これって虐待?と思ったら【前編】しつけと虐待はまったく別のもの

子どもの虐待に関するニュースを見聞きすることが多いですが、加害者から「しつけの一環だった」という声が聞かれることがあります。しかし、本来、しつけと虐待はまったく違うものなのです。子どもの虐待事情に詳しい山梨県立大学教授の西澤哲先生にしつけと虐待の違い、そして子どもの虐待についてお話を伺いました。



しつけは「セルフコントロール力」を身に付けさせるもの

「しつけと虐待の境界線とは?」と聞かれることがあるのですが、両者はまったく別のものです。しつけとは、子どもにセルフコントロール力(自己調整力)を身に付けさせるために保護者が行うものです。たとえば、生まれたばかりの赤ちゃんには、まだセルフコントロール力が備わっていないため、おなかが空いたり、眠れなかったりするなど「不快」な状態になると、保護者に泣いて知らせます。そこで、保護者がミルクをあげたり、あやしてあげたりすることで、赤ちゃんが「快」な状態になるように手助けしていくことが、しつけです。3歳位になると嫌なことや気に入らないことがあっても、保護者が言葉で説明すれば、だんだんと自分で気持ちを落ち着かせるなどのセルフコントロールができるようになっていきます。



虐待とは、子どもより保護者の欲求を優先する乱用的な関わり

一方、「虐待」という言葉は、本来は「濫(らん)用・乱用」を意味するabuseの訳語です。つまり、保護者が、子どもの存在あるいは、子どもとの関係を「利用」して、保護者の抱える心理・精神的問題を緩和・軽減することを意味しています。たとえば、「言っても聞かない時には、たたいてでも言うことを聞かせるのが親の務め」といって体罰をふるう保護者がいますが、実は、子どものためではなく、自分自身のために子どもをたたいている保護者が大半だと思います。たたいてでも子どもに言うことを聞かせることで、「自分は親として適切にやれているんだ」という安心感や有能感を得ているわけです。このような、子どもの存在や子どもとの関係を利用(乱用)して保護者が何かを得ている状態を、我が国では「虐待」と呼んでいます。

日本の児童虐待防止法では、子どもの虐待を下記の4つに大別しています。


(1)身体的虐待
子どもの身体に外傷を引き起こすように、保護者が意図的な暴力をふるう。殴る、蹴る、子どもを壁や床に投げつけるなどさまざま。

(2)ネグレクト
子どもの心身の健康な成長・発達にとって必要な身体的ケアや情緒的ケアを保護者が提供しないことを言う。

(3)性的虐待
子どもが親元や家族から逃げられないという状況を「利用」して、性的な行為を行い、子どもを完全に支配しようとする行為。

(4)心理的虐待
子どもの心に、いわゆるトラウマなどといった深刻なダメージを与えるような保護者の言動で、上記3つの虐待には分類されないものを言う。たとえば、「お前は欲しくて産んだ子じゃない」「お前さえいなければ、私はもっと幸せに生きていける」といった、子どもの存在価値を否定するような保護者の言動が挙げられる。



しつけと虐待は正反対のもの

子どもが言うことを聞かない時は、つい「厳しく叱る」「たたく」といった行為をしてしまうことがあるかもしれません。それは子どものためではなく、保護者が子どもを簡単に支配するためにしているだけなのです。いったんは、子どもの行動をコントロールできるかもしれません。しかし、恐怖を与えているだけにすぎず、保護者からの強制、つまり他律性でしか動いていないのです。これでは自分で考えて動けるような子どもには育ちません。最初はちょっと怒鳴られただけで怖かったのに、それが続くと、恐怖に慣れてしまい、だんだん怖くなくなります。次は、たたかれても、痛くなくなります。子どもに痛みや苦痛への慣れが生じていくため、同じ効果を得るためには、保護者は罰の頻度と強度を増やさなければならなくなります。そのことを考えると、本来めざす「しつけ」とは、逆の結果になっていると言えます。罰は、本来のしつけの目的とは正反対のものであることをはっきり言いたいと思います。

次回は、子どもへの虐待を防ぐために保護者は何ができるか、についてご紹介します。


プロフィール


西澤 哲

サンフランシスコ州立大学大学院教育学部カウンセリング学科修了。現在、山梨県立大学人間福祉学部教授。虐待などでトラウマを受けた子どもの心理臨床活動を行っている。著書に『子どものトラウマ』(講談社現代新書)、『子どもの虐待』(誠信書房)などがある。

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