2019/03/26

【学びに向かう挑戦】第5回 変わる大学入試と生涯学び続ける力

幼児期から高校までに育まれた「学びに向かう力」は、大学以降ではどのように発揮され、また強化されていくのでしょうか。
これからの変化が一層激しい社会では、社会に入ってからも学び続けることが求められる時代と言われています。ただ、学ぶ目的は単にその時代に適応するだけではなく、自らがその時代をつくりだすという能動的な側面もあると思います。
「時代」と言うと大袈裟ですが、「自分の周囲の日々の環境」くらいに考えるとどうでしょうか。 その環境は、平和で、民主的で、信頼し合えることが望ましく、そんな環境を自ら作りだしていく力としても「学びに向かう力」はきっと作用しうるのだと思います。
本連載最後の事例は、そんな「学びに向かう力」と環境が良い影響を与え合っていることを実感できた高等教育の事例です。
BERD編集長 石坂 貴明
大学では、2020年度から新たな入試制度の導入が予定されている。これまで本特集で紹介してきた幼稚園・保育所・認定こども園、小学校中学校高等学校に加え、大学でも、さまざまな試みが行われている。
今回は、ベネッセ教育総合研究所アセスメント・教材研究開発室及び高等教育研究室研究員の 岡田 おかだ 佐織 さおり に大学改革の動向を聞くとともに、大学で学ぶ意欲と姿勢を持った高校生を育てる入試方法を実施する追手門学院大学に足を運んだ。

選抜から接続する大学入試へ

大学改革の背景にあるのは、本特集の第1回でも解説されている「社会の変化」と、それに呼応する「教育改革の方針」だ。
岡田は、「社会の変化が『これまでの教育を変える必要がある』という強い危機感を生み、大学改革にも影響を与えている。」と話す。
各大学には、大学として育てたい力や社会で求められる力から逆算して入試やカリキュラムを設計することが促されている。同時に、入試から卒業までの教育方針に一貫性を持たせることで、大学教育の質を保証することも重視される。その一環として2017年4月より各大学に義務づけられているのが、「三つの方針」の策定と公開だ。
岡田佐織 ベネッセ教育総合研究所アセスメント・教材研究開発室、高等教育研究室研究員
岡田佐織 ベネッセ教育総合研究所アセスメント・教材研究開発室、高等教育研究室研究員

すべての大学に策定・公開が義務付けられている「三つの方針」

三つの方針
出典:「学校教育法施行規則の一部を改正する省令の公布について(通知)」(文部科学省高等教育局長 2016)
「今回の学習指導要領改訂では、『学習者は何ができるようになるか』をまず考えて、それを実現するために『何を教えるべきか』『どのように教えるのが効果的か』を考える、というカリキュラム設計が重視されているが、大学ではその動きに先行するかたちで改革が進んでいる。」と岡田は話す。
「大学には学習指導要領はなく、『何を教えるか』は各大学の自主性に任されている。その代わり、大学では、自分たちの教育を通じて学生にどのような力を身につけてほしいかをディプロマ・ポリシーで定め、それを実現するためにどんなカリキュラムを提供するのか、どんな人に入学してほしいかを示し、それらがどれだけ実現できているかを検証することが求められている。」
今回の大学における改革は、「高大接続改革」とも表現される。その背景にあるのは、高校の学びと大学の学びを入試で接続するという考え方だ。「今回の入試改革の肝は、ディプロマ・ポリシーやカリキュラム・ポリシーと一貫性のあるかたちで入試を設計することと、高校までの教育で育成すべきとされた『学力の3要素』を大学入試でも評価することを大学に求めている点にある。これに伴い、高校側は学力の3要素の育成に力を入れるようになり、大学側も同じ観点で受験生を評価して受け入れたうえで、さらに伸ばしていくことになる。」と岡田は話す。

学力を構成する3要素

学力を構成する3要素
出典:平成31年度大学入学者選抜実施要項(平成30年6月4日付け文部科学省高等教育局長通知)
これら3要素を評価するため、2020年度の大学入試改革では具体的に次のような変更が予定されている。

