう「子どもの貧困」が課題になっています。また、働いているのに十分な所得が得られない「ワーキングプア」と呼ばれる人々が増えていることも深刻な問題です。
SDGsではまた、極度の貧困とは言えなくても、日々の暮らしを送ることが精一杯の所得しかない人々を「脆弱層(ぜいじゃくそう)」として、注意を促しています。所得が低いと貯蓄などいざというときに使えるお金がなく、大規模な災害や世界的な不況が起こったとき、すぐ生活に困る状況に陥りやすいためです。
■貧困対策や格差の是正に効果が期待されるベーシックインカム
最低限の生活を保障するベーシックインカムは、貧困に苦しんでいる人や、生活に余裕のない人を助けられることも、期待されている効果の一つです。こうした人々の生活を底上げすることで、貧富の差が是正されることも期待されています。
AI(人工知能)をはじめとするテクノロジーが急激に発達することで、これまで人間がやってきた仕事の多くがAIによって自動化・ロボット化されることになると言われています。つまり、「AIが普及すれば、失業する人が増える」と予想されているのです。
予想のとおり、急速に失業者が増えてしまった場合にも、条件の審査の必要がないベーシックインカムが役立つと考えられます。このことも、世界的にベーシックインカムが注目されている理由の一つです。
世界で注目が高まって
いる
ベーシック
インカムの事例
世界的に注目されているベーシックインカムですが、本格的にベーシックインカムを実施している国はまだありません。しかし、ベーシックインカムに対する各国の関心は高まっていて、特定の都市で実施されたり、試験的な運用を始めたりする国が増えています。さらに、2020年から始まった新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大が、ベーシックインカムへの注目をさらに高めるきっかけになっています。
■世界のベーシックインカムの事例
たとえば、アメリカ・カリフォルニア州のストックトンという都市では、住民の平均所得が低く、犯罪が多発する状況でした。そのような状況を解消するために、ベーシックインカムの導入に踏み切ったのです。2019年から、約120人の住民を対象に月に500ドルが支給されています。規模は小さいものの、住民の暮らしや労働意欲にどのような変化が出るのか調べられています。
また、フィンランドでは2017年1月から約2年間、ベーシックインカムの試験運用が行われました。無作為に選ばれた2,000人の失業者を対象に、月に560ユーロが支給されました。その結果、生活満足度が上がり、起業意欲が高まったという報告があるそうです。
2016年の6月には、スイスでベーシックインカムの導入に賛成か反対かを問う、国民投票が行われました。その結果、7割を超える人が反対し、導入は見送られることになりました。財源を確保できるのかという不安や、所得による制限があり一部の人しかメリットのない制度だったことが、反対が多くなった原因とされています。
こうした例から見ても、ベーシックインカムを継続して運用していくためには、まだまだ議論を重ねる必要があることがわかります。財源はどう確保するのか、国民の理解を得られる制度にするためにはどうすればよいのか。これらはどれも、簡単に解決できる問題ではなさそうです。
コロナショックで
注目が高まる
ベーシックインカム
世界でベーシックインカムの導入に向けてのトライアル例が増えるなか、コロナショックがベーシックインカムへの注目をさらに高めるきっかけになっています。
貧困のない公正な社会を目指して世界90カ国以上で支援活動を続けている、オックスファムという有名な慈善団体があります。オックスファムは1948年にオックスフォードで活動開始以来、70年以上もの間、全世界の貧困に苦しむ世界の人々の状況を変えるための活動を行ってきました。このオックスファムは2020年4月に、「新型コロナウイルス感染症の流行が世界の経済に大きな打撃を与えた結果、約5億人が貧困に陥る可能性がある」という試算を発表しました。
世界では何十万人もの人が新型コロナウイルス感染症によって死亡し、経済活動が滞ったことで失業した人、収入が減った人も大勢いて、苦しい生活を強いられています。2020年に始まった新型コロナウイルス感染症の世界的な流行は、貧しさに苦しんでいる人や所得が低い人々の生活を直撃しました。これはまさに、SDGsで注目されている脆弱層にあたる人々です。
スペインでは感染拡大防止のため、3月からロックダウン(都市封鎖)を実施していましたが、開始から3週間で失業者は90万人に上りました。そんな中、2020年4月には、スペインの経済大臣が「ベーシックインカムを導入する」と宣言して話題になりました。また、ブラジルでも、2020年3月から複数の市民団体によってベーシックインカムを求める運動が起こって政府を動かし、4月から低所得層の国民に対する支払いが始まっています。
今回のスペインやブラジルの場合は、支給の対象が低所得層にしぼられているため、厳密にはベーシックインカムとは言えません。しかし、継続的な支給になることが期待されていることから、ベーシックインカムを国単位で実施する試験的な例になると考えられています。
こうした状況の中、貧困に苦しむ人を助け、停滞する経済を上向きにするための政策として、ベーシックインカムはどこまで有効なのでしょうか。今も、世界中が注目しています。
最低限の暮らしに必要なお金がもらえるとだけ聞くと、いいことづくめの仕組みに思えるかもしれません。しかし、ベーシックインカムにはメリットもデメリットもあります。
もし、ベーシックインカムが実現したら、あなたはどんなふうに働きたいと思うでしょうか? それとも、働きたくなくなってしまうでしょうか? 私たちの暮らしはどう変わっていくと思いますか?
財源の確保や労働意欲といった課題が解決されれば、世界でベーシックインカムが実現する日はそれほど遠くないとも言われています。ベーシックインカムが導入されたとき、どう働き、どう生きていくのか。今から、ベーシックインカムについて知り、考えていくことが大切です。
[参照元]
※参照元サイトのURL変更や掲載期間終了により、ページが閲覧できない可能性があります。ご了承ください。
「第1部 特集 進化するデジタル経済とその先にあるSociety 5.0」|情報通信白書 令和元年版|総務省
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd122130.html5分でわかるベーシックインカム!財源や仕組み、メリットをわかりやすく解説 | ビジネス/経済も ホンシェルジュ
https://honcierge.jp/articles/shelf_story/7661ベーシックインカムとは?制度や導入国からメリット・デメリットまで徹底解説 | CHEWY
イラン、国民に一定の金銭支給する制度導入から6年 その影響は? | 財経新聞
https://www.zaikei.co.jp/article/20170607/375932.html持続可能な開発目標(SDGs)ー 事実と数字|国際連合広報センター
https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/31591/ベーシックインカムとは | 導入メリット・デメリット - 日本での影響は? | Beyond(ビヨンド)
https://boxil.jp/beyond/a6985/オックスファムとは | オックスファム・ジャパン
http://oxfam.jp/aboutus/Oxfam: Virus Could Drive Half a Billion People Into Poverty Worldwide | Asharq AL-awsat
https://english.aawsat.com//home/article/2224776/oxfam-virus-could-drive-half-billion-people-poverty-worldwideスペインがベーシックインカム導入との報道は誤り(実際は貧困層への支援) - CUBE MEDIA
https://cubeglb.com/media/2020/04/08/spain-basicincome/スペインで「ベーシック・インカム」導入、経済大臣が宣言 | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)
https://forbesjapan.com/articles/detail/33596/1/1/1|新型コロナウィルス|市民運動の要求受け、ブラジルでベーシック・インカム実現 - SDGs for All
https://www.sdgsforall.net/index.php/languages/japanese/1346-1343-covid-19-brazil-implements-basic-income-policy-following-massive-civil-society-campaign