2015/01/07
「貧困が引き起こす子どもの就学・進学問題」フォーラム あしなが育英会編【前編】
希望する高校や大学へ入学するためには、子ども自身の学力だけでなく、親の経済力も問われることが多いのが日本の現状です。今回のCO-BOフォーラムでは、困難に直面する子どもたちを長年にわたって奨学金というしくみで支援を行ってきた「あしなが育英会」の奨学課長、小河光治さんにお話を伺いました。
※今回のフォーラムは、本テーマに関する個人的な見解を述べていただくという前提でご協力をいただいています。発言はすべて個人の見解であり、所属する組織の公式見解ではありません。
あしなが育英会の成り立ちと活動
春と秋に街頭等で行われる「あしなが学生募金」の募金活動を目にしたことがある人は多いだろう。1970年以降、47都道府県で毎年この募金活動を実施しているのが、あしなが育英会だ。
あしなが育英会奨学課長、小河光治さん
小河さんは育英会の活動目的を次のように説明してくれた。「あしなが育英会は、病気、災害、自死等で保護者が死亡・重度障害の家庭の子どもを物心両面で支援しています。お金のない子が経済的理由で進学を諦めることのないよう支援するための活動を展開しています。」
あしなが育英会の主要な物的支援は、遺児たちへの奨学金。あしなが育英会は年間で高校生約3,900人、大学生・専門学校生ら約1,800人の計5,700人程度を対象に、総額約22億8,000万円の奨学金を貸与している。奨学金の貸与以外にも、阪神淡路大震災や東日本大震災発生後に支援拠点として建設した「レインボーハウス」の運営や、主に地方の学生が都市部に進学する際に安い寮費で生活のできる学生寮「心塾」の運営を行っている。
大学生の2人に1人が奨学金
日本学生支援機構が行っている「学生生活調査」の最新データによると、奨学金を受給している学生の割合は大学学部(昼間部)で52.5%となっており、半数以上の学生が何らかの奨学金を得て大学に通っていることがわかる。
奨学金の受給状況
出典:日本学生支援機構「学生生活調査」 大学学部(昼間部)のみ値を表示、大学院専門職学位課程は2006年以降の調査結果のみ
学生が奨学金を受給することは今や珍しくないといえる一方、大学を卒業しても職につけなかったり、非正規雇用や低収入の職に就いたため奨学金の返済ができないことが問題視されている。しかも有利子の奨学金は、返済が滞ると雪だるま式に返済額が大きくなることから、「学生ローン」と言い換えられ批判の対象となることもある。
あしなが育英会の奨学金はすべて無利子貸与だが、近年は子どもの貧困に注目が集まり、給付型の奨学金に対する要望の声が高まっているという。しかし、大学生の半数以上が奨学金を受けている現状ですべての学生に給付型の奨学金を出すことは、財源のことを考えると現実的ではないと小河さんは話す。そのうえで、奨学金のあるべき姿を次のように語ってくれた。
奨学金は少なくとも無利子で
「現在は大きく分けると給付型、無利子型、有利子型の3タイプの奨学金があります。これに学力を連動させていけば、特に優秀な子が給付型、真ん中の子が無利子、勉強のできない子は有利子という区分けになってしまいます。そうなってしまうと、学力が低い傾向にある貧困層の子にとって奨学金は利用しづらい制度となり、子どもの貧困解消にはつながりません。」
財源も含めて実現可能な対策として、低所得者世帯の学生には、有利子の奨学金はなくしてすべて無利子の奨学金を準備し、学力による制限を設けない。返還は「出世払い」とし、所得連動といった制度の柔軟性を確保する。このようにして、学力に関係なく必要な子すべてに支援が行き届く奨学金を整備することが必要だというのが小河さんの意見だ。
あしなが育英会の奨学金を受給する子の家庭の状況はさまざまで、事故や災害、病気で親を亡くした子どもの他、親が障がいや精神疾患を持っている家庭の子どももいる。困難な状況に陥った理由はさまざまだが、理由に左右されることなく等しく支援される状況を作り出すために、必要な子すべてに奨学金を届けるしくみの重要性を小河さんは説く。
恩送り ━ 次へとつなげる支援のたすき
多くの遺児を支援してきたあしなが育英会。活動を継続するために必要な資金のすべてが、寄付やかつての奨学金受給者からの返還金で賄われており、国からの助成金は一切もらっていないという。このような会の運営の特徴を、小河さんは「被害者立」「庶民立」「若者立」という3つの言葉で説明してくれた。
「被害者立というのは、被害者によって作られた、という意味です。あしなが育英会設立の原点である『交通事故遺児を励ます会』は、交通事故で家族を亡くした被害者によって設立されました。その後も被害者の声を受けて、活動が広がり続けてきたんです。」
あしなが学生募金 提供:あしなが育英会
「庶民立」「若者立」という言葉には、庶民と若者が育てた、という意味が込められている。あしなが育英会は企業よりも、個人からの寄付が多い。多くの人々が自身への見返りとして寄付をしているのではなく、若者の将来や社会のために支援をする“Pay it forward”、すなわち「恩送り」の考え方で寄付をしている。
奨学生と学生ボランティアを中心に毎年行われる街頭募金「あしなが学生募金」では、1年間で約2億5千万円もの寄付が集まる。アメリカのウェブスターが書いた小説『あしながおじさん』のように、遺児への奨学金に対し継続的な寄付をしている「あしながさん」は3万人を超え、2013年度の寄付総額は約48億円となった。こうした一般市民からの寄付は、奨学金の貴重な財源になっている。
