幼児期の「運動」は性格形成や学びにつながっていた!【後編】
運動が幼児期の心身の成長に非常に大切なことを前編で解説しましたが、近年は、運動経験の減少による体力の低下が問題視されています。それでは、毎日、どれくらいの運動遊びをするとよいのでしょうか。また、子どもがもっと運動を好きになるための保護者の接し方とは。引き続き、東京学芸大学准教授の吉田伊津美先生にお話をうかがいました。
子どもの運動経験はなぜ減っているのか?
運動の大切さを説明しましたが、以前に比べて子どもが運動をしなくなっている現実があります。「最近の子どもは体力がなくなった」という話を耳にしたことがあるかもしれませんが、そのことはデータにもはっきりと表れています。私たちの研究グループによる幼児の運動能力全国調査の結果を見ると、1980年代半ばから1990年代にかけて大きく低下し、現在まで低い水準で推移しています。これらは25m走のタイムやボール投げの距離などの「量」を測定する検査ですが、走り方や投げ方、ジャンプなどの「質」を見る検査でも、ここ20年間で男女ともに2歳ほど動きが未熟になったと評価されています。園の現場でも、子どもの動きが「ぎこちなくなった」「おかしくなった」ということは、かなり以前から言われてきました。ある園でも、保育者の話を聞くとき、自分の姿勢を保って座っていられず、寝そべっている3歳の子どもを見たこともあります。
幼い子どもは少しずつ歩ける距離が伸び、やがて走れるようになるように、あらゆる体の動きは経験を積むことで徐々に熟達していきます。25m走のタイムが遅くなったり、走り方や投げ方がぎこちなくなったりしている直接的な原因は、運動経験が減っていることにあります。
運動経験が減っている背景はいろいろと考えられますが、社会や生活の環境が変化し、屋外で活発に遊ぶ時間が減少したことが大きいでしょう。さらに生活が便利になって日常的に体を動かす必要が少なくなったことも一因と考えられます。例えば、階段ではなくエレベーターやエスカレーターを使ったり、歩かずに車や自転車に乗ったり、トイレが洋式になってしゃがまなくなったり、水道がレバー式になってひねる必要がなくなったりなど生活の変化は隅々にまで及んでいます。物理的な変化だけではなく、保護者の心理的な変化も要因です。運動よりも勉強を優先したり、ケガやばい菌などを過度に怖がって外遊びを避けたりすると、ますます運動の機会が減少します。
毎日「合計60分以上」の運動を目安にしよう!
それでは、幼児期はどれくらいの運動をするべきなのでしょうか。2012年に文部科学省が策定した「幼児期運動指針」には、「毎日、合計60分以上、楽しく体を動かすことが望ましい」と示されていますので、目安のひとつにするとよいと思います。これは毎日60分、特別な運動をするという意味ではなく、園や家庭でのいろいろな活動を含めての時間と考えてください。例えば、片道10分の園までの道のりを歩いて往復したらそれだけで20分ですし、さらに家の中で子どもと体を使って10分遊べば、既に半分をクリアしたことになります。園でも外遊びの時間があるとすれば、それほど難しい目標ではないと思います。
運動が不足気味だからといって、すぐに「スポーツクラブに入れよう」などと考える必要はありません。保護者が少し意識を変えるだけで、日常の中で運動経験を増やすことができます。例えば、なるべく車や自転車を使わずに歩いたり、階段を使うようにしたり、親子で体を使ってたわむれたり……。それだけのことでも、幼児にとっては結構な運動になりますし、何より楽しい活動です。
「運動有能感」を高める接し方を心がけよう!
さらに運動遊びがもっと好きになるような接し方を心がけましょう。運動しているとき子どもがうれしそうにしていたり満足そうにしていたら、一緒に喜んだり認めたりしてあげてください。大人の目から見ると、「他の子はもっとできるのに……」と感じる場合もあるかもしれませんが、他の子どもと比べるのではなく、あくまでもその子どもを基準として「できるようになったこと」を考えることが大切です。幼児期の子どもは、周囲と自分を比較して考えません。だから、例えかけっこで最下位だったとしても、「速かったよ」「かっこよかったよ」とほめてあげると満足し、「次もがんばろう」という気持ちにつながります。この時期、自分にしか目が向かずに運動有能感を高くもちやすい傾向があるのは、子どもの成長にとってよいことです。これが小学校に入ると、次第に自分と周囲を客観的に比べられるようになります。
なかには運動遊びを好まない子どももいると思います。その場合は、保護者が一緒に遊んであげて、何かにチャレンジしたら、ちょっと大げさにほめてあげましょう。そうすることで体を使ってできることが増える喜びを徐々に感じてくれるに違いありません。また、ダイナミックに体を動かすのではなく、おままごとなどが好きな子どもも少なくありません。そういう遊びにも、しゃがんだり、水や石を運んだり、一見静的ではありますが運動は含まれていますので、無理に他の運動をやらせる必要はないと思います。
あくまでも無理をさせず、子どもの気持ちに沿って運動遊びを楽しむスタンスが大切です。そうすることで心身の発達はより促されるはずです。