【話題提供1】乳幼児期の親の働きかけが幼児期の発達に及ぼす縦断的影響 —気質と父母の養育行動の交互作用の検討—

李 知苑●い・じうぉん

元ベネッセ教育総合研究所 学び・生活研究室研究員。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。修士(教育学)。ICTと子どもの学びや発達との関連、親子関係、子どもの非認知能力の発達等に関心を持って研究に携わっている。専門は教育心理学・発達心理学。2019年より「乳幼児の生活と育ち」研究プロジェクトを担当。

子どもの発達において、子どもの気質と父母の養育行動の交互作用を検討

 「乳幼児の生活と育ち」研究プロジェクトの中で、私は乳幼児期の父母の働きかけが幼児期の発達に及ぼす縦断的影響について調べています。今回の研究では、幼児期の発達における、子どもの気質と父母の養育行動の交互作用をテーマとしました。2歳児の子どもはイヤイヤ期を迎えるため、保護者が子育てに不安を感じたり、負担感も増したりする時期です。そこで、どのような養育行動が子どもの発達によい影響を与えられるのか、実践につながる示唆を与えられる研究をめざしました。
 子どもの生まれ持った気質と親の養育行動の関係性を説明する理論については様々なものがありますが、今回は差次感受性理論※に着目してご報告したいと思います。
※差次感受性理論とは、Belsky教授が提唱したもので、敏感な子どもは周りの環境に対する感受性が高く、ネガティブな環境からの影響を大きく受ける一方で、ポジティブな環境からもその影響を受けやすいことを説明した理論である(https://www.blog.crn.or.jp/report/02/263.html)。
 まず、調査方法と分析モデルを説明します(表1)。本プロジェクトにおいてTime2と位置づけている2歳6か⽉〜3歳5か⽉(2019年9⽉時点)の子どもの気質と父母の養育行動がどのように交互作用し、1年後であるTime3(3歳6か⽉〜4歳5か⽉)の子どもの社会情動的発達や認知発達に影響を及ぼすのかを調査しました。
 子どもの気質と父母の養育行動の2つの因子を組み合せることで、子どもの発達に影響があるか検討するために、Time2の子どもの気質、父母の養育行動、子どもの気質と父母の養育行動の交互作用項を説明変数として、Time3の各発達アウトカムを従属変数としました。
表1 分析モデル
 次に、使用した変数を説明します(表2)。1つめは、子どもの気質についてです。今回は、「育てやすい気質」と「難しい気質」に分けて、分析を行いました。子どもの気質は、「持続性」、「規則性」、「恐れ」など6つの要素で構成しています。この6つの要素の各項目を母親が評価した得点を分析に用いました。例えば、「育てやすい気質」の子どもは、お気に入りのおもちゃなら10分以上遊ぶといった「持続性」や、服の脱ぎ着を嫌がらないといった「耐性」などの得点が高い子どもです。一方、「難しい気質」の子どもは、一度ぐずるとなだめにくい、かんしゃくを起こしやすい、ちょっとしたことで激しく泣くなどの行動が多く見られる子どもを指します。
表2 子どもの気質
 2つめは、子どもの社会情動的発達についてです(表3)。今回のプロジェクトにおける社会情動的スキルとは、「頑張る力」や「自己抑制」、「協調性」といった7つの要素を指します。分析には、それらの7要素がどのぐらい身についているかを母親が評価した数値を用いました。子どもが2歳から3歳へと成長するにつれ、特に「頑張る力」や「自己抑制」、「協調性」の得点は年齢とともに伸びる傾向にありますが、「自己主張」は2歳からすでに高く推移しています。
表3 社会情動的発達
 3つめは、認知発達です(表4)。言葉や文字、数などの認知がどの程度、発達しているかを母親が評価したものを使用しています。認知スキルも社会情動的スキルと同様に、2歳から3歳にかけて伸びていきます。
表4 認知発達
 4つめは、父母の養育行動です(表5)。ポジティブな養育とは、一緒に遊ぶなどの「やりとり遊び」やスキンシップをとるなどの「温かさ」などを指します。母親と父親がそれぞれ自分自身の養育行動について評価した数値を用いました。
表5 養育行動

敏感な子ほど、ポジティブな養育行動の影響を受けやすい

 それらの変数を用いて、子どもの気質と父母の養育行動がどのように作用し、1年後の子どもの社会情動的発達や認知発達に影響を及ぼすのかを分析したところ、次のような結果が明らかになりました。
 まず、交互作用が有意ではなかった場合の結果を紹介します。子どもの発達のうち、「頑張る力」や「自己抑制」、「協調性」、「拡散的好奇心」においては、気質と養育がそれぞれ影響を及ぼすことが明らかになりました。特に、母親のポジティブな養育は、これらの発達にポジティブに関連していることがわかります。一方、父親のポジティブな養育は、「頑張る力」や「特殊的な好奇心」とポジティブに関連していることがわかりました。
 次は、交互作用が有意だった場合の結果です。「自己主張」と「積極性」に関しては、難しい気質の高群の場合、母親がポジティブな養育を行うと、難しい気質の低群よりも、1年後の得点が高いことが明らかになりました。難しい気質の子どもにポジティブに関わり続けていると、結果として点数が高くなると言えます(図1)。
図1 結果:交互作用が有意な場合(積極性)
 納得できる答えが出るまでずっと考えるなどの「特殊的好奇心」では、全ての交互作用項が有意になりました。注目したいのは、難しい気質の高群の場合、父親がポジティブな養育を行うことで、難しい気質の低群よりも「特殊的好奇心」の得点が高くなることが明らかになった点です(図2)。
図2 結果:交互作用が有意な場合(特殊的好奇心)
 認知発達のうち「言葉」については、子どもの「育てやすい気質」と父親のポジティブな養育行動と交互作用が有意になっています。育てやすい気質の高群の場合、父親がポジティブな養育を行うと、1年後の「言葉」の得点が高くなることがわかりました(図3)。
図3 結果:交互作用が有意な場合(言葉)
 これらの結果から、子どもの生まれ持った気質と幼児期の発達との関連について、「育てやすい気質」は社会情動的発達・認知発達の両方とポジティブに関連していると言えます。そして親の養育行動と子どもの発達との関連について、母親のポジティブな養育はほとんどの子どもの発達領域とポジティブに関連していました。一方、今回の分析では、父親のポジティブな養育は、「頑張る力」や「特殊的な好奇心」とポジティブに関連していることが明らかになりました。加えて、気質と養育の交互作用を見ると、難しい気質、つまり敏感な子どもほど、父母のポジティブな養育の影響を受けており、差次感受性理論に沿った結果であったことが明らかになりました。
 今回、2歳児の子どもの気質と親の養育行動による交互作用により、1年後の子どもの発達にどのように影響するかを中心に報告しましたが、さらに幼児期後期への影響を見ていく必要があるでしょう。また、今回使用した子どもの社会情動的発達や認知発達は、母親が評定しているため、父親との関連が低く評定されている可能性もあります。そのため父母それぞれの養育行動が子どもの発達にどのくらい影響を与えるのか、今後さらに検討していく必要があると言えます。