2018/12/10

【学びに向かう挑戦】第2回 「学びに向かう力」を見取り、育み、つなぐために(後編)

前回その教育実践を紹介した認定こども園あかみ幼稚園(栃木県佐野市、以下「あかみ幼稚園」)と佐野市立赤見小学校(以下「赤見小学校」)が実施している幼小連携と、それを支援する佐野市教育委員会、栃木県幼児教育センターを取材した。

子どもたちは大人が思うよりも“デキる”

阿部文子教諭(赤見小学校教務主任)
阿部文子教諭
(赤見小学校教務主任)
あかみ幼稚園と赤見小学校は、2014年から幼小連携を実施している。具体的活動は、幼稚園の保育者が小学校へ、小学校の教員が幼稚園へそれぞれ赴いて互いの保育や授業を参観したり、双方の教職員が参加する定例会を開催したりすることだ。
こうした連携の成果はいくつもあるが、小学校にとっての最も大きな成果の1つとして、赤見小学校の 阿部あべ 文子あやこ 教務主任は係活動の決め方の変化を挙げる。当初、赤見小学校では決まった係に子どもたちを割り振っていたが、主体性を大切にするあかみ幼稚園の当番の決め方に刺激を受け、まずは係を決めずにスタートすることにした。あかみ幼稚園と同じく、やりたくて手を挙げる子どもたちが多すぎるという状況になって初めて、どのような係が必要で、誰がその係を担うかを決めるのだ。
河内百合子教諭(赤見小学校2年生担任)
河内百合子教諭
(赤見小学校2年生担任)
2年生の担任である 河内かわち 百合子ゆりこ 教諭は、「幼稚園に足を運んで園児たちの様子を見ることで、子どもたちができることの幅の広さを実感できるようになった。特に小学校低学年の子どもたちを“小さい子扱い”してしまう傾向にあったが、できることはなるべくやらせるようにすることで、子どもたち自身の自信にもつながっている。」と話す。1年生の担任である 小川おがわ 友里絵ゆりえ 教諭も、係を決める前から自発的にクラス運営に関わろうとする子どもたちの前向きな姿勢を感じている。
子どもたち自身で係を決めると、そのクラス独自の係活動も始まるという。子どもたちの発案で「靴を揃える係」や「お誕生日係」が設けられた。各係の担当業務も子どもたちのアイデアによって発展していく。たとえばお誕生日係は、クラスメイトの誕生日に給食の牛乳で乾杯の音頭をとるところから始まったが、その後お手紙を書くようになったり、プレゼントを作って渡すようになったりと、活動内容が徐々に変化している。
係活動については、子どもたちを巻き込んで定期的に見直す機会を設ける。学期の途中であっても、係やその担当業務を見直す必要はないか、子どもたちから意見を募り、それを反映していく。「こうした主体性を生かした係活動がスムーズに運営できるのは、当番活動をはじめ、たくさんの経験をしてきた幼児期の教育のおかげだと感じている。」と河内教諭は話す。

