2017/01/23

「発達障害のある人たちの就労に関わる問題」 株式会社Kaien 鈴木慶太代表取締役編【前編】

 本テーマのフォーラム第4回は、発達障害のある人に特化した就労移行支援サービスを行っている、株式会社Kaien代表取締役の鈴木慶太氏にお話を伺いました。前編では、鈴木さんが(株)Kaien(以下Kaien)を立ち上げたきっかけや現在の事業概要、そして日本の福祉政策である「就労移行支援」というサービスについてご紹介をします。

発達障害のある人の就労に特化する

 障害者の一般企業への就労を支援するサービスのひとつに、「就労移行支援」というものがある。Kaienは、発達障害のある人に対象を限定して、就労移行支援サービスを提供している会社だ。
(株)Kaien 代表取締役 鈴木慶太氏
 代表取締役の鈴木慶太さんがKaienを立ち上げたきっかけのひとつが、ご自身の息子さんが3歳のときに発達障害の診断を受けたこと。診断を受けたのは、鈴木さんが前職のNHKアナウンサーを辞め、MBA留学のため渡米する数日前。鈴木さんは「当時3歳だった息子は、言葉も遅いし人見知りもしないし、ちょっと変わった子だなとは思っていました。けれど、診断には驚きました。NHKでは経済系の取材ばかりしていたこともあり、『自閉症』や『発達障害』という言葉すら知らなかったのです。」と当時のことを話す。
 息子さんに発達障害があるとわかったからといって、前職に戻れるわけでもない。せっかくつかんだMBA留学の権利を失うわけにもいかない。
悩んだ結果、鈴木さんは「ビジネスと発達障害」というテーマを研究材料にして、2年間の留学期間を過ごそうと決めた。
 留学1年目の2008年5月、鈴木さんは留学先で、発達障害の人を雇用して成果を上げているデンマークの企業について書かれたビジネスケースに出会う。ケースでは、他の職場では短所とみられがちな発達障害の特性を企業の強みに変え、収益をあげている事例が紹介されていた。鈴木さんは「同じビジネスを日本でも展開できないか」と考え、ビジネスプランにまとめあげ、全米のビジネスプランコンペティションに臨んだところ、見事優勝。帰国後にビジネススクールの学長から「起業しないのか」と応援されたこともあって、2009年にKaienを立ち上げ、事業を開始した。

「就労移行支援」とはなにか

 ここで、Kaienが提供している就労移行支援というサービスはどのような経緯で生まれ、今に至るのか確認をしておこう。
 きっかけは、2006年に施行された「障害者自立支援法」だ。小泉内閣時代にできたこの法律は、鈴木さんによると「今まで庇護される立場だった障害のある人の受益者負担、つまりサービスを受ける側も受益者として費用を負担しましょうということを明示した」という点で、障害者福祉の流れに大きな転換点を作った法律だという。費用負担という話があるからには、障害者が働いて賃金を得られる体制も確立しなければならない。「障害者を福祉のなかに閉じ込めておくのではなく、働いて税金を払ってもらうという『福祉から就労へ』という概念が打ち出されたこと」は、それまでの福祉政策を大きく改革するものだったと鈴木さんは説明してくれた。
  1. 障害者の福祉サービスを一元化
  2. 障害者がもっと「働ける社会」に
  3. 地域の限られた社会資源を活用できるよう「規制緩和」
  4. 公平なサービス利用のための「手続きや基準の透明化、明確化」
  5. 増大する福祉サービス等の費用を皆で負担し支え合う仕組みの強化
出典:厚生労働省 「障害者自立支援法の概要」
 こうした背景があり、「就労移行支援」というサービスの実施が始まった。同時に、自立支援法施行以前は社会福祉法人に限られていた通所施設の運営主体について、NPO法人、医療法人、一般社団法人など、社会福祉法人以外の法人でも運営することができるように規制が緩和された。
 自立支援法によって「福祉から就労へ」という概念が打ち出されてからは、就労系障害福祉サービス(※)から一般就労をする人は年々増加しており、厚生労働省の発表によると、2003年時点の就職者数を1.0とすると、2013年にはその数が7.8倍になっている。つまり就労移行支援サービスは、障害者が一般就労することを支援するひとつの有効な施策として機能しているのだ。
※就労移行支援、就労継続支援A型、就労継続支援B型のこと
就労支援移行事業と労働施策の連携
出典:厚生労働省

