2019/03/14
【学びに向かう挑戦】第4回 『学びに向かう力』の可視化と伸ばし方
勉強するしないは 「要は、やる気の問題」とも言われます。
逆に言えば、子どもたちのやる気を引き出し、持続させることができれば、教育現場での多くの課題が解決されるのかもしれません。
逆に言えば、子どもたちのやる気を引き出し、持続させることができれば、教育現場での多くの課題が解決されるのかもしれません。
では、そのやる気(=意欲、学びに向かう力)をICTの活用によって可視化し、教員が生徒一人ひとりの学習状況に即した指導を実現できるとしたら、どんな成果が生まれるのでしょうか。
そんな今回の事例の舞台は岐阜市。
岐阜市とベネッセ教育総合研究所は包括的研究推進等に関する協定を結び、研究校での実践的な取組みを行ってきました。
一人一台のタブレット教材が導入された中学校で、生徒たちが自らの「学びに向かう力」の在り様に気付き、それを教員が見とりながら、成長を促す指導方法を模索した実証研究の成果をご紹介します。
岐阜市とベネッセ教育総合研究所は包括的研究推進等に関する協定を結び、研究校での実践的な取組みを行ってきました。
一人一台のタブレット教材が導入された中学校で、生徒たちが自らの「学びに向かう力」の在り様に気付き、それを教員が見とりながら、成長を促す指導方法を模索した実証研究の成果をご紹介します。
BERD編集長 石坂 貴明
近年、学校教育の現場でもタブレット教材が利活用されることが増えてきている。そのタブレット教材を使った学習は、子どもたちの学び方や教員の教え方にどのような変化を与えるのだろうか。今回の連載で着目している「学びに向かう力」に対して、どのように作用するのだろうか。
教育実践におけるデータ活用をテーマとした岐阜市との共同研究に取り組む、ベネッセ教育総合研究所初等中等教育研究室主任研究員 中垣 眞紀 と 岡部 悟志 に話を聞くとともに、タブレット教材を活用し、今まで見えなかった学びのプロセスを可視化して教育を実践してきた岐阜市立藍川中学校へと足を運んだ。
教育実践におけるデータ活用をテーマとした岐阜市との共同研究に取り組む、ベネッセ教育総合研究所初等中等教育研究室主任研究員 中垣 眞紀 と 岡部 悟志 に話を聞くとともに、タブレット教材を活用し、今まで見えなかった学びのプロセスを可視化して教育を実践してきた岐阜市立藍川中学校へと足を運んだ。
学び続けるために欠かせない「自己効力感」
中垣眞紀 ベネッセ教育総合研究所初等中等教育研究室主任研究員
本特集の第1回でも解説されているとおり、近年、知識量や教科学力といった「認知能力」だけでなく、好奇心やがんばる力などの「非認知能力」の重要性が叫ばれている。
「たとえば、テスト直前に集中的に覚えたり、問題演習をすることである程度のテストの点数を取ることができる。しかし、時間がたつと忘れてしまうことも多いし、『解き方を説明してください』と言われたとたんにできないのでは学習していてもったいない。」と話す中垣は、学習内容を理解して使える知識として身につけるために、「学びに向かう力」、なかでもとりわけ「学習意欲」が大きな役割を果たすと考える。
「学習意欲」という目に見えないものの変化を捉えるために、中垣と岡部は代理指標を用いた測定を試みている。具体的には、「学習量」「主体的学習」「正答率(初回、および解き直し後)」「自己効力感」などだ。
学習意欲と基礎学力を捉える指標
代理指標で学習意欲を測ることについて、岡部は次のように説明する。「意欲など数値化しにくい要因を測定しないことによって生じる統計分析上のバイアスは『欠落変数バイアス』と呼ばれ、変えようのない個人属性やもともとの学力などの影響を過大評価してしまうことがある。数値化することのハードルは認識しつつ、1つでなく複数の代理指標を用いることで、総合的に判断することを心掛けた。」
岡部悟志 ベネッセ教育総合研究所初等中等教育研究室主任研究員
