本研究における思考力とは

 本研究において育成したい思考力とは,学習指導要領における資質・能力の三つの柱の1つである「思考力・判断力・表現力等」であり,学習者が習得した知識や技能を活用して課題に取り組み,自らの考えを判断・表現する力を指します。これらの力を,教科の枠を超えて育成する方法にはどのようなものがあるでしょうか。本研究の背景でも述べたように,ベネッセ教育総合研究所では,批判的思考の研究や学習指導要領の分析に基づき,育成を目指す思考力の規準を開発しています。具体的には,学習指導要領やその解説から抽出された19種類の思考スキルに着目し,それらを総合的に活用する能力を記述した「Can-do statements(以下,Cdsと略します)」を開発しました。
 本ページでは,思考力育成の重要性,思考スキルの体系化,Cdsの開発と活用例,そして今後の展望について解説します。教科等横断的な視点から思考力を育むことで,子どもたちの学びを深め,未来を担う力を育むためのヒントをご提供します。

学習指導要領における思考力・判断力・表現力等

 本研究の背景でも述べているように,思考力は,学習指導要領における「育成を目指す資質・能力の三つの柱」の1つであり,学んだ知識や技能を活用し,課題に向き合い,自分の考えを判断・表現することを目標としています。何らかの課題を解決するために,身につけた「知識及び技能」を活用する力全般と言えるでしょう。
 それでは思考力では,どのような育成方法が想定されているのでしょうか。学習指導要領の総則では,深い学びを実践する鍵として「見方・考え方」が重要であることを指摘しています。「見方・考え方」とは,物事を捉える各教科ならではの視点や考え方のことです。そうした「見方・考え方」を働かせながら学ぶことが各教科等の目標に示されており,そのように学ぶことが「主体的・対話的で深い学び」の実現につながり,各教科で目指す資質・能力の三つの柱が育成されるのです。これは各教科固有の学びを通じて,思考力の育成を目指したアプローチと捉えることができます。
 一方で,学習指導要領の総則では,「現代的な諸課題に対応して求められる資質・能力」については,教科固有の領域を超え,「教科等横断的な視点で育成」することが明記されています。各教科で培われた思考力を,異なる場面や教科においても活用できる能力へと発展させること,すなわち「学習の転移」を促すことが重要であるとされているのです。
 学習の転移とは,学習者が習得した知識や技能を異なる場面に適用することを指します。従来の研究では,過去の学習の直接的な応用が重視されてきましたが,現代では新しい学習機会に対して過去の学習経験をどのように生かすかがより重要視されています(山口 2008)。理科がかかわる学習の転移に関する諸外国の文献をレビューした堀田・松浦は,転移を促すためには教員の足場かけや,転移させる知識の明示的な指導が有効である可能性を指摘しています(堀田・松浦 2021)。これらを踏まえると,教科等を横断して思考力を育成するためにも,思考力を明示的に指導し,ときには足場かけをするような工夫が必要だと考えられます。