2020年度大学入試改革で予定されている主な変更

2020年度大学入試改革で予定されている主な変更
また、各大学の個別試験では次のような評価が求められる。

大学の個別試験での評価

大学の個別試験での評価
※2021年度以降、一般入試は「一般選抜」、AO入試は「総合型選抜」、推薦入試は「学校推薦型選抜」へ名称変更予定。本稿では、現在の名称に統一。

「学力の3要素」の評価に向けて、動き出す大学

全入試区分で学力の3要素を評価しようとする場合、現行の一般入試では「主体性を持ち、多様な人々と協働しつつ学習する態度」が、推薦・AO入試では「知識・技能」が、それぞれ評価されづらい傾向がある。したがって、一般入試においては、調査書や志望理由書の提出を促したり、学力試験に加えて面接の導入を予告したりする動きが見られはじめている。推薦・AO入試においても、学力試験や小論文を課したり、文献調査や実験を通じた課題解決を求めたりするなどの動きがある。
岡田によると、特に各大学の特色が表れやすいAO入試について、力点の置き方や変化の方向性には大きく3つの側面があるという。
1つ目は、知識・技能を活用する大学型の学びへの適性を評価しようとするものだ。知識・技能を活用するための思考力・判断力・表現力、特に大学での学びに必要不可欠な深い思考力を求めている。
2つ目は、多様な人々と協働して課題解決できるかを評価しようとするものだ。ここでは、他人と協働しようとする姿勢や、協働する際に求められるスキルを備えているかが重視される。
3つ目は、大学で学ぶ目的や意欲を評価しようとするものだ。将来何を成し遂げたいのか、そのために大学で何を学びたいのか。はっきりした目的意識を持って大学進学を志す学生を受け入れることを目指している。
この3つ目の側面について、先進的な取り組みをしている事例が、今回取材した追手門学院大学(以下、「追大」)の「アサーティブ入試®」(以下、「本入試」)だ。
追手門学院大学
追手門学院大学
2014年から始まったこの取り組みは、高校生の段階から自分と向き合い、大学で学ぶ目的を明確に表現できるようサポートする「アサーティブプログラム®」(以下、「本プログラム」)と併せて展開されている。学ぶ目的や意欲を入試で評価するだけでなく、志願する前にそれらを育成するところから取り組んでいるという点に特徴がある。

志望動機が成長実感にも影響することが明らかに

本プログラム・本入試に立ち上げ当初から関わっているのが、追大教務部アサーティブ課課長、アサーティブオフィサー、アサーティブ研究センター研究員を兼任する 志村 しむら 知美 ともみ 氏だ。2013年1月に追大に着任した志村氏は、着任当初の学生との会話が本入試の設計につながったのだと教えてくれた。
志村知美氏(追手門学院大学教務部アサーティブ課課長、アサーティブオフィサー、アサーティブ研究センター研究員)
志村知美氏(追手門学院大学教務部アサーティブ課課長、アサーティブオフィサー、アサーティブ研究センター研究員)
「着任したての頃、学内探索をしながら学生に声をかけ、追大の印象や大学生活について尋ねていた。すると、『他の大学に行けなかったから来ただけ。追大に来たくて来たわけじゃない』『不本意入学だから大学生活も楽しくない』『就職のために大卒の学位を買っている』と話す学生が多く非常に衝撃を受けた。こうした学生たちの声を聞いて、『追大“で”いい』ではなく、『追大“が”いい』と言える入学生を増やしたいと強く思うようになり、プログラムや入試の設計に至った。」
学生の学びと成長を可視化する総合的なアセスメント手法の開発を目的として実施した、追大とベネッセ教育総合研究所の共同研究の結果からも、大学の志望度と学びへの納得度の関係性が見てとれる。
「志望度の低さゆえ進学先に納得できないまま入学した学生と、第一志望で入学した学生とでは、2年次や3年次になってからの学びに対する満足感や自らの成長実感に開きが出てくることが、これまでの調査結果から明らかとなっている。当然ながら、志望度が高く自分の興味関心と専攻が一致している方が、満足度や成長実感は高くなる。」と岡田は話す。