この代理指標のなかでも、特に着目しているのが「自己効力感」だ(※詳細はこちらのP.17を参照)。自己効力感とは、「努力すれば自分もできると思う」「(以前と比べて)やればできるという自信がついた」など、自分の能力や可能性を信じる態度を指す。学習者自身で学びを組み立てることが求められる次期学習指導要領において、特に自己効力感は重要な役割を果たしうる。試行錯誤しながら生涯学び続けるためには、未知のことに対して「自分にもできそうだ」と信じる力が欠かせないからだ。
近年、「自己肯定感」という言葉もよく聞かれるが、自己肯定感と自己効力感は似て非なるものである。前者は自分の存在価値を前向きに捉える態度であるのに対し、後者は自分の能力や可能性を信じる態度だ。新しいことに挑戦したり、試行錯誤をしたりするなかで困難な状況に陥ったとき、自己肯定感は影響を受けやすいが、自己効力感を持っている人は状況変化による影響を受けにくい。
まなびのかたち編集部では、自己効力感が「学びに向かう力」の一翼を担うという考えのもと、今回の共同研究でも特に自己効力感に関する成果に焦点を当て、本記事にまとめることにした。
データを集め、活用し、学びと指導の「質」を上げていく
まずは、今回の共同研究の概要を押さえておこう。岐阜市立藍川中学校(以下、「藍川中学校」)では、学校や家庭での学習にタブレット教材を活用する取り組みを実施してきた。中学2年生(2016年度、2017年度)と中学3年生(2018年度)を対象にしたこの取り組みは、進研ゼミ中学講座のタブレット教材を生徒に1人1台配布。学校と家庭で活用することで得られる学習記録データを可視化することで、教育実践の改善を意識的に行っていくというものだ。
共同研究の概要
教育実践の改善を促すツールとして、なぜ紙媒体ではなくタブレット教材を選んだのか。中垣はその理由を次のように語る。
「タブレット教材で学習を進めると、紙媒体ではとることが難しかった学習記録を残すことができる。何時に取り組んだのかや、解くのにかかった時間など、結果にいたるプロセスを記録することができる。これを可視化して活かすことで、学びをよりよく変えることができるのではないかという仮説があった。」
「学習記録データの活用」と聞けば、多くの人が、テストの結果などで分かる「学力」の推移をまずは想像するだろう。しかし、ここでは「基礎学力の向上」と合わせて、自己効力感を含む「学習意欲の向上」の計測も試みてきた点が特徴的だ。
こうした特徴的な取り組みを実践した藍川中学校の教員や生徒たちは何を感じているのだろうか。
タブレット教材の導入に求められる、教員の意識改革と適応力
タブレット教材をはじめて導入する教育現場では、その使い方だけでなく、教員の意識や適応力も大きなカギを握る。藍川中学校での導入時期と同じ2016年度に着任した 本多 正明 校長は、導入前の心境を次のように話してくれた。
本多正明校長(藍川中学校)
「正直なところ、私はタブレット教材の導入に懐疑的だった。折しも、『学びの共同体※』の思想に則って子どもたちの協同学習を核とした授業構成にしていこうと考えていた時期だったため、集団で主体的に学び合うべき学校教育現場で、個人学習を促すツールともいえるタブレット教材がどれほどの役割を果たせるのか、なかなか想像できなかった。これまで紙媒体だったドリルや問題集が電子版になっただけだろうと当時の私が思い込んでいたことも、懐疑的になった一因かもしれない。」
※ 「学校は、子どもたちが学び育ち合う場所であるだけでなく、教師も専門家として学び育ち合う場所であり、保護者や市民も改革に協力し参画して学び育ち合う場所」というヴィジョンを掲げる取り組み(出典:学びの共同体研究会HP)
2017年度からタブレット教材導入学年の主任を務める 小川 欣也 教諭は、導入時には運用面での苦労もあったと話す。「最初は、使おうとしたときに保管庫から各自のタブレットを取り出して電源を入れてからネットにつながるまでにタイムラグがあったり、ネットにつなごうと思っても上手くつながらない端末がクラスに数台出たりと、環境面の要因でスムーズに活用できないことがあった。加えて、当初は教員も生徒もタブレット教材にあまりなじみがなかったため、どんな機能がついていてどんな学習ができるのか、手探りで進めざるを得ず何をするにも時間がかかった。ただ、教員よりも生徒の方が早くタブレット教材に慣れて、適応できるようになっていたかもしれない。」
