志茂田景樹先生(小説家、絵本作家)が語る「読み聞かせの力」【前編】

全国で行われている読み聞かせ活動や、ツイッターでの悩み相談が人気を集めている小説家・絵本作家の志茂田景樹先生。読み聞かせを始めるきっかけとなった出来事や、被災地での講演を経て辿り着いた読み聞かせの意義について伺いました。

子どもも大人も関係なく物語の世界に

現在、「よい子に読み聞かせ隊」というグループを結成して全国で読み聞かせの講演を行っていますが、読み聞かせを始めるきっかけとなったのは1998年の福岡市の書店で開催されたサイン会でした。それまでも僕のサイン会では母親に連れられた子どもを見かけることがよくあったので、「読み聞かせでもやってみようかな」という思いが自然に生まれました。きっと、僕自身が母親から読み聞かせをたくさん受けて育ったので、その時の心地よい思い出と結び付いたのかもしれません。しかし、それから実際にはなかなかやれずに、1年以上が過ぎてしまいました。その時も大人向けのサイン会でしたが、会場の周辺に通りすがりの保護者に連れられた20人くらいの子どもがいたと思います。その子どもたちを見ているうちに突き上がるような思いが生まれて、読み聞かせをすることにしたんです。
その時は童話『3匹のこぶた』と新美南吉の童話集から『赤いろうそく』の読み聞かせをしました。『3匹のこぶた』は、読み聞かせの定番絵本ですが、これは僕が母親に読んでもらう定番でもありました。子どもというのは、たとえ3歳児でも絵本のひとコマひとコマを覚えているものです。そのうちのひとつが僕にとっては『3匹のこぶた』でした。

子どもが20人も集まれば、当然、けっこう騒がしいのですが、読み聞かせを始めるとそれまで騒がしかった子どもたちがあっという間に静かになりました。「みんな物語の世界に入ってきているんだ」と驚きましたが、気が付いたら傍らにいた大人もみんな物語の世界に入っているのがわかりました。
その読み聞かせが終わったあとのサイン会で、何人かの子どもが「とてもよかった」とか「また来たい」というふうに声をかけてくれました。サイン会にいたのはもちろん子どもだけではなく、大人のかたもいましたが、その時、40代くらいの女性から言われた言葉がとても印象に残っています。そのかたは「とても嫌なことがあって落ち込んでいたけれど、聞いているうちに元気が出ました」と言って帰っていったのですが、絵本の読み聞かせってこんな力もあるんだ、とちょっとびっくりしましたね。なにより、読み聞かせをしていた自分自身もすがすがしい気持ちになりました。絵本の読み聞かせというのは、年齢に関係なく、心が洗われるような効果があるんです。



未来を担う子どもが立ち直ろうとする力

その体験がきっかけとなって、読み聞かせを始めましたが、何年かたつと一緒にやりたいという仲間が現れて「よい子に読み聞かせ隊」を結成しました。
阪神淡路大震災で被災し、PTSDに悩まされている子どもが多くいるという兵庫県西宮市の小学校から読み聞かせの依頼がありました。
当時、僕が選んでやっていた物語はアンデルセンの童話など、幼稚園児や小学生が泣くような、かわいそうな場面がけっこうありました。なので、あえて被災した子どもたちにかわいそうな話をするのはまずいかと思ったのですが、結果的にはそういった先入観を持たず、いつもと同じように読み聞かせをしたんです。

当日、いちばん悲しい場面になると、他の地域の子どもたちに読み聞かせをする時よりも、涙を流した子どもがずっと多いような気がしました。「やっぱりまずかったな」と一瞬思いましたね。ところが、読み聞かせが終わると、先ほど涙をこぼしたような子どもたちが、僕やスタッフの袖を引っ張ったりしてまとわりついてきたりしたので、これでよかったんだと思うことができました。この時、不幸な目に遭った子どもたちであってもそうでなくても、そんなことは考えずに子どもたちの目線に立って、未来に向かって伸びていけるような読み聞かせを続けていこうと決意しました。絵本を通じて「命の尊さ」「生きることのすばらしさ」を、子どもたちがなるべく小さいうちから伝えていこう、それを「よい子に読み聞かせ隊」の大きなテーマにしようと決めました。絵本の読み聞かせは本当に微力ですが、そういう子どもたちの癒やしになって、感受性を豊かに育む力になれればいいですね。

2004年に新潟中越地震が起きたあとにも、被災地に慰問に行きました。大人はもちろん、子どもたちはさぞ打ちひしがれているんだろうな、と想像していましたが、講演をする体育館に入ると子どもたちが楽しそうに遊んでいるんですよ。子どもたちというのは、大人よりも未来を担っていく存在です。だからこそ、気持ちを切り替え、立ち直ろうとするのが早い。そういった子どもたちの元気やしなやかさに大人は助けられて、復興しようという力が生まれるのかな、と思いました。

後編では、絵本が持つ力と、家庭での読み聞かせのコツについて伺います。

『キリンがくる日』
<ポプラ社/志茂田景樹(著)、木島誠悟(イラスト)/1,365円=税込み>

プロフィール



1980年に小説『黄色い牙』で直木賞を受賞。カラフルで奇抜なファッションが注目を浴び、テレビでも活躍。1999年からは「よい子に読み聞かせ隊」を結成し、全国各地で読み聞かせの活動を行っている。現在はTwitterでの人生相談が若者を中心に人気を集めている。

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