2014/12/03
「貧困が引き起こす子どもの就学・進学問題」フォーラム しんぐるまざあず・ふぉーらむ編【前編】
日本では、ひとり親の2人に1人が貧困に直面しています。なぜ、貧困に陥ってしまのか。暮らしぶりはどんなものなのか。そこに暮らす子どもはどのような日々を送っているのか。第2回フォーラムでは、NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ理事の丸山裕代さんにお話を伺いました。
ひとり親家庭の実状
日本では、相対性貧困率も子どもの貧困率も上昇傾向にある。そして、貧困率の上昇を後押ししてしまう要因のひとつに「貧困の連鎖」があるかもしれないということが、最近の各種調査からわかってきている。貧困家庭に育った子は低学歴になる傾向があり、その結果低収入だったり、不安定な非正規雇用といった職に就くことが多くなる。家庭を持つようになっても貧困から抜け出せず、その子どももまた貧困家庭に育つことになる——。こうした連鎖から抜け出すことがどれほど難しいことなのか、ひとり親の状況を説明しながら、丸山さんは語ってくれた。
2世帯に1世帯が貧困
しんぐるまざあず・ふぉーらむの会員は、ひとり親とその子どもたちだ。毎週火曜日に受け付けている電話相談や、情報交換のためのメーリングリスト運営、ニュースレターの発行や親子で参加できるイベント、交流会等の活動を通して、シングルマザーたちがつながりを作れる場を提供している。こうした場が必要とされる背景には、ひとり親がさまざまな課題に直面している現実がある。
2012年時点での日本の相対性貧困率は16.1% 。こうした「貧困家庭」に該当する世帯のうち、特に状況が深刻なのが「ひとり親世帯」だ。ひとり親世帯の貧困率は54.6% (2012年時点)で、2世帯に1世帯以上が貧困にあえぐ。2011年度の全国母子世帯等調査によると、母子世帯数 は123.8万世帯、父子世帯は22.3万世帯とのことなので、約80万のひとり親世帯が貧困に直面しているという計算になる。
ひとり親世帯になる理由として最も多いのが「離婚」で、母子世帯になった理由の約8割を占める。平成18年の調査までは、次に多いのは「死別」だったが、平成23年度の調査では「未婚」が7.8%、「死別」が7.5% となり、未婚が死別を超えた。「現在の未婚の母は、それまで付き合っていた人との間に子どもができて結婚する予定だったが相手がいなくなってしまったり、相手が結婚する意志がない等で未婚に至る場合が多い」と丸山さんは話す。
日本では一般的に、家族といえば「父、母、子ども2人」というイメージがいまだに強いこともあり、離婚した母親に向けられる世間の目は厳しいことが多い。ときには「父親からもらえる養育費で暮らせるんでしょ? 働かなくてもお金が入ってきていいわね」という言葉を投げられることもあるようだが、多くのシングルマザーが直面する状況は、世間が思っているほど余裕のあるものではない。
そもそも日本では、養育費の取り決めをしている母子世帯が37.7%。受給にいたっては、「現在も養育費を受けている」と答える母子世帯は19.7% にすぎない。養育費の取り決めをしなかった理由の第1位は「相手に支払う意思や能力がないと思った(48.6%)」という回答で、「自分の収入等で経済的に問題がない(2.1%)」という回答はわずか。このことから、本来であれば養育費をもらうべき経済状況の母子世帯が、養育費を頼りにできない状況が浮かび上がる。
母子世帯の母の養育費の取り決めをしていない理由
出典)全国母子世帯等調査(2011年度)
生活保護を受給しない背景
今回お話を聞いた丸山さんは、ご自身が長くシングルマザーだった。シングルマザーがなぜ貧困に陥りやすいのかを説明する際、彼女たちに対しての偏見が日本社会には根強く残っているのではないかと話してくれた。
「たとえば離婚してそれまで住んでいた家を出なければならなくなったとき、まずしなければいけないのは家探しです。けれど、母子家庭だからという理由で家を貸してくれない不動産屋もあります。」子どもの預け先確保も一筋縄にはいかない。待機児童の問題で保育園に入れなかったり、保育料が高すぎて払えないという人もいるからだ。離婚はしていないが別居中という「実質シングルマザー」の場合、保育料は夫の所得も合わせた世帯所得をもとに決定されるので、保育料が実態にそぐわず高くなるケースもあるという。