まず授業からはじめ、その後授業外の学習へ
デジタル教材の画面
導入されたタブレット教材には、進研ゼミのデジタル教材が5教科分、毎月の学校の進度に応じてコンテンツが配信される。学習ユニットごとに、講義回と3レベルの演習(練習回、定着回、応用回)で構成されている。講義やそれぞれの演習は、1回(レッスン)あたり5~10分程度で終わるように設計されている。
小川欣也教諭(藍川中学校3年学年主任)
小川教諭は、自身の社会科の授業でタブレット教材を活用してきた。導入当初は、授業内でタブレット教材をどう活用すればいいのか見当がつかなかったというが、まずは予習や復習を目的として授業の冒頭に10分程度使ってみることから始めてみたという。
活用を重ねるなかで、授業内の利用よりも、朝学習の時間や休み時間、家庭学習での活用を促すようになった。藍川中学校ではかねてから毎日ノート1ページ分の家庭学習を課す取り組みがあったため、家庭学習の一端として、タブレット教材を用いた学習も認めるようにした。
生徒の学びに向かう姿勢を変える学習スタイル
タブレット教材の、学習ツールとしての効用や課題は紙の教材と違う。それが分かっていたからこそ、現場の教員には導入することへの戸惑いもあったのは前述したとおり。それでも、心理面や環境面、スキル面のハードルを少しずつ乗り越えながら、試行錯誤を重ねることで、だんだんと活用方法が見えてきた。
岐阜市立藍川中学校
本多校長も小川教諭も繰り返し口にしていたのは、「タブレット教材を用いた学習は、合う生徒と合わない生徒がいる。」という気づきだ。「今までの学習スタイルで成果を出せている生徒は、新しい学び方であるタブレット教材の利用に消極的な傾向があった。」という。一方で、従来的な学習スタイルがなじみにくかった生徒や苦手意識があって学習に向かえなかった生徒たちは、ノートに書く以外の方法で学べる目新しさなどからタブレット教材を積極的に使う傾向があったそうだ。実際、タブレット教材を活用する生徒からは次のような感想を聞くことができた。「何となく、ノートやシャープペンを取り出して勉強に向かえないときにはタブレット教材を使う。気楽に勉強に向かいやすく、ご飯の前などのちょっとしたすきま時間にも取り組める。」
教科によって、タブレット教材との親和性に特徴があることも見えてきた。社会科を担当する小川教諭は、「特に、社会科の講義(動画)には資料が豊富に盛り込まれており、短時間で効率的に学べるからオススメだと生徒たちに話している。普段勉強をあまりしない子も、家でタブレット教材の講義だけは見たりしているようだ。」と話す。従来の学習方法にタブレット教材という新たな学習方法が加わったことで、それまで学ぶことに意欲を持ちづらかった生徒にも、「これでやってごらん」と教員が提示できる手段が増えたのだ。
生徒からも「教科書や参考書はずっと文章が続くが、タブレットは単元やレッスンごとの区切りが細かく設定されていて取り組みやすいし、図や絵も多いので最後までやろうという気になる。」という声が上がっている。
短期サイクルでの学習指導を可能にする学習記録表(SP表)
生徒たちがタブレット教材で取り組んだ学習の記録データは、生徒ごとに取り組んだ問題や問題の正誤、取り組み時刻やかかった時間、解き直しの有無、正答率などの学びのプロセスに関する情報がすべて記録される。このデータを教員が活用できるように、分析し、まとめたものが「学習記録表(以下、SP表)」だ。SP表はStudent(学生)とProblem(問題)の頭文字をとって命名されたものであり、その基礎には今から数十年も前からの蓄積がある教育工学分野の研究がある。
学習記録表(SP表)