「自分の意志で決める大学進学」を実現するためのプログラム

「アサーティブ(直訳:自己主張する)」という言葉を、追大では「相手の気持ちを大切にしながら、自分の気持ちを誠実に率直に素直に表現する」と定義している。この定義に沿って設計された本プログラム・本入試の概要は、下記の通りだ。本入試による受験を希望する場合は、本プログラムの受講が必須となる。

アサーティブプログラムとアサーティブ入試の概要

アサーティブプログラムとアサーティブ入試の概要
出典:追手門学院大学発行のアサーティブプログラム・アサーティブ入試関連パンフレットと現場取材をもとに、まなびのかたち事務局で再編。
取材で訪れたアサーティブガイダンスでは、「自分の意志で大学進学を希望し、主体的に学ぶ姿勢とアサーティブな態度を持ち、①シラバスの活用、②授業への参加意思向上、③各種活動の積極的参加ができる大学生になること」を期待すると、参加した高校生に伝えられていた。

個別面談が進路を真剣に考える契機に

本プログラムで重要な役割を担っているのが、大学職員との個別面談だ。「受験前に個別面談を取り入れることで、『大学で何を学び、将来何がしたいのか』をしっかり考えられる入学生を増やそうとしていた。個別面談を受けた入学生が増え、学校の雰囲気が変わる様子を目の当たりにしてからは、大学入学が決まってから実施される『入学前教育』では遅く、入試を受ける前から大学進学に向けた態度を育てる『入試前教育』が重要なのだという想いが強くなった。」と 福島一 ふくしまかず まさ 副学長は語る。
福島一政副学長(追手門学院大学)
福島一政副学長(追手門学院大学)
「自分が選んだ志望校だと胸を張って入学してほしい」という想いを込める福島副学長と志村氏は、前任校でも同様の想いで一緒に入試設計を行なった経験と実績を持つ。
本入試を経て入学した学生(アサーティブ生)の声を聞くと、受験前の個別面談は大学生活や将来について真剣に考えるきっかけとして確実に寄与していることが分かる。
心理学部4年生でアサーティブ1期生の 瀬々 ぜぜ 健咲 けんさく さんは、高校時代から心理学に興味を持ち大学進学を志していたが、その理由は「なんとなく」だった。けれど、個別面談を受けることで、心理学の分野の幅広さを知るとともに自らの知識不足を痛感し、「なんとなく」ではなく「本格的に」学びたいという強い想いに変わったという。
	瀬々健咲さん(追手門学院大学心理学部4年、アサーティブ1期生)
瀬々健咲さん(追手門学院大学心理学部4年生、アサーティブ1期生)
経営学部4年生で同じくアサーティブ1期生の 山下 やました 泰弘 やすひろ さんは、高校時代はパン屋になりたいと考えていて、大学進学はあまり視野になかったという。パン屋になるためには専門学校に通う必要があると考えていた当時の山下さんだが、個別面談を受けるなかで、専門学校で製パン技術を学ぶ以外にも、経営に関する知識を身につけて経営管理をするなど、パン屋に携わる道はいくつもあることを教えてもらった。
「大学職員の方との個別面談は、その大学の受験を勧められるだけだろうという先入観を持っていた。しかし追大の個別面談は、追大以外の道も含め、自分の将来につながる選択肢をたくさん教えてくれた。最終的に選んだ大学進学も、自分で納得して選んだ道だ。」と話す。
山下泰弘さん(追手門学院大学経営学部4年、アサーティブ1期生)
山下泰弘さん(追手門学院大学経営学部4年生、アサーティブ1期生)
個別面談は、面談を受ける高校生の人生に大きな影響を与えうる。だからこそ、何かを押しつけるのではなく、高校生が気づいていないような意欲を引き出す姿勢で臨んでいるのだという。「厳しくても必要なことは言う。進路として追大を選ぶかどうかは二の次で、1人の人間として高校生に向き合っている。」と真剣な表情で語る志村氏。
「今は、高校でも家庭でも“叱る”大人があまりいない。だからこそ、赤の他人である大学職員が自分の人生について厳しい言葉を発しているという状況が新鮮なようで、『この前の面談でこう聞いたので、ちょっと調べてみました。』と報告がてら個別面談に再訪する子もいる。」と話す。
このように何度も個別面談を訪れる高校生は、決して珍しいわけではない。2018年度入試に向けた個別面談(計22回)に複数回訪れた高校生は158名にのぼる。個別面談を受けた全772名(実人数)のうち、実に約20%が個別面談を複数回受けている。