関連事業者による障害者人材の「商品化」懸念

 規制緩和により競争原理が働くようになって、就労移行支援サービスの質向上や多様化が進んだ。一般就労をする障害者数も増えるなど、自立支援法による大改革が目指したことの一部は実現されていると鈴木さんは話す。一方で、福祉分野に市場の原理が持ち込まれることに対する懸念の声や、課題もあるという。
 懸念のひとつが、障害者人材の「商品化」だ。就労移行支援の事業者報酬は、「国で定められた単位数×単位数単価(地域によって異なる)×利用者数×利用者日数」で算出される。制度の仕組み上、上手に集客をして、集まった障害者を就労へと移行させる実績を出せば、単位数が増え事業者報酬も増える。「これは、本人の目線に立ってスキルをなるべく底上げして、本人の負担がない就職先へちゃんとつなげていくという福祉サービスとして本来すべきことをせずに、とにかくサービス効率を上げていった方が報酬が高くなるということでもあります。障害者人材が商品のようになってしまい、それが気持ち悪いと言っている人たちは、福祉業界のなかには多いと思います。」と鈴木さんは話す。ただし、障害のあるなしにかかわらず就労支援サービスには「人材の商品化」という側面があるという視点から、「障害者を一方的に手厚く庇護すること」もすべきではない、と鈴木さんは考えている。

就労移行支援サービス利用の壁

 障害者が就労移行支援サービスを利用できるのは2年間と決まっているが、サービスの利用期間中、利用者の各種負担を減らす公的支援がほとんどないことにも、鈴木さんは疑問を呈する。
 現在日本には、求職中の人が就職できるよう訓練を受ける間に受給できる雇用保険や職業訓練受講給付金、無料の職業訓練など、求職者の金銭的負担を減らす各種支援策がある。一方で、就労移行支援サービスを利用している障害者が、サービス利用中に受給できる給付金などはなく、一部の利用者はサービスの利用料を払う必要がある。「このため、就労移行支援サービスを利用しようと思ったら、利用者が一定期間働かなくても問題ない程度の資産を親が持っていたり、本人が貯蓄をしていたり、あるいは生活保護を受け入れたりしないと、サービスの利用自体ができないという現状があります。」と鈴木さんは話す。
 また、就労移行支援サービスは失業している求職者向けのサービスのため、現在就労中の人は利用することができない。たとえば、現在就労中である人が自分に発達障害があることに気づいた場合、訓練を受けながら自分に適した別の仕事を探すということはできないため、今の仕事を一旦退職する必要がある。けれど、生活費を得るためにサービス利用中にアルバイトなどを始めてしまえば、今度はアルバイトからの転職タイミングを失ってしまうことがあるという。

ここ数年で大きく変わった、就労を目指す発達障害のある人の状況

 鈴木さんが事業を始めた2009年当時は、発達障害に対する社会全体の認知度も低く、発達障害のある人が就労移行支援サービスを利用して一般就労することは難しかった。「事業開始時は、ハローワークへ紹介先企業を探しに行っても『発達障害のある人の就労が一番難しい』と言われ、ほとんど雇用してもらえないような状況で苦労しました。」と、当時の様子を鈴木さんは話す。
 ハローワーク職員の「発達障害のある人の就労が一番難しい」という言葉の背景には、2009年頃にはまだ、発達障害のある人が障害福祉政策の対象になっていなかったということがあった。「いろんな困難層があるなかで、スポットライトの当たらない困難層がある、と社会活動家である湯浅誠さんはおっしゃっています。この言葉どおり、『若者支援』『貧困層支援』『ひとり親支援』などがあるなか、発達障害の人にはスポットライトが当たっていませんでした。」発達障害のある人のなかで就労に困難を抱えている人は、若者だったり、ひきこもりだったり、貧困層だったりする。けれど、支援の枠からは漏れてしまっていることが多かった。
 しかしその後、法律の改正で発達障害が障害者自立支援法の対象となることが明確化され、発達障害のある人も自立支援法の規定するサービスを受ける権利があることが明示された。発達障害に対する認知も広がっていくにつれて、Kaienのサービス利用者と受け入れ企業は増えた。社会の受け入れ体制の変化に乗ってKaienも事業を拡大させ、訓練できる人数を段階的に増やしていくことができるようになった。

