ペーシングで子どもも自然と動く[やる気を引き出すコーチング]

今回は、中学1年生男子のお父さん、Kさんのお話です。
「子どもとのコミュニケーションと言えば、この前、面白い体験をしたんですよ。うちの子、放っておくと、ずーっとゲームばかり。『少しは休憩したら』と声をかけても、まったく無視。『ごはんだよー』と呼んでも、ちっとも動かない。そんなに面白いものかと思って、この前、ちょっと一緒にやってみたんですよ。慣れないと難しいですが、やってみると、けっこう楽しいもんですね。でも、ずっとやっていると、やっぱり疲れますよね。で、『ちょっと疲れてきたよ。あと10分やったら休憩しよう』と声をかけて、10分たって、『はい! 休憩』って言ったら、子どもがすんなりゲームから離れて、一緒に休憩したんですよ。ふだんは何度言っても聞かないのに、あれにはびっくりでしたね」。



ペーシングの効果

Kさんのお話、「へーそういうものかな?」と思いますよね。私は聴いていて、これは、「ペーシング」の一種ではないかと感じました。ペーシングとは、相手とペースを合わせること。たとえば、相手が話しているスピードに合わせてあいづちを打つとか、相手の身ぶり手ぶりに合わせて、こちらも身ぶり手ぶりで話すなどのコミュニケーション手法です。
コーチは、相手との信頼関係を築くために、まず、相手とのペーシングを心がけます。ペースがうまく合っていると、相手は安心感を覚え、こちらに心を開いてくれますが、逆に、うまくいっていないと、なかなか打ち解けられず、本音で語ってもらえません。
お父さんがゲームを一緒にやってくれたことで、「お父さんは自分を受け容れてくれている。自分を責める人じゃない。自分の味方なんだ」という安心感や信頼感を、お子さんは感じたのではないでしょうか。休憩後はまた一緒にゲームを楽しみ、Kさんが、「じゃ、そろそろごはんにしようか」と声をかけると、その時も、お子さんは、すぐにゲームを終了したそうです。「お父さんは一緒にゲームをやった仲間なんだ」という意識から、お子さんも、お父さんの提案を素直に受け容れられたのではないかと思います。



共通体験をする効果

たしかに、毎度ゲームにつきあうわけにはいかないでしょうが、何か共通の体験をすることは、コミュニケーションや信頼関係を深めるにはとても効果的です。共通体験こそが、まさにペーシングなのです。「ゲームばかりしていたらダメでしょう」「いつまでやっているの?」「何回言ったらわかるの?」と、子どもがやっていることを理解も尊重もしようとせず、外野から言葉だけで子どもを動かそうとしても、子どもの心も身体も動かないでしょう。

Kさんが面白い体験として話してくれたことがもう一つあります。ゲームを一緒にやる中で、日常生活ではなかなかできないような会話が、お子さんとできたことが新鮮だったそうです。たとえば、こんな会話です。
「お父さん、じゃ、僕のあとについてきてね!」
「わかった。よし! 一緒にがんばろう!」
「あれ? どこにいるの?」
「こっちだよ! ちゃんとそばにいるよ」
「あ! 危ない! 早く! 助けて!」
「大丈夫! お父さんが守ってやるから」
日常生活ではあまりない会話ですし、面と向かってはなかなか言えない言葉です。あくまでバーチャルな世界での会話と言われればそれまでですが、そうであったとしても、自然と相手との会話が増え、相手とのつながりを感じることができます。

ゲームに限らず、こちらの主張をただ言って理解させようとするのではなく、共通体験をとおして、理解し合う姿勢を示すことが、子どもとの距離を近づけ、自然と子どもの心と身体を動かしていくのではないかと感じたお話でした。

『言葉ひとつで子どもが変わる やる気を引き出す言葉 引き出さない言葉』『言葉ひとつで子どもが変わる やる気を引き出す言葉 引き出さない言葉』
<つげ書房新社/石川尚子(著)/1,620円=税込み>

プロフィール


石川尚子

国際コーチ連盟プロフェッショナル認定コーチ。ビジネスコーチとして活躍するほか、高校生や大学生の就職カウンセリング・セミナーや小・中学生への講演なども。著書『子どもを伸ばす共育コーチング』では、高校での就職支援活動にかかわった中でのコーチングを紹介。

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