進路の自己決定が高校での学びに向かう力へ

大学での学びや将来について考える姿勢だけでなく、本プログラムで高校生に一定レベルの基礎学力をつけることを期待して取り入れられたのが、追大が独自に開発したオンライン学習システム「MANABOSS(マナボス)」だ。本入試の一次試験として課される基礎学力適性検査を見越して開発されたこのシステムは、高校レベルの言語能力問題(国語)と非言語能力問題(数学)を盛り込み、高校生が自ら計画的に学べるよう、単元ごとに達成度を可視化する工夫が施されている。
心理学部4年生でアサーティブ1期生の 辻川 つじかわ 美智子 みちこ さんは、本入試の受験を決めてから基礎学力の向上に力を入れた学生の1人だ。「もともと勉強が嫌いで苦手意識があったが、追大合格に必要な学力をつけるため、まずはMANABOSSにある課題の全問正解を目指した。解説を読んでも分からないときには、高校の先生にも質問した。」と当時を振り返る。
辻川美智子さん(追手門学院大学心理学部4年、アサーティブ1期生)
辻川美智子さん(追手門学院大学心理学部4年生、アサーティブ1期生)
「いくら大学での学びや将来についてしっかり考えられていても、基礎学力が一定レベルに達していない人を合格とするわけにはいかない。しかし、個人面談を通じて追大の志望度が高まった高校生は、辻川さんのように、合格に必要な基礎学力をつけようと高校の教科学習に前向きに取り組むようになる。」と福島副学長は話す。

迫られる大学側の意識と行動の変革

原田 はらだ あきら 副学長は、教務部長として本プログラム・本入試の立ち上げを支え、その後経営学部長という立場でアサーティブ生を見てきた。当時の経験から、本入試で入学した学生たちが育ち続けるためには、大学教員側も柔軟に対応する必要があることを示唆する。
「当初、せっかく学生側がアサーティブな状態で学習意欲も高く入学してきたにもかかわらず、教員がそうしたアサーティブ生に戸惑ってしまうという課題があった。私が所属していた経営学部では、アサーティブ生に向けて特別な教育課程を設けることはしていなかったが、専門科目が少ない初年次のカリキュラムがアサーティブ生の明確な目的意識に合致せず、1年次での意欲低下につながってしまったケースもあった。」
当時、専門科目は3年次になってから重点的に履修するという暗黙の了解があったのだという。しかし、目的意識を持った学生が主体的に学び続けられるよう、既存のカリキュラム内でできる限りの変更を加え、初年次から専門科目を学べる環境を作りはじめた。2019年度以降は学部の改組を含む抜本的なカリキュラムの見直しを行う予定だ。
原田章副学長(追手門学院大学経営学部教授)
原田章副学長(追手門学院大学経営学部教授)
統計学の授業で教鞭をとる原田副学長は、一方的な講義はほとんど行わず適切な課題を与えることで、学生自身の力で知識・技能の習得と応用ができるような授業づくりを試みている。従来型の講義を行わないため、知識が定着しているのか不安になることもあるというが、テストの結果などをみるかぎり、学生にしっかりと知識が積み上がっている手ごたえがあるという。
「『自分の力でできるんだ!』と思うと、学生もどんどん主体的に取り組む。時折少しハードルを高くして難しい課題を出すこともあるが、教員がヒントを出せば学生は新しい気づきを得て、また自分の力で進みはじめる。大学でも、学生自身が主体的に取り組むことで深い学びにつなげていけるような環境づくりが重要なのだと感じている。」と原田副学長は話す。