20代後半の利用者が最も多い

 現在は、どんな人がKaienの就労移行支援サービスを利用しているのだろうか。Kaienの利用者は、働き始めてから発達障害の診断を受ける人が多いこともあり、20代後半の利用者が最も多い。鈴木さんの話によると、「20代後半になっても就職が難しい方や、20代で仕事に定着できない方がKaienのサービスを利用する」ことが多いという。
 障害の診断別にみると、アスペルガー症候群(※)という診断を受けた人の利用割合が最も多いが、最多は「不明」の人の割合だ。この割合はサービス利用前の診断割合であり、サービス利用を開始する前後で診断を受ける人が多いと鈴木さんは話す。アルバイトを含め仕事を全くしたことのない人の割合は15%以上と大きく、年収200万円未満の、いわゆる「ワーキングプア」と呼べる層の人も7割に達している。
※アメリカ精神医学会によってつくられた診断基準(DSM)の改訂が2013年に行われた影響で、これまでサブカテゴリ—に位置付けられていた「アスペルガー障害」という分類は撤廃されたが、上記は2010年からの継続調査ということもあり、「アスペルガー症候群」が最多となっている。
診断別の利用者割合
出典:Kaien独自調査

現場からのフィードバックを重ねて作られた訓練メニュー

 Kaienが発達障害のある人の就労移行支援に特化していることは前述したとおり。就労移行支援サービスでは、利用者が一般企業に就労するために必要な各種スキルを身につけるための訓練を行っていく。
 発達障害のある人が就労するための訓練は、特に国内ではまだ確立されたノウハウがないような分野だと鈴木さんは話す。先行事例が少ないなか、Kaienでは鈴木さんらスタッフが現場で実際に発達障害のある人と関わりながら、そのやりとりから見えてきた彼らの特性に関する知識と理解を積み上げ、訓練メニューを確立してきた。ゆえに、訓練メニューそのものが、Kaienのひとつの特長である。

スタッフに求められる、企業文化と障害への理解

 Kaienのサービス運営でもう一つ特徴的なのは、企業側の現状やニーズについての情報を集め、求職者と企業双方を理解したうえでのマッチングをしている点だと鈴木さんは言う。自立支援法の成立以前は、福祉事務所はあくまでも利用者を「ケア」する場所であり、利用者はケアをされる対象という立場だった。そうした仕組みのなかで長年働いてきた人は、どうしても障害者を手厚いケアの対象とみなしがちになり、一方で障害者が就労を目指す一般企業の実情には疎い場合が少なくない。反対に、発達障害について理解がなく、企業の側の事情だけを知っていても、「就労」という橋渡しはできない。「企業側にどのような業務があって、どのぐらいのスピード感やストレスのある職場環境なのか。企業がどのくらいのコミュニケーションスキルを求めているのかといった企業の状況を知り、発達障害のことも知って、双方を理解してマッチングをするのがKaienの役割です。」と、鈴木さんは説明する。

Here and Now型の指導

 発達障害のことも企業のことも理解して、支援をしていく。こうした役割を担おうとすれば、福祉の仕事はしたいが一般企業と関わりを持ちたくないという人は、少なくともKaienの就労移行支援スタッフには向いていないと鈴木さんは言う。
 利用者の現状を客観的に判断し、利用者ができることとできないことを適切に示せること。利用者が受け取れる情報の質や量を見極め、「今、ここで必要なこと」を瞬時にわかりやすく利用者に指導することが、Kaienスタッフには求められる。「本当はこういう人は福祉分野ではなく、ビジネス分野に多いはずなんです。ですから、支援スタッフよりも受け入れ先企業に、良き支援者がいることもあります。そうした企業につなぐことができれば、障害者が就労した後も問題が起きることは少ないです。」
スタッフには、利用者が「今、ここで必要なこと」を見極めた支援が求められる
 後編では、Kaien独自の「発達障害のある人に特化した就労プログラム」の具体的な内容と、発達障害のある人たちに向いている仕事や彼らが何に困っているのか、さらに彼らをとりまく現在の日本社会に対する鈴木さんの考察を紹介する。
【企画制作協力】(株)エデュテイメントプラネット 山藤諭子、柳田善弘、水野昌也
【取材協力】株式会社Kaien代表取締役 鈴木慶太氏