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2024.3.29

世界で注目が高まる「ウェルビーイング」とは?教育における重要性と課題を専門家が解説

直訳すると「幸福」「健康」という意味の「well-being(ウェルビーイング)」。幸せで、肉体的にも精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあることを言います。人の生き方全体に関わるキーワードですが、教育においても、世界的に非常に重視されている考え方です。
ここでは、ウェルビーイング学会副会長であり、与党ウェルビーイング特命委員会アドバイザリーボード座長も務める鈴木寛先生監修のもと、特にウェルビーイングと教育の関係に焦点を当てて解説します。

「ウェルビーイング」とは、教育の目的そのもの

教育に関連する「ウェルビーイング」では、経済協力開発機構(OECD)が提唱する考え方が世界的に受け入れられています。OECDによると、ウェルビーイングとは「生徒が幸福で充実した人生を送るために必要な、心理的、認知的、社会的、身体的な働きと潜在能力」のことです。OECDはまた、「教育の目的は、個人のウェルビーイングと社会のウェルビーイングの2つを実現することである」としています(*1)。つまり、教育は何のためにするのかというと、「子どもたち一人ひとりと社会全体が、現在から将来にわたって幸せで満ち足りた状態となるため」ということです。逆に言うと、個人も社会もウェルビーイングな状態を実現することが、教育の目的そのものなのです。これは、現在の日本の教育政策の基本的な考えにもなっています。

*1 OECD 「ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030 コンセプト・ノート」

注目される背景には、経済成長一択でない、人それぞれの「幸福感」を重視する世界的傾向

ウェルビーイングという言葉が初めて言われたのは戦後すぐ、主に健康の観点からでしたが、教育に関しては2015年ごろから頻繁に使われるようになりました。背景には、経済的な豊かさだけでなく、個人それぞれが考える幸福も大切にしようとする世界的な論調や、直近では新型コロナウイルス感染症の流行などがあります。後者については、子どもたちの不登校数や自殺率が悪化するなど、教育現場でのウェルビーイングが損なわれていることが懸念されています。そうした状況を変えるためには、子どもはもちろんのこと、保護者や教職員など、子どもに関わる人のウェルビーイングも重視することや、人々のつながりをより大切にすべきという考えが強まっています。2023~2027年の教育の基本政策を定めた第4期教育振興基本計画でも「ウェルビーイングの向上」が計画の柱にすえられました。国を挙げて、教育の視点からもウェルビーイングを実現しようとする考えが表れています。

PISAでも「生徒のウェルビーイング」に着目。世界と比べて日本の状況は?

OECDが3年おきに行っている世界的な学力調査「PISA」も、「教育におけるウェルビーイング」に触れています。PISAが注目しているのが、生徒の学校への所属感。平たく言うと、学校に自分の居場所があると子ども自身が思っているか、です。PISAでは生徒が答えるアンケート調査があります。例えば、「学校の一員だと感じている」「他の生徒たちは私をよく思ってくれている」などの質問項目があるのですが、「その通りだ」と思う生徒の割合(*2)はそれぞれ8割を超えました。しかも、コロナ禍前に行った前回調査の値よりも増えており、その伸び率はOECD加盟国の中で最高でした。他の調査項目も加えて総合的にみても、日本は全体で6位と高順位。「学校に自分の居場所があるか」という点に絞ってウェルビーイングを考えると、日本の15歳は世界的に見て良い状態にあると言えます。

*2 最新の2022年調査結果。値は「まったくその通りだ」と「その通りだ」の合計

【学校への所属感】 学校への所属感(自分の居場所があると思うか)は2018年から2022年にかけて増えた

生徒質問調査 問24 生徒の学校への所属感

出典:国立教育政策研究所「OECD生徒の学習到達度調査2022年調査(PISA2022)のポイント

被災地の実践から~生徒自らが考え、行動することが社会のウェルビーイングにもつながる~

学校での教育活動を通したウェルビーイング実現の動きも見られます。例えば、福島大学が主催し、OECDと文部科学省が協力して展開する「OECD東北スクール」というプロジェクトがありました。東日本大震災の被災地の中高生がさまざまなプロジェクトへの参画を通して、主体性を発揮し、地域の復興を考え、自らの考えを実行に移し創造する力を身に付けるとともに、震災で元気をなくしていた地域に活力を与える活動です。その象徴ともいえるイベント「復『幸』祭」は、3年の企画期間を経てフランス・パリでも開催され、その後も同様の動きが国内各地に広がるなど大きな反響を呼びました。

