2017/02/02

「発達障害のある人たちの就労に関わる問題」 株式会社Kaien 鈴木慶太代表取締役編【後編】

 一般企業への就職を目指す障害者が利用できるサービスのひとつが、「就労移行支援」です。株式会社Kaienは、発達障害のある人に特化した就労移行支援サービスを展開し、事業を拡大しています。
 (株)Kaien(以下Kaien)代表取締役の鈴木慶太氏のお話の後編では、Kaien独自の就労プログラムや、発達障害のある人を取り巻く社会の移り変わりについての鈴木さんの考察をご紹介します。

必要なのは共感ではなく、情報整理などの具体的支援

 発達障害は、大きなくくりでは「精神障害」に分類されることが多い。しかし、うつや不安障害といった精神障害と発達障害とでは異なる点が多いと、Kaien代表取締役の鈴木さんは言う。
(株)Kaien 代表取締役 鈴木慶太氏
 まず違うのは、うつや不安障害はストレスなどの心理的要因がきっかけで後天的に発症することも多いが、発達障害は脳の中枢神経系の機能障害であり、生まれつきのものであるため、環境により発症するものではないということだ。
 また、「心の病」とも呼ばれることのあるうつや不安障害などの場合、他者による共感や傾聴は非常に重要だが、発達障害は心の病ではないため、当事者に共感を示すよりも、脳が情報を処理しやすいように伝えるといった具体的な支援の方が有効な場合がある。「人の言うことがよくわからない、空気が読めないというところに共感しても、『共感するよりも、空気を読めるようにしてほしい。人の言うことがわかるようにしてほしい』となるので、視覚化や構造化、単純化といった手法で対応することが重要です。」と鈴木さんは話す。

カーナビのように支援する

 発達障害の人たちに有効な支援の一つが、情報整理の支援だ。Kaienではこれを「カーナビのように支援する」と表現し、実施している。「あなたの現在地はここで、ゴールはここ。ゴールまでのルートはこうなっていて、推奨する道はこちらだから真っ直ぐ進みましょう。このような情報整理が、発達障害のある人には有効な支援になります。」と鈴木さんは教えてくれた。
 情報を整理するうえでまず必要なのは、時間軸と作業手順の見通しを示すことだ。そのうえで、どの程度まで情報を細かくするかは、利用者の状況次第だという。「右に曲がれ」という指示で通じる人もいれば、「ハンドルを30度傾けて」「ブレーキを1センチ踏んで」というところまで情報を細かく分けて指示を出さないと、指示の意図が読み取れない人もいる。
 こうした支援手法は、心に寄り添うケアが重視されてきたこれまでの福祉サービスのなかではあまり実施されてこなかったのではないかと鈴木さんは考えている。また、こうした支援を実施していくには、支援スタッフにも論理性や独自のノウハウの積み上げが必要なため、これまでの福祉の現場で培われてきたスキルとは異なるスキルが求められる。ゆえに支援実施のハードルは高いが、発達障害の人の就労プログラムとしての効果は出ていると鈴木さんは感じている。

Kaienの職業訓練

 「カーナビのような支援」は、Kaienで実施している職業訓練のなかでも有効だ。Kaienには30を超える職種に対応した職業訓練プログラムが用意されており、それぞれのプログラムを通して利用者が「ためしに仕事をしてみる」経験を積めるようになっている。各職種で個別のシチュエーションが用意され、職場の疑似空間のなかで実践を重ねながら、利用者はビジネスに必要な知識やスキルを体得していく。「たとえば営業ゲームといって、利用者がお互いに営業をしあうプログラムのなかで、電話のかけ方を学んでいきます。『こういう風に電話をすればうまくいくんだ』ということを、体験しながら学んでいくんです。」
営業ゲームに取り組む利用者たち
 利用者が実践を重ねるなかで、間違っている点や改善したほうがよい点があれば、スタッフが都度指摘をする。指摘をする際には、「なぜそれがだめなのか、どうすればよいのか」といったことをきちんと説明する。そしてまた、実践をする。「実践してみて、すぐに振り返ってもらう。PDCAサイクルを早く回すともいえますが、サイクルを細かく回していくことが、発達障害のある人には特に重要だと考えています。」と鈴木さんは話す。
 ビジネス環境は変わっていくので、職業訓練の内容はなるべく更新をするが、本質的なところはあまり変わらないことが多いという。上司からの指示を受け止めて、指示を自分のタスクに分けて優先順位を付ける。わからないことがあれば相談や質問をしながら仕事を進め、タスクが終わったら完了報告をするという仕事の流れはどんな職種でも、職場でも共通している。一方で、仕事で使うツールや、企業や社会の期待度や要求度などは変わるため、それまでは許容されていた働き方や考え方が許容されなくなることはあり得る。こうした企業側の変化を職業訓練に反映させるため、企業側の情報収集も熱心に行っている。職業訓練のために開発した支援策やその運用ノウハウは、Kaienが発達障害のある小中高生向けに実施している放課後等デイサービス「TEENS」のお仕事体験にも生かされている。