シングルマザーの貧困家庭と聞くと、彼女たちの大半が生活保護を受給しているのでは…と考える人がいるかもしれないが、実態はその逆。母子世帯の母の生活保護受給状況は14.4% で、2割に満たない。生活保護を受けている世帯のうち、母子世帯の割合は7.6% にすぎず、「シングルマザーの多くが生活保護を受けている」わけではない。
現に保護を受けた世帯数/世帯類型別
出典)厚生統計要覧(2013年度)
母子世帯が生活保護を受けづらい理由を、丸山さんは次のように説明してくれた。「生活保護を受給する場合、車の所有は認められません。けれどシングルマザーたちは働かなければならず、出勤する際に車以外の交通手段がない地域では、車を手放すことはできません。特に地方では、生活保護を受給したことが地域コミュニティの中で広まりやすいという理由で、受給をためらう人もいます。
日本では収入が少しでも増えれば生活保護費が減額となったり、貯蓄ができない等、受給する条件と比べるとメリットが見えづらいという制度上の問題もあります。いずれにせよ本来であれば生活保護を受けるべき生活水準以下で暮らしているにもかかわらず、生活保護を受給していないひとり親世帯は多いのです。
また、彼女たちの多くは自分が生活保護を受けるレベルではない、とも考えています。ダブルワーク、トリプルワークをしてもなお『まだ働ける』と考えているのです。」母子世帯の平均年間収入は223万円、父子世帯は380万円 (2011年度)。シングルマザーの半数近くが、低い就労収入に児童扶養手当や児童手当といった手当をもらいながら、家賃を払い、税金も負担して、日々の暮らしをなんとか凌いでいる。
「男性稼ぎ主型システム」の中での葛藤
日本のひとり親の大きな特徴がもう一つ、彼女たちは「働いている」ということだ。日本のシングルマザーの就労率は80.6%で、シングルファーザーのそれも91.3%。アメリカのひとり親家庭の就業率が73.8%、OECD平均も70.6%であることを考慮すれば、日本のひとり親はすでに十分なほど働いている。つまり、働いているにもかかわらず、貧困なのだ。
実家に身を寄せたり、アパートを借りる等して住む場所は決まった。保育園に子どもを預けることもできた。住居や保育園の問題をクリアしたとしても、シングルマザーを次に待ち受けるのは、「仕事」の問題だ。シングルマザーが就労して得られる年間収入は平均181万円。パート・アルバイト等として働いている人が47.4% で、正社員で雇用されている人の割合(39.4%)よりも多い。収入が低く、雇用も不安定なシングルマザーのなかには、昼間と夜間で2つの仕事を掛け持つタブルワークをする人や、トリプルワークをする人も決して少なくない。
しんぐるまざあず・ふぉーらむ理事 丸山 裕代さん
日本は正規雇用と非正規雇用、さらに男女間で明確な賃金格差のある国だ。ほとんどの正社員に適用されている雇用保険や健康保険、厚生年金等も、パート等の非正規雇用になると適用率は格段に下がる。結婚や出産を機に退職し、子育てが一段落したときに再び就職する女性の働き方には、社会的にも企業側からも「パート・アルバイト」としての就業を求められることがまだまだ一般的であるという背景もある。
正社員として働くことを希望するシングルマザーは多いが、もし正社員になれたとしても、彼女たちが直面するのは「長時間労働」という働き方だ。日本の正社員の労働環境には、母親が家事育児を一手に引き受けて家庭を成り立たせ、男性が長時間外で働くことで一家を養うという「男性稼ぎ主型システム」が根強く残っていると丸山さんは話す。残業が当たり前で、子どもの体調不良や学校行事等があっても休みを取りづらい職場で、シングルマザーが男性と肩を並べて働くのが難しいというのは想像に難くない。「男性稼ぎ主型システム」は、シングルマザー、シングルファーザー双方に仕事と家庭の両立を難しくさせる。
家庭のことや自分の能力を考えると、正社員ではとうてい働けない。パートのダブルワークでなんとか生活をしていくが、キャリアを蓄積することはできず、不安定な状況を長期間続けざるを得ないのが多くのシングルマザーの現状だ。そんな状況下で、キャリアもなく、就労経験も社会経験も乏しい若い母親たちが職を求める場所のひとつにキャバクラという存在もある。なぜなら、最近のキャバクラには寮や託児所が完備されている場合もあり、「仕事」「住宅」「保育」をすべてカバーできるからだ。「キャバクラという職場が、シングルマザーのセーフティーネットになっている現状があります。しかし、彼女たちの多くは昼間に働ける職場があれば転職したいと考えているのです」と丸山さんは話す。