入学後も主体性を発揮するアサーティブ生

本プログラム・本入試は、大学入学後の学生生活にどのような影響を与えているのだろうか。
アサーティブノート
アサーティブノート
山下さんの大学生活に大きな影響を与えたのは、「アサーティブノート」だ。本プログラムで使い始めたときから思考の整理に最適だと感じていた山下さんは、入学後もノートを活用し続けた。
「大学での学びは、授業を受けたからといって知識が身につくわけではない。図書館に足を運べば、自分でいくらでも知識を身につけることもできる。主体的に動ける時間や場所を与えてくれるのが大学教育なのだと気づいた。」と語る。
「大学進学時だけでなく、大学生活でも常に『今何がしたいのか』『本当にやりたいことは何なのか』を考えて行動していた。」と話す瀬々さん。就職活動にあたって就職先を選ぶ軸を考える際にも、こうした姿勢が活かされたという。
「やりたいことを1人でやるのではなく、同じ志を持っている仲間を見つけて一緒にできると、もっと視野が広がるかもしれない。」という受験前の個別面談でのアドバイスが、今も強く心に残っていると話す辻川さん。彼女は「高校生のためになることをしたい」との想いから、本プログラムの運営などに携わる「アサーティブスタッフ」を立ち上げた。この経験を通じて、自分がやりたいと思っていることを周囲に伝えるために、一歩を踏み出す大切さに気づいたという。
アサーティブスタッフが企画・制作した高校生向けのポスター
同じく、高校生のためになることをしたいと考えていた瀬々さんと山下さんも、アサーティブスタッフの一員だ。自らの高校時代を振り返り、アサーティブスタッフによる個別面談やグループディスカッションの練習場所、大学生活などに関するポスターなど、高校生のためにと考えたアイデアを実行に移している。辻川さんが1人で立ち上げたアサーティブスタッフは、同じ想いを持つ同期や後輩を巻き込み、今や50名ほどの団体にまで成長している。

「2割」で大学の雰囲気が変わる

2014年から始まった本プログラム・本入試。原田副学長は、「キャリア意識や知的好奇心に欠ける学生は、何のために授業を受けているのかが分からず怠けてしまう一方で、明確な目的意識を持って真剣に受講しているアサーティブ生は授業の全体的な雰囲気をよい方向に誘導していたように思う。今では入試形態にかかわらず多くの学生が同じような姿勢で受講するようになり、『アサーティブ生だから』という特別な感じはほとんどなくなった。もはや追大の新たな学生文化が創られてきているともいえるだろう。」と教育現場での変化を実感している。
アサーティブガイダンスの様子。ガイダンスの進行はアサーティブスタッフが担う。
アサーティブガイダンスの様子。ガイダンスの進行はアサーティブスタッフが担う。
福島副学長も、追大生の実態が大きく変わってきた手ごたえを確かに感じており、その理由の1つとして本プログラムを受講した入学生の増加を挙げる。「2018年度は計196名が本入試で入学しており、これは全学の募集人員の約1割に及ぶ。さらに、最終的には別の入試形態を選択したものの、高校時代に本プログラムを受講した学生が募集人員の約1割いる。つまり、全入学生の約2割が本プログラムを受けていることになり、大学の雰囲気や文化を変えるのに十分な規模となっている。」と話す。

目的を見失わずに課題に向き合う

アサーティブ生と教育現場の双方に大きな影響を与え、着実な成果を挙げている本プログラム・本入試。携わる大人たちは成果だけでなく課題を感じつつも、それを解決することでさらなる発展を目指している。
興味を持つ高校生が増えれば増えるほど人手がかかってしまう本プログラムだが、高校生の数を抑制するのではなく、限られた予算で希望するすべての高校生に対応できる体制を構築できるよう努めている。そのための施策として生まれたのが、アサーティブ課での学生インターンシップの受入れだ。
学内で働く機会を提供することで、学生は授業の空き時間など限られた時間でも業務に携わることができる。また、アサーティブ課の業務を通して大学や大学職員について理解する機会や、社会人としてマナーを身につけられる機会にもなる。「課題が生まれても、新しい方法で挑戦させてもらえるのが追大のありがたい風土だ。」と志村氏は語る。
福島副学長は、基礎学力のさらなる強化も視野に入れている。具体的には、国語と数学中心に設計されているMANABOSSの学習分野を、英語や歴史といった別教科にも広げていく必要があると感じている。学力レベルとして高いものを求めるのではなく、高校時代に身につけておかなければならない「基礎学力」の定義を学習項目の選択から改めて検討するつもりだ。
本プログラム・本入試は、メディアなどで取材される機会が増え、世間の認知や評価が高まってきている。それに伴い、アサーティブ生の成績や就職先に関心が集まりやすくなっている現状もあるが、こうした風潮にも志村氏はあえて冷静な態度を貫く。
「『一人ひとりが将来やりたいことを見つけ、自立的に成長する』という当初趣旨と、好成績や就職率、上場企業への就職などを追求するような姿勢は相反する。卒業するアサーティブ生を成績や就職先で評価するのは、趣旨に合わない。」そう強く語る志村氏は、すべての学生に対して主体性を尊重する態度を貫き、入学から卒業までの大学生活を親身になってサポートしている。

