昆虫観察のススメ【前編】 ~見て、触れて、自然の不思議を感じよう

ゲームなどのアイテムとして、昆虫は登場しますが、子どもが実際に昆虫に触れる機会は減っているようです。しかし、人間社会と自然環境との共生が重視されているからこそ、「幼少期から昆虫と触れ合うことが大切」と、「ファーブル昆虫館『虫の詩人の館』」館長の奥本大三郎先生は語ります。昆虫観察の面白さ、意義などについて伺いました。



昆虫は身近にあって、触って感じられる自然

子どものころ、カブトムシやバッタなどを捕まえて遊んだというような経験は、多くの人に少なからずあると思います。私の場合、兄やいとこのまねをして昆虫採集をしたのが、昆虫との付き合いの始まりです。捕まえて飼ったり標本にしたりしつつ、虫の行動を観察するうちに、その多様性や不思議さに魅せられ、次第に虫とは何か、自然とは、命とは……と思いをめぐらせていくようになりました。

そうした経験を今の子どもたちがあまりしないとしたら、それはとても残念なことです。虫に興味を持って接していくことは、子どもたちが自然についての知識や感覚を身に付け、情操を育んでいく絶好の機会となります。虫は、生き物の中でも自分の手に取って触れますし、捕まえるのも簡単です。都市部では生き物の生息地が限られているとはいえ、緑地のある公園はあちこちにあります。飼うとしても、哺乳類を飼う場合ほどの広い場所や大量の餌は必要ないので、手軽に飼えます。まさに、虫は「身近に触れられる自然」なのです。

この「触る」ということが、実はとても大切だと考えます。子どもは何でも触って、ものを知り、覚えていくものです。虫に限らず、哺乳類や魚などの生き物に触れれば、ぴくぴく、ばたばた動きますし、「ざらっ」「ぬるっ」といった手触りや、温かさや冷たさといった体温も感じられます。触ることで生きていると実感できるのでしょう。

現代では、生き物の「生」や「死」に触れることが少なくなっています。肉や魚は、スーパーでパック詰めにされて売られていますし、核家族化が進んだため、子どもの時に家族の死に直面することも昔ほどは多くありません。生や死が抽象的にとらえられがちな時代だからこそ、幼少期から自分の肌で感じる体験が必要だと思うのです。



虫の生や死を体験し、自然のよき理解者に

「昆虫採集をすれば、昆虫が減るのではないか」という人がいますが、子どもが身の回りにいる虫を捕まえたくらいで減ることはほとんどありません。種類によって違いますが、たとえば、チョウはメス1匹で数百の卵を産みます。それがすべて成虫になったら、とんでもない数のチョウがいることになりますが、実際には成虫となるまでに、大半がほかの生き物に食べられてしまいます。そのようにして、1種類の生き物が増えすぎないようにバランスをとっているのです。

また、成虫となっても、死んでしまえばアリや鳥といった生き物が死骸を食べます。ですから、たとえば、捕まえてきた虫が死んでしまったら、土に埋めたりするよりも、草むらにおいて、虫の死骸を食べる動物に返してあげれば、それでよいのです。

虫に触っているうちに死なせてしまう。または、子どもが虫に対して残酷なことをしたり、わざと殺したりということもあると思います。子どもたちを見ていると、幼少期は、自分の興味が優先され、ほかのことまで考える能力が育っていないようです。動かなくなった虫を見ても、「あっ、面白いな」というような感情と、「もう動くようになることはないんだ」という印象の両方を抱くようです。

「死」というものを理解するのは、小学2~3年生くらいでしょうか。お子さまが虫を殺してしまった場面を見ると、残酷だからと注意したり、命を大切にと諭したりすると思いますが、小さな子どもにはそれを受け入れる土台ができていないのです。

こういうと語弊(へい)があるかもしれませんが、残酷だから、かわいそうだからと、虫と触れ合うのをやめさせてしまっては、せっかく伸び始めた自然への興味をつぶすだけになってしまいます。むしろ、この興味を大事に育てることを優先したほうが、子どもの心の成長にはプラスになると思うのです。もちろん、時期が来れば、命について教えることは大事です。「死」が何かをわかり始めた時にこそ、自分がかつて虫を殺したことを思い出し、生や死について考えを深められるのではないでしょうか。

結果的に死なせてしまっても、小さいころに虫や動物などの自然に触れてこそ、大人になってから自然に思いをめぐらし、自然を大切にするのでしょう。

『虫から始まる文明論』『虫から始まる文明論』
<虫から始まる文明論/奥本大三郎(著)/ 集英社インターナショナル/1620円=税込>

プロフィール


奥本大三郎

フランス文学者、埼玉大学名誉教授、作家。NPO法人日本アンリ・ファーブル会理事長。「ファーブル昆虫館『虫の詩人の館』」館長。著書に『完訳ファーブル昆虫記』(集英社)、『虫から始まる文明論』(集英社インターナショナル)ほか多数。

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