SP表は、ベネッセ教育総合研究所が作成し、共同研究の期間中、1~2週間から1か月くらいのスパンで藍川中学校へ届けられた。これまで、教員は授業中の様子や提出された宿題を通じてしか生徒たちの学習行動を知ることができなかったが、SP表を活用すれば、朝学習や家庭学習なども含めてタブレット教材を用いた学習プロセスと、その結果を知ることができる。
さらに、ほぼウィークリーやマンスリーといったサイクルで生徒たちの学習結果を知ることができるため、つまずいている生徒が多い単元は授業で補足説明をするなど、定期テストを待たずに迅速な対応をとることも可能だ。「指導サイクルに当てはまらなければ、いくらSP表があっても、忙しい教員の皆さんに活用してもらうことは難しい。」と語る岡部は、忙しい先生方が見ても、クラス全体や個々の生徒の課題が即座に分かるように色付けしたり、クラス全体で正答率が一定割合以下の問題をピックアップしてSP表に添付するなど、教員にとってより使いやすくなるよう工夫を重ねた。その結果、「当初はSP表の読み込みに非常に時間がかかり、つい後回しにしてしまって授業に十分活かすことができなかった。」と語る小川教諭も、徐々にSP表を授業やテストづくりに活用できるようになったのだという。
SP表で学習のプロセスと結果が可視化されることで、教員同士も生徒の学びについての話をしやすくなった。「隔週で各学年の担当教員が集い、生徒たちの学びについて議論する『学びの会』などを見ていると、教員の『生徒たちの学びをみる目』が育ってきているように思う。この一端には、SP表の事実データも参考に生徒たちの学習行動をみるようになったことも影響しているのだろう。」と本多校長は話す。
学びの量と質を向上させる教員の働きかけの材料にも
小川教諭は、SP表を通じて生徒たちの学びを継続的にみるなかで、学習量だけでなく、学習の「質」の重要性にも気づいたそうだ。「タブレット教材を導入して2年目の後半からは、間違えた問題に正解するまで取り組む、いわゆる『解き直し』をしているかどうかを注視するようになった。生徒たちには、間違えた問題をそのままにするのではなく、確実に解けるようになるまで繰り返し取り組むよう促した。ただ単に学習時間や解く問題の数を増やすのではなく、解き直しを確実に行うことが学力向上につながる。このことは、これまでの本取り組みを通じたデータ分析からも明らかになっている。」
実際に、タブレット教材で学習の手ごたえを感じているという生徒からは、「間違えをそのままにしておくと何も伸びないと自分で気がついた。解き直しを意識して取り組むようになって分かる問題がだんだん増えた」という声が出ている。主体的な行動が成長実感につながっている事例だ。
「行動」を認められることが「自己効力感」につながる
「解き直し」を促すことは、学力の向上だけでなく、生徒たちの自己効力感を高めることにもつながっている。
「『解き直しをしたか否か』という視点で生徒たちの学習を見ることは、自分の意志でコントロールしやすい『行動』の側面を見ていると言い換えることができる。テストのように生徒たちの意志で短期間に成果がコントロールしづらいものではなく、自分の意志である程度コントロールできる『行動』を認めることは、その後の学習量の増加などプラスの効果を生みだしている。」と岡部は話す。これは「解き直し」に限らず、本取り組みにおけるタブレット教材を用いた学習全般について同じことがいえるだろう。
また、SP表を通じて教員が学習記録データを定期的にチェックし把握していることも、生徒たちに程よい緊張感を与えているようだ。「教員が自分の学習記録データをみている」「教員は成績だけじゃなく、学習の取り組みそのものをみて、評価してくれる」「教員の期待に応えたい」という感情が、タブレット教材を用いた学習という「行動」をとる原動力となり、その行動が「やればできる」という自己効力感を高めるというサイクルを回すことにつながっていく。
取り組みのサイクル
生徒自身の内省が、さらなる「自己効力感」につながる
このように教員が生徒の自己効力感を間接的に高める仕組みも大切だが、最終的にはやはり生徒自身で自己効力感を高めながら学習を続けられるようになることが重要だ。そのために導入しているのが、生徒向けの「フィードバック票」だ。