育んだ子どもたちの主体性をつなぐ連携カリキュラム

小学校側の視点で幼保小連携を考えるとき、一般的には生活科が幼保との接続を担う教科とされる。あかみ幼稚園と赤見小学校では、「知・徳・体」をキーワードとした連携カリキュラムを共同で作成しているが、接続を担う教科は生活科だけに留まらないというのが現場の認識だ。
あかみ幼稚園と赤見小学校の連携カリキュラムは、5歳児の1~2月を「幼児期」、3~4月を「接続期」、5~6月を「児童期」として、それぞれの時期における「具体的活動例」「大切にしたい子どもの姿」「日常の指導・具体的配慮等」が細かく示されている。また、接続期のキーワードとして「期待・憧れ」を重視しており、この言葉が幼児教育と小学校教育の間に大きく記されている。独自に開発されたこの書式は、他都道府県の事例調査や栃木県幼児教育センター(以下、「幼教センター」)の知見を踏まえて試行錯誤しながら生み出されたものだ。
連携カリキュラム(一部)
あかみ幼稚園と赤見小学校合同で作った連携カリキュラム
あかみ幼稚園と赤見小学校合同で作った連携カリキュラムのうち、「知」に関するもの
	小川友里絵教諭(赤見小学校1年生担任)
小川友里絵教諭
(赤見小学校1年生担任)
小学校1年生の担任として小学校教育のスタート部分に携わる小川教諭は、あかみ幼稚園卒園生の図工の授業における姿勢や能力に特に感銘を受けているという。自発性や意欲、創造力や工作の技術など、日々ものづくりを行っていた幼稚園時代に身につけたものが、小学校の生活や教科学習などさまざまな側面で垣間見えるという。
河内教諭は、幼児期に遊びとして楽しく文字を書いていた経験が、小学校で字を学ぶ際のモチベーションにつながっていると感じている。文字を書く楽しみを感じているからこそ、「小学校では、ちゃんとした字を書けるようになろう」と意気込み、文字の練習に前向きに取り組んでいるのだという。
同様のことは、あかみ幼稚園卒園生の保護者も感じている。小学校4年生の娘を持つ保護者は、家庭での子どもの様子について次のように語ってくれた。「小学生になった今でも、家でものづくりをしている。紙ですべてのものを作れるかのような創造力には、とにかく驚かされる。文字や計算についても、お店の営みなどを通じて幼稚園時代から自然と触れてきたからか、小学校にも抵抗なく順応しているように見える。」
あかみ幼稚園と赤見小学校が連携を始めた当初、幼教センターの職員として関わっていた 高木たかぎ 恵美えみ 氏(現在は宇都宮市立富谷小学校副校長)は、学習指導要領の改訂が幼保小連携の追い風になると考える。これまで一般的には生活科という教科の範疇でしか語られることのなかった幼保小連携だが、次期学習指導要領では総則でスタートカリキュラム※1に言及され、生活科に留まらない学校全体での対応が求められるようになったインパクトは大きいからだ。
※1 幼保小連携においては、「幼児期の学びが小学校の生活や学習で生かされてつながるように工夫された5歳児のカリキュラム」をアプローチカリキュラム、「小学校入学後に実施される合科的・関連的カリキュラム」をスタートカリキュラムと定義している。

幼保小連携のために必要だった共通言語

高木恵美氏(元栃木県幼児教育センター職員、現宇都宮市立冨屋小学校副校長)
高木恵美氏
(元幼教センター職員、現宇都宮市立富屋小学校副校長)
高木氏は、あかみ幼稚園と赤見小学校の連携が円滑に行われるようになった理由の1つとして、第三者である幼教センターの職員がつなぎの役割を果たしていたことを挙げる。公立小学校は市町教育委員会が管轄し、栃木県下で大多数を占めている私立の幼稚園・保育所などは各々の法人が主体となり運営されているため、管轄の違う双方を知る立場として幼教センターが両者をつなぐ役割を担うのだ。「赤見小学校の校長が保育参観後に発した第一声『幼稚園の先生は、いったい何をしているんですか?』から始まった取り組みが、3年継続することで、前述の連携カリキュラムに可視化されていく過程に関われたことは、幼教センターにとっても大きな財産であるが、何よりも栃木県の子どもたちにとっての幸せにつながったと実感した。」と高木氏は語る。
幼教センターは、栃木県の幼児教育の中核施設として平成14年4月に設立された。幼児教育を充実させるための体制整備に加えて、幼保小連携を通じて、幼児期の豊かな学びを児童期にもつなげたいという期待が設立当時からあったという。
幼教センター副主幹の 前原まえはら 由紀ゆき 氏は、「センターという形で幼保小連携をサポートする体制を整えている自治体は、全国にあまりないのではないか。」と話す。
前原由紀氏(栃木県幼児教育センター副主幹)
前原由紀氏
(栃木県幼児教育センター副主幹)
前原氏が幼教センター最大のミッションとして考えているのは、やはり「つなぐ」ことだ。国公私立、幼稚園・保育所・認定こども園(以下、この3つをまとめて「幼稚園・保育所など」と呼ぶ)といった枠組みを超えて、すべての幼稚園・保育所などに門戸を開いた研修を実施し、横のつながりを意図的に作る。幼児教育だけに留まらず、小学校の教員ともなるべく多く接触を図ることで、幼児教育と小学校教育をつないでいく。さらに、市町の教育委員会と保育主管課といった関連する行政組織の横のつながりや、行政と現場のつながりも意識する。
幼教センターは、年に1回、幼稚園・保育所などの保育者と小学校の教員を集めた合同研修を開催している。 「研修を通じて、特に幼児教育での取り組みが言語化されるようになったことで、保育者と教員の相互理解が深まり、距離も縮まってきた印象を受けている。また、幼児教育からヒントを得たいと考える小学校教員が増加傾向にあり、合同研修の場だけでなく、日常的なコミュニケーションの活性化にも一役買うようになってきている。」と高木氏は語る。
保育者は小学校で、小学校の教員は幼稚園・保育所などで子どもたちの様子をそれぞれ見て、そこで得た学びをそれぞれの視点から語ることの重要性を感じている。そして、「こうした研修を通じて、徐々にではあるが、幼保小連携の必要性を感じて自分たちで変えていこうとする動きが、数年前から栃木県全体に出てきているように思う。」と前原氏は語る。