子どもたちの孤独、栄養事情
ひとり親家庭のなかでも「貧困家庭」に位置づけられる、約半数の家庭。親たちの過酷な状況はすでに述べたとおりだが、そこで育つ子どもたちの状況を丸山さんに尋ねたところ、貧困が落とすさまざまな影を教えてくれた。
母親が外で長時間仕事をするということは、その間母親が家に不在であることを意味し、ひとり親家庭では親の不在時間が長くなる傾向がある。祖父母と同居していないひとり親家庭で、夕食を終えて母親がまた仕事にでかければ、子どもだけで夜を過ごさなければならない。一人で過ごす時間が長くなると、人とのコミュニケーションをとりづらくなったり、生活習慣を身につけられなかったり、心が不安定になったりといった影響を子どもたちに与えることもある。
「ひとり親」ということへの偏見が、子どもを傷つけることもある。家庭の事情を知られたくない子が学校でバカにされたりいじめにあったりすると、そっと不登校になっていくこともあるという。部活の備品が揃えられなくて退部する子や、コンビニやファストフード店へ行くといった他の子たちは当たり前のようにしていることができないため友達と距離ができ、不登校になる子もいる。貧困という状況下で暮らす子どもたちが貧困による困難を自分から友人や教師などに相談することは、ほとんどない。
貧困が子どもたちの健康を奪うこともある。貧困が深刻になると、十分な食事がとれなくなるからだ。家賃や光熱費、通勤に使わざるを得ない車のガソリン代等の固定で出ていくお金に比べ、食費は食べなければかからないため変動しがちになる。貧困家庭では、一般的な家庭よりも食事の回数が少なかったり、食卓に並ぶ食事の量が少ない傾向にある。
低所得家庭の食事の傾向
出典)厚生労働省研究班調査(2013年)
学校で食べる給食が貴重な栄養源であり、給食がなくなる長期休暇の間にやせてしまう子どももいるという。「お腹いっぱい食べられないということは、勉強をするための気力や体力を養うことができないということです」と丸山さんが話すとおり、不十分な食事は子どもの心身の成長に大きな悪影響を与えることが懸念される。現在多くの自治体で子どもの医療費助成があるが、受診時の医療費窓口負担が必要な場合、その支払いができないために病気になっても医者に行けない子もいる。
高い進学目標と現実のギャップ
こうした環境で育つ子どもたちや親たちは、進学についてどのような考えを持っているのだろう。「子どもや親の進学目標は高いんです」と丸山さんは教えてくれた。シングルマザーたちの多くはシングルでない家庭の親と同様に、子どもの将来のことを考慮してできるだけ子どもに教育を受けさせたいと考えている。
一方で、丸山さんはこんな不安も口にした。「ひとり親家庭の進学目標は高いです。けれど貧困の連鎖によって、低学力に陥ってしまう貧困層の子どももいます。その子たちが大人になり再び不安定な生活の中で家庭を持つ、というような状況が固定化してしまえば、今は高い進学目標も次第に下がっていってしまうかもしれず、それは貧困の連鎖をより根深いものにしてしまうかもしれません。」
ひとり親家庭の子どもの高等学校等進学率は93.9% で、全国平均の98%以上を下回る。大学や短大への進学率も、全国平均は53.9% だがひとり親世帯では23.9% と、ひとり親世帯の進学率は低い。進学したいという意欲は高くても、学力や親の経済力等、さまざまな理由で学ぶことをやめてしまっている貧困家庭の子どもたちがいること、すなわち意欲と現実の差を貧困が理由で埋められない子がいることは確かだ。
【企画・取材協力、執筆】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘
【取材協力】NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ
【取材協力】NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