本特集「学びに向かう挑戦」のまとめにかえて

大学を卒業した後の学びはどうなるのだろうか。
「大学院に進学することや、働きながら資格をとることだけが大学卒業後の学びだと思われがちだが、決してそうではない。他者との関わり、日々の経験など、さまざまなものや機会が気づきや成長につながるはずだ。大学で高い意欲を持って学んでいる学生は、日々の経験や他者との関わりを、気づきや成長につなげることに秀でている。」と岡田は話す。
大学で意欲的に学ぶ学生の特徴を洗い出したところ、「自分はこういう人間である、こう生きていきたい、という軸がある」「失敗を恐れず挑戦する」「困難に直面しても過去の経験を糧にして乗り越えている」「周囲の人に感謝する、忠告や助言に耳を傾けられる」「自身の経験を内省し意味づけしている」といった共通の傾向が見られたという(関東学院大学との共同研究、報告書p.9参照)。
「慶應義塾大学の前野隆司先生は、幸福な人が持つ『4つの因子』を提示しているが、これらの因子と、意欲的に学ぶ学生の特徴は非常によく似ている。学校で意欲的に学ぶことのできる力、生涯学び続ける力、幸福に生きていくための力は、本来同じものなのではないか。」と岡田は考える。
こうした卒業後の学びを見据えて大学時代に必要とされるのは、「何かに熱中して取り組み、そのなかで試行錯誤を繰り返しながら新たな知識・技能を習得したり、それまでのやり方を見直したりする経験」だという。自立した成長を促す本プログラムは、まさにこの経験を大学入学前から学生に積ませているといえる。本特集で取材した認定こども園あかみ幼稚園と佐野市立赤見小学校岐阜市立藍川中学校明星高等学校もまた、同様の経験を促すような学びの場であった。
このような学びの場に共通してみられたのは、子どもと大人、そして子ども同士の「信頼関係」だ。周囲の人を信頼し、安心感を持って日々を過ごせるからこそ、目の前の課題に挑戦したり、失敗を伴いながらも試行錯誤を続けたりすることができる。
そしてその信頼関係は、ときに学びや経験のさらなる原動力ともなりうる。たとえば、追大で非常に印象的だった場面がある。「この子たちをすっかり頼りにしてしまって、ほとんど任せてしまっているんですよ。」と笑顔で話す志村氏を前に、アサーティブ1期生の学生たちは「志村さんをはじめとするアサーティブ課職員には、入試前からとてもお世話になった。だからその『恩』を今度は自分たちが、アサーティブスタッフとして高校生につないでいきたい。」とイキイキと話してくれた。
相手の気持ちを大切にしながら、自分の気持ちを誠実に、率直に、素直に表現できる環境。そこで育まれた「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体性を持ち多様な人々と協働しつつ学習する態度」は、周囲と関わり合いながら自己の成長をメタ認知し、将来の目標やそこに至るために必要な学びや経験を主体的に考えられる力へとつながっている。それを幼児期から着実に積み重ねることが、大人になってからも「よく生きる」ことにつながっていくのではないだろうか。
※プロフィールや所属団体などは取材時のものです。
【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 高藤さおり、山藤諭子、柳田善弘