「即戦力」より分野横断型の発想を 国立大改革に経団連が反論

文部科学省が国立大学再編の一環として、人文社会科学系学部などの廃止や、見直しを進めるよう通知したことは以前、当コーナーでもお伝えしました。これに対して大学関係者や研究者らが強く反発していますが、今度は、日本経済団体連合会(経団連)が、人文社会科学系学部の重要性を強調する声明を発表しました。

人文社会科学系学部などの廃止や見直しを、文科省が国立大学に通知(外部のPDFにリンク)した背景には、大学における理工系人材育成の重視や、企業の即戦力となる人材育成の重視など、産業界の要望に応えるねらいがある、と大学関係者などの間では指摘されています。これに対して経団連は声明の中で、「通知は即戦力を有する人材を求める産業界の意向を受けたものであるとの見方がある」としたうえで、「産業界の求める人材像は、その対極にある」と断言しました。グローバル化した世界で、日本が生き残るために産業界が求めている人材は「即戦力」ではないと述べ、大学関係者らの批判に、真っ向から反論した形です。さらに、「地球的規模の課題を分野横断型の発想で解決できる人材」を育てるためには、理工系だけでなく人文社会科学系の分野も重要であるとしています。

では、産業界はどのような人材を求めているのでしょうか。経団連は声明の中で、

(1) 初等中等教育段階で、基本的体力、公徳心、幅広い教養、課題発見・解決能力、外国語によるコミュニケーション能力、自分の考えや意見を論理的に発信する力などを身に付ける
(2) 大学では、それぞれが志す専門分野の知識を修得する
(3) 留学などさまざまな体験を通じて、文化や社会の多様性を理解する

などが重要であると提言しています。これらが産業界の求める人材像といえます。

文科省通知が「人文社会科学系学問の軽視」と受け取られ、大学内外からの予想以上に強い反発が、産業界批判の形となって表れつつあることへの懸念が、経団連声明の背景にはあるようです。
しかし経団連自体は、「産業界が求める人材育成に向けた教育改革」を否定していません。それどころか、そのために学長のリーダーシップによる大学改革の実現、産学連携による人材育成などを強く求めています。

一方、通知の反響に戸惑っているのは経団連だけではありません。当の文科省も困惑しているようです。下村博文文科相は記者会見(動画)で、「人文社会科学系学部は廃止ではなく、見直しが必要というのが通知の本来の趣旨」と改めて説明し、大学関係者らの批判の鎮静化に動き始めています。文科省によると、廃止対象となるのは教員養成系学部の中の教員免許取得を義務付けない課程ということです。

とはいえ同省は、国立大学の多くが「ミニ東大」化して、特に人文社会科学系学部は全国どこでも同じ内容で、地域や社会の要請に応えきれていないという認識を変えていません。国立大学の人文社会科学系学部は、廃止こそされないものの、今後、大学ごとにさまざまな形で再編へと大きくかじを切ることは間違いないでしょう。


プロフィール


斎藤剛史

1958年茨城県生まれ。法政大学法学部卒。日本教育新聞社に入社、教育行政取材班チーフ、「週刊教育資料」編集部長などを経て、1998年よりフリー。現在、「内外教育」(時事通信社)、「月刊高校教育」(学事出版)など教育雑誌を中心に取材・執筆活動中。

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