自分の苦手さに気づくことの重要性

 職業訓練のなかで、利用者には自分の「苦手なこと」にも気づいてもらえるよう、工夫をしている。発達障害のある人のなかには、他者の意図や感情を読み取ることが苦手であるにもかかわらず、自分自身が「他者の意図や感情を読み取れていない」ことに気づいていない人もいる。障害ゆえに、自分の言動に客観性を持ちにくいからだ。こうした場合は、訓練のなかで上手に失敗経験をさせてあげることが有効だという。
 「自分の言動を客観視できる状況を作ってあげて、自分の言動を現実のものとして本人が受け取れるように再現してあげることが重要です。たとえば営業ゲームのなかで、電話口で相手をののしるような話し方をしているのに、本人は会話に没頭していてひどいこと言っていると気付いていない場合があります。こうした場合、相手からのフィードバックで『君からは買いたくないよ』と言ってもらうと、自分の言動がひどいということを事実として受け止められます。会話の様子をビデオで撮影して見てもらうことで、客観視を促すこともあります。」
 心理学の世界で使われる「ジョハリの窓」という概念がある。このうち、「他者は知っているのに自分は知らない自分」の領域を「盲点の窓」と表すが、発達障害のある人のなかには、「盲点の窓」の領域が大きい人がいる。だからこそ、訓練で自分の言動を客観視することで「なんとなく気づいていたけれどわからなかった自分の姿を、はっきり示してくれてよかった。」という人がいるという。相手に対する配慮や礼儀ということから、日本社会では他者の言動に対する指摘はなされないことも多い。ゆえに、Kaienのような「安心して失敗できる場」で自分の「盲点の窓」を知り、改善点をはっきりと示してもらうことで初めて、自分自身を変えていくことができる。
ジョハリの窓
 ただし、「盲点の窓」や「苦手なこと」を認識してもらう際には、伝え方も重要だ。発達障害自体は心の病気ではないが、不安障害やうつなどの二次障害がみられる場合は、「知らなかった自分」を知ることで必要以上にショックを受けてしまうこともあるので、利用者の状況をみながら、適切な支援ができるよう配慮を欠かさない。

動的コミュニケーションの経験を積み上げていく

 Kaienでは、コミュニケーションを「静的コミュニケーション」と「動的コミュニケーション」の2つに分けており、職業訓練のための各種プログラムでは、特に動的コミュニケーションについて経験を重ねていけるようにしている。なぜなら、実際の職場では動的コミュニケーションが求められる場面は非常に多い一方で、発達障害のある人は動的コミュニケーションの苦手な人が多いからだ。
Kaienの就労支援プログラム 3つの目的
  1. 障害を認めさせるのではなく、凸凹を理解し生きやすくする自己認知
  2. 「(一人)ぼっち就活」を防ぐ仲間づくり
  3. 動的なコミュニケーションを学び、現代職場への順応力強化
 動的コミュニケーションでは、即時の行動や臨機応変な対応が求められたり、相手や状況に応じて正解が変わったりする。一般的に、人はさまざまなコミュニティに属し、多様な人とのやりとりを通して動的コミュニケーションの方法を学んでいくが、発達障害のある人はコミュニティに入ること自体が難しく、学びの機会を得てこなかった人も少なくない。だからこそ訓練の場で、簡単すぎず難しすぎないような環境で仕事を疑似体験しながら、動的なやり取りをトライアンドエラーで学んでいくという手法が有効になる。

