ロンドンでの日々~夫の海外転勤と娘とわたし【第17回】ロンドンの子育て環境その1~東京との比較で感じること

この連載では、ある共働き家庭の海外転勤前後の様子を具体的にご紹介します。前回はロンドンの子どもの放課後の過ごし方についての内容でした。今回は、ロンドンの子育て環境、特に東京とロンドンの意識の違いについてお伝えします。



夫の仕事の都合で住み始めたロンドン。高校生の娘がロンドンでの生活に慣れてくるに従い、私にも時間的・精神的余裕ができ、さまざまな場所に出かける機会が増え、ロンドンでの友人も増えました。その友人の中には、私よりも年齢がひとまわり以上若い日本人の「ママ友」も数人います。まだお子さんが乳幼児で、しかも初めての育児、というかたばかり。子育てもそろそろ卒業が近づいている私は、日本ですら大変なことの多い子育てを、慣れない外国でがんばっているこの若いママ友を応援したい気持ちでいっぱいです。

そのママ友グループの一人が、ロンドンでの出産後初めて日本に一時帰国することになりました。しかし、彼女はちょっとブルーです。理由を聞いてみると「日本ではベビーカーへのバッシングがすごいでしょ? 子どもを連れて帰国するのが今から怖い……」と言うのです。何でも彼女の子育て中の友人が日本に帰国したときも、ベビーカーに子どもを乗せて電車に乗ったところ、近くにいた乗客から舌打ちされたらしいとのこと。「うわさで聞いていたとおり、日本ではベビーカーは邪魔者扱いされるのかな」と不安そうです。

私もこの話を聞いて改めて日本の状況をインターネットで見てみましたが、確かにベビーカーでの電車・バス利用などについて、ここ数か月激論が交わされているようです。電車やバスではベビーカーをたたむべき、いや、混んだ揺れる電車の中で赤ちゃんや荷物を抱えながらベビーカーをたたむのは大変だし、倒れたりすると危ない……など。どちらも、それぞれの理屈からすれば正論なので、平行線のやり取りで終わっているものも多いようです。その議論だけならまだしも、ベビーカー自体が邪魔という声までありました。これは、日本全体というよりは、電車も街中もひどく混雑している東京などの大都市が中心の問題だろうと思います。

では、同じく世界的な大都市であるロンドンではどうなのでしょう。まだ1年程度しかロンドンに住んでいない私ですが、率直に「子育てしやすい街だな」と思います。地下鉄やバス、レストランやデパート、いたるところでベビーカーを押したお母さんやお父さんを見かけますが、ベビーカーを迷惑がる人を見たことはありません(少なくとも表面上は)。むしろ、子ども・赤ちゃんやそのお母さんに温かく声をかけたり、地下鉄の階段やバスの乗降時などは、必ず近くの人がベビーカーを一緒に運んだり持ち上げたりしてくれます。ロンドンのバスも電車も満員で窮屈な場合もありますが、それでも乗客全員で、なるべくベビーカーが入れるように場所を空けようと協力している場面をよく見かけます。もちろん、東京でもお子さんを連れたお母さんを助けているかたを見かけることはありますが、ロンドンのほうが圧倒的に多いと思います。なんというか、ベビーカー、子ども連れの親子に対する社会の視線が優しいのです。

そういう場面を見るにつけ、街やそこに住む人の心のゆとりのようなものの大切さを痛感します。心のゆとりがあれば、お互いを助け合うことがしやすくなりますが、心にゆとりがなくなると自分のことで精いっぱいになってしまって、人の状況に鈍感になったり、自分と少し違うこと、少し不便なことも受け入れにくくなったりしてしまいます。日本でのベビーカーの議論を見ていると、そんな最近の東京のゆとりの無さを象徴しているように感じてしまいます。

もちろん、日本、東京のよいところもたくさんあります。電車やバスの時間は正確だし、郵便や宅配便なども期日どおり、本当に便利で快適に暮らすことができます。その点、ロンドンでは期日どおり、約束どおりに進まないことが多すぎて、半ば諦めたような気分になってしまうこともあります。しかし東京では、その快適さが少しでも乱される(遅れや不備、配慮不足など)ことが許されないような厳しさを感じることも多々あります。ロンドンでは、相手に寛容にならざるを得ないし(いちいち怒っていたら身が持ちません)、その分自分も楽に生きているように感じます。よいところは大切にしつつ、心のゆとりをもう少し持てると、東京はもっと住みやすくなり、子育てしやすくなるのではないでしょうか。

とはいえ、東京のような狭く混雑した電車の中では、場所をとるベビーカーにゆとりを持って接しようとしても、実際にはなかなか難しい場合もあるかもしれません。そんな状況でも、ロンドンと同じように他の誰かがベビーカーの赤ちゃんやそのお母さんを手助けする姿を見たら、乗客の多くのかたもどこかほっとした気分になれるのではないかと思います。かくいう私自身が、他の誰かがやってくれるのを待つのではなく率先して行動できるよう心がけたいと思います。

次回は、ロンドンの子育て環境その2、特に社会全体の子育て支援についてお伝えします。


プロフィール



大学卒業後、約25年間、(株)ベネッセコーポレーションに勤務。ベネッセ教育研究開発センター(現・ベネッセ教育総合研究所)で子育て・教育に関する調査研究等を担当し、2012(平成24)年12月退職。現在は夫、娘と3人でロンドン在住。

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