フィードバック票
このフィードバック票も、SP表と同じく、生徒たちが自分自身を客観視し、自己効力感を高めるきっかけとして使えるようにと改訂が重ねられてきた。
たとえば、当初は個人の学習量を中心としたデータ分析結果を記載していただけだったが、タブレット教材の活用や解き直しなど、行動面での伸びを褒めるマークをつけるようになった。これには、「前より頑張った」ことを生徒自身が認識でき、その嬉しさを自己効力感につなげる意図があった。
さらにその後の改訂では、生徒たち自身での振り返りや目標の設定がしやすいよう、データ分析の結果だけでなく、その結果を受けて生徒自身が振り返りをしたり、次の目標を立てたりできるような枠を設けた。また裏面には、初回正答率の低かった単元や復習しておくことが望ましい単元を示し、生徒たちが振り返りや目標を書く際に参照できるようにしている。
このフィードバック票について、生徒からは「自分がどれだけ取り組んだのか、数字で示されるので分かりやすかった。」という声があった。また、「振り返りや目標を書いて提出する点は面倒だと感じる面もあるが、自分で考えることはよいと思う。」と、慣れないことに苦労しつつも、前向きに取り組もうとする姿勢がみられた。
「フィードバック票を渡されると、ショックを受けて勉強に消極的になってしまう子が多いかなと想像していたが、『やらなきゃいけない』と前向きに考える子が意外と多かった。これはやはり、フィードバック票の内容が通常のテスト結果のような評価に関わる内容のものではなく、自分自身の『行動』が数値化されたデータだからだろう。フィードバック票を見て内省し『行動』を起こせば、必ず次のフィードバック票に成果は表れる。だから、フィードバック票の内容を素直に受け止めている子が多いのだろう。」と小川教諭は語る。
このように、他者との比較ではなく、自分自身の取り組みやその結果、つまり過去の自分自身を基に振り返りをしたり目標を立てたりすることは、着実に自己効力感につながっている。「藍川中学校の生徒は、あまり自己効力感が高くないように感じていた。しかし、タブレット教材を使った学習を始めてから、研究実践期間中に実施したアンケートでは『勉強はやればできるという自信がついた』『努力すれば、自分もたいていのことはできると思う』と答える生徒が徐々に増えている。驚きを感じるとともに、本当に嬉しく思っている。」と本多校長は話す。
中垣によると、勉強のやり方が分からなかった生徒ほど、「やってみたらできた」という経験を経て自己効力感が高まると、目標が持てて勉強を続けてみようという姿勢になりやすいのだという。
タブレット教材が学習方法の主体的な選択を促す
「やってみたらできた」という経験をするためには、適切な学習方法を選択することも重要だ。藍川中学校では、タブレット教材を使った学習を取り入れたことが、自分に合った学び方を生徒自身が模索するきっかけにもなっている。ある生徒は、数学では問題はノートとタブレット教材を併用して解くが、理科や社会はリラックスしながら家のソファーでやったりすると教えてくれた。また別の生徒は、「数学では、間違えたら解説を読み、なぜ間違えたかを考え、解き直しを行っていた。その過程はノートに書く。ノートに書いた方が記録として残り、あとから遡ることもできるのでよいと思う。」と話す。
こうした生徒たちの姿を見て、本多校長は感心したという。まず、新たな学習ツールであるタブレット教材を自分の学習の一部として、苦手や課題の解決方法として自ら選択して取り入れる力を生徒たちが持っていることに気づかされたそうだ。さらに、「社会科をやる」のではなく、「自分は社会科のこの単元を学ぶんだ」とか、「まずは演習に取り組んでみて、できなかったら講義を復習しよう」といったように、自分が必要とする学習とその方法を模索する姿にも驚いたと話す。