支援時の二次障害への配慮

ジョハリの窓
スタッフは個別面談などを行いながら、利用者の状況理解に努める
 支援のあり方を検討する際に、二次障害への対応は欠かすことのできない配慮だ。発達障害が原因で就労に困難を持っている人たちのうち、約4割が二次障害を抱えていると鈴木さんは話す。二次障害の原因はさまざまで、親をはじめとする親しい人からの無理解や度重なる叱責、ときには虐待やいじめなどもある。二次障害があるかどうかの見立ても含め、当事者と面談し、事実情報を積み重ねて、今就労移行支援を利用して就職を目指していい段階なのか、それとも医療のケアを受けながら生活リズムや自尊心を取り戻すことを優先させた方がいいのかを判断していく。
 たとえば、適応障害や不安障害が強い場合、それらがある程度治まってから就職の準備をするよう、当事者に促すこともあると鈴木さんは話す。発達障害が原因でいじめられてうつ状態になっていたり、発達障害があるのに「他の人と同じにしなきゃいけない」という強迫観念があるから不安障害や強迫障害になったりしている場合もある。二次障害と発達障害の関連を注意深く探ったうえで、支援のあり方を考えなければならない。

発達障害の人に向いている仕事

 これまで、延べ約500人の発達障害のある人を一般企業就労へと結びつけていた経験から、鈴木さんは発達障害のある人に向いている仕事の職種傾向をまとめている。もちろん、職種の向き不向きは障害の程度や内容、二次障害の有無や個人の好き嫌いによって変わるため、こうした情報はあくまでも参考でしかないが、障害を「特性」にして職に就くという発想があることは知っておきたい。
発達障害のある人に向いている職種
経理
財務
法務
プログラマー
プログラムテスター
CADオペレーター
コールセンタースタッフ
テクニカルサポートスタッフ
 経理や財務、法務などは、法律や法令、業界団体のルールに則って仕事をすることが原則となるため、作業を地道にコツコツと進めることが得意な傾向のある自閉症スペクトラムのある人には向いている場合がある。発達障害のある人のなかには視覚情報をもとに物事を考えることが得意な人も多いので、CADオペレーターも向いている職種のひとつだ。
 プログラマーやテスターも向いている人がいるが、システム開発において他者とのコミュニケーションが要求される仕事は苦手な人が多いため、システムエンジニア(SE)は向いている職種には入れていない。コールセンターやテクニカルサポートのスタッフは、マニュアル通りに話すことが得意な自閉症スペクトラムのある人には、適任の場合があるという。
 ADHDの人は繰り返しミスをしやすい傾向があり、ミスをすること自体は多くの職場でマイナスの評価を生みやすい。けれど、好きな仕事や没頭できる仕事ほどミスを減らすことができるため、特にADHDのある人は好きな仕事に就くことがとても重要だと鈴木さんは言う。
 Kaienの就労移行支援サービスを利用して一般企業に就職する場合、企業内の障害者雇用枠で就労する人が多い。こうした枠のなかでは事務補助、軽作業、およびITサポートやシステム管理などの専門職といった職種が多いという。これら以外の職種に就きたい場合は企業の通常採用枠(一般枠)での就職を目指すことになるが、Kaienを通じて通常採用枠で就職する人の割合は約5%。非常に狭き門になっているのが現実だ。

時代や地域が変わると、発達障害の該当者も変わる

 Kaienには、働き始めてから発達障害の診断を受ける人が多いことは前編でふれた。言い方を変えれば、こうした人は働く前まではなんとかやってこられた、ともいえる。
 発達障害そのものは脳の中枢神経系の機能障害からくるため、生涯を通じて障害の程度が変わることはない。しかし、子どもの頃は発達障害の特徴が目立たなかったが、大人になると目立つということはあり得るし、障害による「困り感」も年齢や環境によって変わる。なぜなら、本人が変わってなくても、時代や場所によって社会の方が変わってしまうからだ。
 東京をはじめとする大都市圏は、地方に比べて「普通」の範囲が狭いので発達障害のある人は生活していくのが大変だし、障害が顕在化しやすいと鈴木さんは話す。たとえば発達障害のある人のなかには、感覚過敏といって音や匂いなどに影響を受けやすい人がいるが、人の多い都市部では人との距離間も狭いため、感覚から逃げることが難しい。発達障害のある人は体力のない人たちが多いのに、都市部で仕事をすると電車での通勤時間も長くなりがちで、それだけで疲れてしまう。
 都市部は、変化のスピードもとにかく速い。仕事の内容もどんどん変わり、お客さんも上司もどんどん変わる。多様な人がいるから、コミュニケーションも多様で、一瞬で「この人にはこういうコミュニケーションが必要だ」ということを察知することが求められる傾向が強い。そのため、他者とのコミュニケーションが苦手な発達障害のある人は緊張しながら生活をし、緊張するから疲れも溜まる。