「あしなが奨学金のお金は、温かさのあるお金、思いのつまったお金なんです。奨学生たちは、募金活動を通して支援者から声をかけてもらったり、ときには募金活動中に温かい飲み物を差し入れてもらうなどして、この『温かみ』を体感します。こうした経験は、他者への信頼感を高めたり、返還への意欲を高めたりということにもつながります。」
奨学生による卒業後の返還率が9割を超えているというのも、あしなが奨学金の特徴といえる。このようなしくみを、小河さんは「誰かから受けた恩を他の人に送る『恩送り』が遺児から遺児へと行われているのです」と説明する。
あしなが育英会の卒業生から返還されたお金は、後輩の遺児たちの奨学金として再び貸し出されていく。奨学金という支援を得て進学や就職をすることのできた子が、まだ支援を受けていない子を助ける側にまわる支援のたすきリレー。このリレーがうまく回っている背景には、実質的には所得連動型で返済が可能といった柔軟な制度もあるが、それ以上に当事者たちの「支援を次につなげなければ」という強い思いがある。
「つどい」で心を開き変わる学生たち
心の支援に重点を置いていることもあしなが育英会の大きな特徴だ。心の支援活動として重要なもののひとつが、「奨学生のつどい」という、年1回の夏休みのキャンプ。奨学金を受けている学生たちは原則として、全員「つどい」に参加しなければならない。それほどこの夏休みのキャンプは奨学生にとって大切なものと位置づけられている。
かつてご自身があしなが奨学金の受給者だった小河さんは、「つどい」のことをこう話す。「高校生くらいの年齢であれば、こうしたキャンプに参加したがらない方が自然ですよね。僕自身も、奨学生だった当時は何とか理由をつけて『つどい』を休もうとしました。けれど、行くしかなかった。しぶしぶ出かけたこの『つどい』で、自分のつらい経験を初めて人に話すことができ、人生が180度変わったんです。」
3泊4日で行われる高校奨学生のつどいでは、野外活動や座学、かつて奨学生であった社会人の講演といったプログラムの他に、同じ奨学生であるリーダー役の大学生や高校生同士で直接話をする機会が随所で設けられる。先輩たちと寝食を共にし、さまざまな話をするなかで、高校生たちに最も大きな影響を与えるのは「大切にされる経験」だと小河さんは話す。
「つどい」の様子 提供:あしなが育英会
リーダーたちは、高校生の話をとにかく聞く役に回り、温かい言葉をかける。そうすると、今まで誰にも話せなかったつらい経験や自分の気持ちを、高校生も少しずつ話し出せるという。さらに自分の少し先を行く先輩たちの姿を見て、「自分も頑張ればできるのかもしれない」という希望が芽生える。ともすれば学校にも、家庭にも居場所のない子どもたちが、自分の話をちゃんと聞いてくれる人に出会える場所、ロールモデルに出会える場所。それが「つどい」なのだと、小河さんは話す。
「子どもたちのなかには、親の死を境に周囲の態度が大きく変わる経験をして、他者を信用できなくなっている子もいます。心を開いて話を聞いたり、話をしたりできる状態にない子もいます。そういった子が『大切にされる時間』を持ち、少しだけ先の先輩に出会って生まれる『斜めの関係』を持てる意味は大きいんです。」子どもたちが前向きに未来へ進んでいくには、金銭的な支援以外にもこうした心のケアが欠かせない。
お金だけでは解決しないこと
小河さんはあしなが育英会の運営する学生寮「心塾」で責任者として働いた経験もあり、貧困家庭に育つ子どもたちの状況を目の当たりにしてきた。そうした経験を振り返り、「貧困世帯とそうでない世帯に育った子どもの間には、意欲の格差がみられる傾向があります」と話す。
貧困という状況下で育つと、お金が理由で諦めざるを得ないという経験をすることが多いためか、「どうせだめだ。頑張っても仕方がない」と思いがちになったり、自己肯定感が低くなったりしてしまうという。親を亡くしたことで大きな喪失感を抱えながら日々を過ごしている子どももいる。だからこそ、あしなが育英会はお金だけでなく、「心」の支援も非常に大切にしている。
小河さんはその背景をこう説明する。「お金があれば、子どもが健やかに育つでしょうか。お金があれば、すべての子どもが進学できるのでしょうか。答えは”NO”です。生きづらさを抱える子どもたちにとってお金の支援は不可欠ですが、お金だけの支援で何とかなるという単純な問題ではありません。」
先に紹介した「つどい」で行われるプログラムのひとつに、継続支援をしてくれている「あしながさん」に近況報告の便りを書くというものがある。子どもたちが近況を書いたはがきは事務局を通じてあしながさんに送られる。この便りを楽しみに待っているあしながさんは多く、なかには返事を書いてくれるあしながさんもおり、往復のやりとりがなされることもある。他者とのこうしたつながりが、奨学生たちの学びの意欲や奨学金を返済することへの責任感を育てていく。
【企画・取材協力、執筆】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘
【取材協力】特定非営利活動法人 国際協力NGOセンター(JANIC)、あしなが育英会 小河光治様
【取材協力】特定非営利活動法人 国際協力NGOセンター(JANIC)、あしなが育英会 小河光治様