「タブレット教材を導入した当初は、授業時間を使ってクラス全員で取り組んでいたため、ある程度の強制力が働いていたはずだ。しかし、特に小学校の頃から学習習慣が身についていなかった生徒たちは、タブレット教材の導入でこれまでとは異なるかたちでも勉強できることを知り、学習に前向きに取り組めるようになったのではないかと思う。これがタブレット教材を取り入れた一番の効果だと感じている。2年間タブレット教材を用いた学習をしてきた現3年生の全国学力・学習状況調査の結果は、昨年度の3年生と比べて高くなっている。学力の向上にもつながっていると感じている。」と本多校長は話す。
次期学習指導要領とタブレット教材の可能性
タブレット教材の導入により、学習方法の選択肢は増えたといえる。しかし、さらに生徒たちの学びの選択肢を増やすためには、どんなことができるのだろうか。この点について、本多校長は自身の考えを次のように語る。
「『学びの共同体』を提唱した佐藤学氏が、『基礎問題ばかりを繰り返していても基礎は身につかない。少し難しい発展問題を解こうとしたときに初めて基礎が活きる。』という趣旨のことを述べられている。自分も同感で、基礎と発展を行き来しながら柔軟に学んでいける仕組みが大切なのだと考える。」
中垣によると、教材は、前述のとおり講義回と演習(練習回、定着回、応用回)で構成されているが、生徒たちは必ずしも基礎問題から始めるのではなく、理解度に応じて定着回や応用回から取り組んでいる生徒たちもいるという。「次期学習指導要領などで求められる探究学習などで、実践的な課題に向き合ったとたん、知識がないと解決できないことを実感することになる。必要実感のある学びを自分で選択的に組み立てられることが、取り組みやすい教材として役立ててもらうポイントだと考えている。」
主体的な学び合いで学校教育をより豊かに
藍川中学校内の校長室前に置かれた、本多校長直筆のメッセージボード
タブレット教材を用いた学習と並行して、子どもたちの協同学習を核とした授業を展開する「学びの共同体」にも取り組む藍川中学校では、2018年度にその両方を掛け合わせた取り組みを実施している。朝学習の時間に3~4名の小グループを作り、タブレット教材を使った学習を行う。それぞれの生徒が課題に取り組むが、分からないことはグループのメンバーに聞くよう促す。ときには、フィードバック票を見せ合いながら、振り返りや目標を書くこともある。「教員が説明するよりも、生徒同士で教え合ったり助け合ったりする方が互いに影響力があるし、学びが深まりやすい。」と小川教諭は話す。
それぞれの生徒に合った学び方が可能なタブレット教材は、確かに最終的には個人ベースで学習に活用することの方が多い。しかし、タブレット教材をただ使うのではなく、学習記録データの活用次第では、集団での学びを深めることも可能であると藍川中学校の事例は物語っているのではないだろうか。
Editor's eye
藍川中学校の取材を通じて、生徒たちは「自己との向き合い」と「他者との学び合い」の2つを繰り返すことで、自己効力感が強化されているのではないかと感じた。
まず、自身の行動とその成果が可視化されたフィードバック票を見て「やればできる」という自己効力感を得ることができる。さらに、クラスメイトとタブレット教材を用いた学習について話したり、フィードバック票や学習計画を見せ合いながら話し合ったりすることで、成果を高めるよりよい方法を探し、実践につなげる。これらを繰り返すことで徐々に自己効力感が高まり、自律した学習者へと成長していくのではないだろうか。
クラスメイトに自分のフィードバック票を見せるという行為には、抵抗を感じる生徒もいるかもしれない。それを自然に実践できている藍川中学校の3年生は、本多校長の言葉を借りるならば「互いに切磋琢磨し、『関わり合う力』を身につけている」のだろう。こうした環境があるのも、タブレット教材一辺倒ではなく、常に教育の本質を考えながら学校運営がされていることの表れだと感じた。
※プロフィールや所属団体などは取材時のものです。
【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 高藤さおり、山藤諭子、柳田善弘