より良いサービスは、よりよい社会を作るのか

 昨今は、都市部に限らず日本全体がより安いサービス、より便利なサービス、より自分に合ったサービスを求める社会になっている。お金を払えばよいサービスを享受できる世の中が暮らしやすいと感じる人がいる一方で、多様で便利なサービスを消費者が求めるほど、社会の求める「普通」の基準がどんどん上がってしまうこともまた事実だ。「ここ数十年で、ミスがなく、スピーディーで、一人ひとりにカスタマイズされたサービスを求める社会へと、日本は変わっていきました。そうした社会になると、やっぱりついていけない人たちがたくさんいますよね。」と鈴木さんは話す。
 発達障害がある人はまさに、「こうした社会についていくことが難しい」人たちだ。ミスが多い、体調や精神状態が安定しづらい、状況をうまく読めない、人に合わせて自分が変容できない。こうした特徴は発達障害の人にありがちな特徴だが、今の社会ではこれらの特徴が「弱み」や「欠点」とされがちだ。
 このような社会に、鈴木さんは疑問を呈する。「発達障害の原因はまだ全然解明されてないですし、非常に複雑ですが、遺伝的な要因があるともいわれています。いずれにせよ、発達障害の原因にもなる遺伝子が淘汰されずに残っているということは、何らかの価値があるんですよね。淘汰されずにこれだけの割合の人が発達障害を抱えているのだから、彼らにも何らかの価値があったはずなのに、今の時代には発達障害のある人が適応しづらくなってきています。」

合理的配慮を求めることが「普通」の社会に

 現在、鈴木さんは大学における障害のある人への対応を検討する会議に参加をしている。そこでは、以前取材に伺った近藤武夫先生らとともに、大学における合理的配慮について議論を重ねているが、重要なのは障害者の「権利擁護」という考え方だという。
 これまでの法律や法令、政策では、「障害者とはこういうものだ」という法的定義に基づいて政策を打っていけばよかった。これに対し2016年4月に施行された「障害者差別解消法」にも明記されている「合理的配慮」には、「障害者はみんな違う」という前提がある。この前提を共有し、「障害者本人が手を上げて権利や要望を主張し、それに組織や社会が可能な範囲で対応していく」のが合理的配慮の実現に欠かせない。合理的配慮の実現には、組織や社会の受け入れ態勢もさることながら、障害者自身が手を上げること、また自分を語ることができる力を身につけることが非常に重要になってくる。
 現在の日本社会における「普通」とは、何なのか。少なくとも、合理的配慮という視点では、障害者本人が権利や要望を主張することが「普通」になる社会づくりが進められようとしている。

Editor’s Eye

 「それが普通だ」というフレーズは、多くの人が毎日の会話のなかで、意識することもなく使っているのではないだろうか。けれど、CO-BOで伺った取材先では、「普通とは何か」についてたびたび考えさせられた。
 社会の多数派が自身を基準に「普通」を決めてしまっては、少数派が「普通」ではなくなるケースが多くなるだろう。しかし今回の鈴木さんのお話では、場所や時代によって「普通」は変わるという。
消費者である私たちが高い水準の「普通」を求めた結果、生産者である私たちもまた高い水準の「普通」が求められる。そして、そのような「普通」の社会に生きづらさを覚える人たちがいる。
私たちが本当に目を向けて、解決すべき社会問題とは何なのだろう。
【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘、水野昌也
【取材協力】株式会社Kaien代表取締役 鈴木慶太氏