すべては子どもたちの未来のために

前原氏は、幼教センターの今後の重点施策として、学習指導要領の改訂を踏まえた幼保小接続期教育の充実を挙げる。「接続期は、本来であれば子どもたちの期待も高まり成長するチャンス。幼児教育と小学校教育との違いは現状確かにあるものの、決して乗り越えられないものではなく、教員のマインドセットと指導の工夫で必ず豊かな学びの機会にすることができるはずだ。」と意気込む。
小林美穂氏(佐野市教育委員会学校教育課)
小林美穂氏
(佐野市教育委員会学校教育課)
幼教センターと同様、行政側からあかみ幼稚園と赤見小学校の連携に携わる地元、佐野市教育委員会学校教育課の 小林こばやし 美穂みほ 氏も、次期学習指導要領を見据えた幼保小連携の進展に次のように期待を寄せる。
「幼児期に友達と関わりながら豊かな経験をしていることが、小学校以降の主体的・対話的で深い学びにつながっていくことは、これまでのあかみ幼稚園と赤見小学校の連携からもすでに実感し始めている。今後の更なる発展に向けて、保育者と小学校の教員が、育てたい子どもの姿の共通認識を図ることが重要だと感じている。」
栃木県はその「教育振興基本計画2020」で県下の全小学校において、幼児教育の成果を生かしたスタートカリキュラムを編成し実施することを目指している。こうした県の指針を受けて、幼教センターは県内各地域での幼保小連携にさらに力を注いでいくという。
あかみ幼稚園いちょう組でかき氷屋さんを営む子どもたち
あかみ幼稚園いちょう組でかき氷屋さんを営む子どもたち
一足先に幼小連携を進めてきたあかみ幼稚園の中山理事長は、「幼保小連携も大切だが、その前提として接続前に教育・保育要領に則った幼児教育がきちんと行われていることも重要。この“きちんとした幼児教育”を行うことが意外と難しいのではないかと感じている。自分としては、まず栃木県佐野市というこの場所から、幼保小連携の前提となりうる幼児教育を着実に実行していきたい。」と意気込みを語った。
OECD(経済協力開発機構)も、加盟諸国がそれぞれの強みを生かしながら、幼児教育の効果や社会情動的スキルを含めたプロセスの質に関する研究に取り組んでいる。少子化が進み、地域社会が変化していく日本において、子どもに豊かな経験を提供できる場としての園・学校や地域の連携・在り方とはどのようなものかを考えるうえで、幼保小連携の取り組みはますます重要である。多様な関わり方を関係者で検討していくことが必要ではないだろうか。

Editor's eye

子どもたちと一緒に作った予定表に沿って園生活を行うことで育まれる「生活習慣」、自分たちがやりたいと思うお店を創って営むことで育まれる「学びに向かう力」、お店を営むなかで自然と触れる「文字・数・思考」。あかみ幼稚園で過ごす子どもたちを見ながら、この3軸が影響を与え合うものだと改めて実感した。加えて、あかみ幼稚園の卒園生たちが、赤見小学校入学後も授業やクラス運営に前向きに取り組んでいるという話を聞き、まさに幼稚園で育まれたものが小学校の「学習態度」に影響を与えていることを感じた。単に形式的な交流を図るだけではない、実質的な幼保小連携が行われているからこそみられる成果ではないだろうか。
こうした価値ある幼保小連携が実現するまでには、たくさんの大人たちの試行錯誤があった。子どもたちの主体性や意欲を尊重し生かすため、子どもたちが自分で考え、主張し、決断する機会を存分に設ける。しかしそれは、子どもたちにすべてを丸投げするというのではなく、大人が陰で必要なサポートを見極めながら、必要に応じてそっと手を差し伸べることを意味する。あかみ幼稚園にも、赤見小学校にも、そして第三者として関わる幼教センターや佐野市教育委員会にも、それぞれの立場から主役である子どもたちのことを強く想う大人たちがいた。
※プロフィールや所属団体などは取材時のものです。
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