OECD東北スクールのように大規模でなくても、学校におけるすべての教育活動は、必ずどこかでウェルビーイングにつながっています。さらに、高校では2022年度から「総合的な探究の時間」が始まるなど、自己の在り方・生き方と切り離せない課題を、生徒自らが発見・解決する学びが全国で進みつつあります。

最大の課題は、大人がこれまでの教育観をいかに転換できるか

これまでは、マニュアルを早く覚えて正確に再現する力が工業立国日本で重宝され、知識・技能を習得する教育が特に重視されてきました。そうした力を試す入試問題で高い点を取れればよい学校に入学でき、将来の幸せにつながると多くの大人が信じていたからです。その子どもたちも、将来のために今を犠牲にして、詰め込み型の勉強を強いられてきました。確かに将来の幸せは大切ですが、それと同じくらい「今」が幸せであることも大切です。しかも、詰め込み型の勉強を続けても幸せな将来が約束されないことは、もはや誰もが知っています。興味があることに夢中になって取り組むことが本来の勉強なのだと発想を転換できれば、子どもたちは「今」をもっと幸せに感じられるはずです。学校現場でも、家庭でも、そうした「今も将来も」幸せになれる学びをつくり、支援することが強く求められています。

家庭では、子どもが自由な時間と空間を使えるような支援を

知識・技能だけが必要とされる力は、今後はAIやロボットが代替していくでしょう。人間には、習得した知識を現実の世界で活用できる力が必要とされます。そうした力は、好きなことに打ち込んだり、時間をかけて1つのことにじっくり取り組んだりする経験を重ねることで身についていきます。今の子どもたちは、自分が自由に過ごせる時間や空間が少ないように思います。家庭では、子どもが好きなことを好きなだけできる環境をつくり、支援してあげてください。子どもはそうした中で思考をめぐらせ、試行錯誤をし、やりたいことを夢中にやりきった達成感を得て、また次のことにチャレンジしていきます。そうしたよい循環が「今」のウェルビーイングを高めると同時に、将来のウェルビーイングにつながるさまざまな力となっていくのです。

ウェルビーイングの第一歩は、学びの喜びや成果を感じる経験から

ウェルビーイングが示すものはとても大きく、めざす状態も人によってさまざまです。実現への道のりは単純ではありません。だからこそ、すべての人が関わる「教育」が果たす役割と可能性は非常に大きいと言えます。学校で、家庭で、一人でも多くの子どもが「学んでよかった」「努力してよかった」「自分が学んだことを使った結果、他の人を幸せにできた」と思える経験を積み、ウェルビーイングを実現させてほしいと思います。

出典:国立教育政策研究所「OECD生徒の学習到達度調査2022年調査(PISA2022)のポイント

取材・執筆:神田有希子

著者近影:キッチンミノル

※掲載されている内容は2024年3月時点の情報です。

監修者

監修スペシャリスト

鈴木 寛すずき かん


東京大学教授
慶應義塾大学教授

東京大学法学部卒業後、通商産業省に入省。慶應義塾大学SFC助教授を経て2001年参議院議員初当選(東京都)。文部科学副大臣を2期務める。日本でいち早くアクティブ・ラーニングの導入を推進。2014年2月より、東京大学公共政策大学院教授、慶應義塾大学政策メディア研究科兼総合政策学部教授に同時就任。2014年10月より文部科学省参与、2015年2月に文部科学大臣補佐官となり4期務める。OECD教育2030理事、ウェルビーイング学会副会長、与党ウェルビーイング特命委員会アドバイザリーボード座長も務める。

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