幼小接続

 ベネッセ教育総合研究所では, 幼児期から高校段階までの一貫した思考力育成に関する研究を進めています。その中でも, 子どもを取り巻く環境や教育カリキュラム,教師の指導方法等が様々に異なる幼小接続期に着目し, 思考力育成の具体的な方法を明らかにする取り組みを行っています。本ページでは, 幼小接続期において育成したい思考力について, 思考スキルの枠組みを用いて,遊びや学習活動から見とり, その発揮を促すための援助や指導を具体的に紹介しています。幼稚園・保育所の先生と小学校の先生の相互理解を深めるきっかけとしていただきたいと思います。

幼児期から育みたい「考える力」

 本研究の背景でも述べたように,課題を解決するために必要な資質・能力として,学習指導要領では「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力・人間性等」という三つの柱が示されています(学習指導要領における資質・能力の三つの柱を参照)。 幼児教育においては,それらの資質・能力の基礎を,遊びを通した総合的な指導のなかで一体的に育むことが求められています(図1) 。
図1:幼児教育において育みたい資質・能力の整理
 本研究では,予測困難な時代に,自ら学び,課題を解決していく資質・能力として思考力に着目し,幼児期からどのように見とり育むことができるかを考えてきました。思考力に着目する背景には,日本における幼児教育・保育の特徴として,全体的に子どもの主体性を尊重し,応答することへの意識が高く,それに比べると思考や探究にかかわる援助にはあまり重点が置かれていないことがあります(国立教育政策研究所 2023)。よりよい社会や人生を切り拓いていくために,三つの柱で示される資質・能力を一体的に育むことが重要です。また,様々な視点から子どもの姿を丁寧に捉える姿勢も欠かせません。保育者が子どもの主体性の育みとあわせて「思考力」への意識を高くもつことで,より一層,子どもの成長につながるのではないかと考えました。
 また,小学校の学習活動を通して育成が目指される思考力は,入学後にゼロから育成するものではありません。思考力の“芽”の部分は,幼児期から育っています。いわゆる“お勉強”として,座ってワークに取り組むような活動ではなくても,幼児が遊びのなかで「こうしたい」「ああしたらどうかな」と考えている姿のなかに,たくさんの思考力の芽生えが見られることでしょう。その力を保育者や小学校の先生,保護者が共有し,援助を考えられたら,子どもは自分の力で考えることがもっと楽しくなるのではないかと考えています。

思考スキル発揮の見とりと援助

 幼小接続期に子どもが発揮する思考力は,具体的にどのように捉えることができるでしょうか。本研究では,幼児期の遊びのなかでの育ちと小学校の学習活動とのつながりを意識しやすいように,「比較する」「分類する」など具体的なスキルに表した19の思考スキル(思考スキルを参照) の枠組みを用いています。私たちは,この枠組みを用いることで,幼児期における思考力の芽生えがより捉えやすくなるのではないかと考えました。
 思考スキルの枠組みを用いると,どのようなよいことがあるのでしょうか。 まず,子どもの姿を手がかりに,思考力を捉えられるということです。 例えば,図2の子どもたちは,砂場でどろだんご作りをしています。思考スキルの枠組みをもって子どもたちの会話を聞いてみましょう。すると,「この砂では固まらないのに,ぬれている砂では固まる」というように,砂の違いを“比較して”いることや,「固まるのは,雨が降って砂が水にぬれているからかな」というように,これまでの経験から“理由づけ”たり,“関係づけ”たりして考えていることが見えてきます。
 このように,子どもの姿から思考スキルの発揮を見とることによって,子どもの思考力を育む環境構成や援助の工夫に生かせるようになります。保育者が子どもの具体的な姿から思考力を捉えることによって,もっと子どもの経験が広がり,考えが深められるような環境の工夫につながることが期待できるでしょう。
 また,それは,保護者や小学校との連携を深めることにもつながります。子どもが遊びのなかで発揮している思考スキルを,小学校の学習に結びつく力として,保護者や小学校の先生にも伝えられるようになります。従来の「楽しそうに遊んでいる」という見とりだけではなく,「何に対してどのように考え,夢中になっているのか」を捉えることで,子どもの興味や思考のプロセスをより具体的に理解できるようになります。保護者にとっても遊びを通した学びへの理解が深まり,保育者とともに子どもの育ちを支える役割を果たせるようになることでしょう。また,小学校の先生も,1年生がゼロからのスタートではないということや,幼児期に育まれた力やその背景を理解することで,子どもの興味に基づいた自主的な学びを促す指導法に気づけるようになることが期待できます。
図2:どろだんご作り

19の思考スキルと子どもの姿

 19の思考スキルについて,遊びのなかで子どもが発揮する思考力を見とったり,その発揮をさらに促したりするような環境構成や援助例をまとめました。
 最初に,ベネッセ次世代育成研究所(2008)の「幼児の遊びに見られる 学びの芽」に記述された9事例と,実践に参加した保育者が記述した26事例を分析の対象とし,子どもの発言や様子を手がかりに,その状況で発揮される思考スキルを想定し対応付けました(図3)。
図3:5歳児が思考を働かせていると想定できる具体的な場面を事例分析
 そして,それらの事例分析の結果から,思考スキルごとに5歳児の具体的な言葉と活動例をまとめて一覧化(図4)し,保育者が実際の保育場面での妥当性を確認しました。
図4:事例分析を基に,思考スキルの発揮を想定できる姿と活動例を一覧化
図5:各思考スキルの発揮について、見とり方と援助例
 図5に記述された活動は例であり,この思考スキルを発揮するためにはこの活動をするとよいという画一的なものがあるわけではないことには注意が必要です。例えば,ある子どもが“図鑑で調べている”からといって,「多面的にみる」思考スキルだけを発揮しているとは限りません。その子どもは図鑑を見ながら,形が似ている何かと何かを「比較して」いるのかもしれませんし,「魚の仲間分けには『口』の形の違いがありそうだ」と「焦点化して」いるのかもしれません。もちろん,いくつかの思考スキルを同時に発揮している場合もあるでしょう。表面的には同じ姿が見えていても,保育者がその子どもの言葉や様子,これまでの関心や活動などの様々な視点から見ることによって, 多様な思考スキルが発揮されていることに気づいていきます。
 思考スキルの活用にあたっては,そのような思考力の芽を発見することを楽しみながら,保育者としての関わり方を考えたり,他の保育者や保護者に伝えたりする際の観点にしていただきたいと思います。また,19の思考スキルを全て意識して見とり,援助を考えるのは実際には難しいことでしょうから,まずは3つ程度意識することから始めてみるのがよいでしょう。
 そして,「遊び」と「学び」のつながりを意識できるように,小学校以降の学習活動例も示しました。保育環境や援助の工夫によって支えられる幼児期の思考力の芽の育みと,小学校以降の学習活動とのつながりを,保護者や小学校の先生に伝える観点として,ご活用ください。

活用事例

 保育の質を高めるために,19の思考スキルの枠組みを用いて,実際の保育にどのように生かすことができるかについて,ア)イ)ウ)の活用事例を基にご紹介します。
 最初は,ア)のようにエピソード分析などを通して,子どもの姿にどんな力が芽生えているかを見とるところから始めるとよいでしょう。そして,少し慣れてきたらイ)のように計画に活用し,ウ)のように計画を基にふり返りに活用するというように,進めていくのがよいと思います。
 ただ,日々の保育において,19の思考スキルをすべて頭にいれながら子どもの姿を見とっていくのは,簡単なことではないでしょう。そこで,事例では「思考スキル」を子どもの姿から見とる時に,中心的に発揮している思考スキルはどれか,保育計画では発揮を期待したい中心的な思考スキルはどれかというように,3つ程度に絞っています。
 実際の子どもの姿からは,もっと多くの思考スキルを見とることもあるでしょうし,子どもの可能性をなるべく多く見とってあげたいという気持ちもあると思います。ですから,まずは初めの一歩として,子どもたちの何げない会話や様子から,思考力の芽を,1つ,2つ見つけることから始めてはいかがでしょうか。そして,子どもたちの思考力の芽が見えてくることで,保育者はその力をもっと育む関わりにつなげていくことができるのではないでしょうか。
幼児期の思考力を育み 児童期につなぐための手引き
 幼稚園や保育所,認定こども園の園長・所長や保育者を主な対象に,幼児期から児童期にかけてどのように子どもの思考力を見とり育むかについてまとめています。ご参考になさってください。

文献情報

研究発信