思考スキル

 では,各教科で培われた思考力を,異なる場面や教科においても活用できる能力へと発展させるために,つまり,思考力を教科等横断的な視点で育成するためには,思考力をどのように定義すればよいでしょうか。1つの回答として,ベネッセ教育総合研究所では,19の思考スキル (泰山ほか 2014a,泰山 2014)に着目しました(表3)。
 思考スキル※1とは,タキソノミーの考え方(思考力はどのように捉えられてきたかを参照)に依拠し,思考を行動レベルで具体的に記述したものです。学習指導要領では,「考える際に必要になる情報の処理方法を,例えば『比較する』,『分類する』,『関連付ける』など,技法のように様々な場面で具体的に使えるようにするもの」を「考えるための技法」とし,これらの技法を,探究的な過程の中で学ぶことが重要であるとしています。ここでの『比較する』などの具体的な思考の行動の記述が,思考スキルです。
 教科等に共通する思考スキルを,各教科等のカリキュラムに加え,課題解決の場面で思考スキルの適用手続きを明示的に指導します。それにより学習者は自らの思考プロセスを理解し,ある教科で習得した思考スキルを他の教科や異なる場面でも適用できるようになり,思考力の教科等横断的な育成が可能になります。思考スキルの活用により,学習者が自分の思考操作を意識化(メタ認知)できるようになることが目指されているのです。
※1 泰山ほか(2014a)と 泰山(2014)は,小学校学習指導要領とその解説並びに教科書から思考活動の記述を抽出し,各教科に共通する19の思考スキルを提案しました。泰山ほか(2014b)及び小野塚・泰山(2021a)は,この19の思考スキルが中学校の学習指導要領からも同様に抽出されたことを報告しています。
表3:19の思考スキル
思考スキル 定義
多面的にみる 多様な視点や観点に立って対象を見る
変化をとらえる 視点を定めて前後の違いをとらえる
順序立てる 視点に基づいて対象を並び替える
比較する 対象の相違点,共通点を見つける
分類する 属性に従って複数のものをまとまりに分ける
変換する 表現の形式(文・図・絵など)を変える
関係づける 学習事項同士のつながりを示す
関連づける 学習事項と実体験・経験のつながりを示す
理由づける 意見や判断の理由を示す
見通す 自らの行為の影響を想定し,適切なものを選択する
抽象化する 事例からきまりや包括的な概念をつくる
焦点化する 重点を定め,注目する対象を決める
評価する 視点や観点をもち根拠に基づいて対象への意見をもつ
応用する 既習事項を用いて課題・問題を解決する
構造化する 順序や筋道をもとに部分同士を関係づける
推論する 根拠にもとづいて先や結果を予想する
具体化する 学習事項に対応した具体例を示す
広げてみる 物事についての意味やイメージ等を広げる
要約する 必要な情報に絞って情報を単純・簡単にする
※表3は泰山ほか2014aより引用
 指導者や教材制作者は,各教科の知識や技能を個別に教えるだけでなく,思考スキルをどのように使えば問題解決できるのか,具体的な手順を示すことが重要になります。例えば算数・数学科の授業で,文字式を数式に変換する際に,文字式と数式を「比較する」という思考スキルを意識させることで,生徒は「比較する」という思考プロセスを自ら理解し,国語科の文章読解や社会科の史料の比較の場面にも適用できるようになります。このように,思考スキルを知識※2として習得させ,様々な場面で「活用」することが,思考力を身につける上で重要であると考えます。
 また,同じ思考スキルでも,小学校と中学校の学習活動で発揮される水準には違いがあることが指摘されており,各思考スキルの系統性についても整理されています(泰山ほか 2017)。学齢ごとの水準は,「思考対象の抽象化」及び「思考過程の複雑化」により方向づけられるとされています(泰山ほか 2014b)。これらの分析結果を参照しながら,小学校,中学校,高校のそれぞれの校種で,各教科で取り扱う単元等のコンテンツに沿いつつ,様々な思考スキルを取り上げて指導することは,学習者の思考力の向上につながると考えられます。
※2 思考スキルは,改訂版タキソノミーにおける知識領域のうち,「手続き的知識」(事象や事物の操作・手順に関する知識)にあたると考えられます。改訂版タキソノミーに関しては,a.タキソノミー(学習目標の分類学)における認知的領域の分類を参照してください。

Can-do statements

 求められる能力を「~できる」という能力記述文で示し,活動レベルで捉えて共有するための方法として,Cdsの作成による能力の具体化と測定方法の検討があります(e.g. 三枝 2004)。このように,特に言語能力育成の分野において,Cdsを作成することで,目標を具体化し,それを評価の観点として活用することを想定した研究が積み重ねられています。ベネッセ教育総合研究所では,小・中学校における教科横断的な思考力育成を促進するため,複数の思考スキルを総合的に活用する能力を示したCdsを開発しました(小野塚・泰山 2022)。このCdsは,教科横断的な目標としての能力記述文と,それを各教科の文脈で表現した能力記述文とが,探究の過程である「課題設定」「情報収集」「整理・分析」「まとめ・表現」に沿って構成されています。さらに,各能力記述文には,その文で示されている思考力の育成が特に体現しやすいと考えられる単元も併記されています(表4)。
 Cdsは,国語科,算数・数学科,理科,社会科の4教科において,学習者の思考力の到達目標,学習内容,評価観点の3つの役割を担う枠組みとして設計されています。指導者や教材制作者はCdsを活用することで,各教科における思考力育成の指導目標や評価基準を明確化し,教科横断的な視点からの指導を促進することができます。
表4 Cdsの構成(中学校版の一部抜粋)
探究のプロセス 教科横断的な目標としてのCds コアとなる思考スキル 各教科における汎用的Cds 各教科の単元例
課題設定 #01
日常生活や社会事象から課題を見つけることができる
焦点化する
関連づける
多面的にみる
◆国語:社会生活と結びつけながら,題材を決めることができる
◆社会:社会的事象に関連する具体的・体験的な事例から気づきや疑問を出すことができる
◆理科:自然現象から課題(疑問)を見いだすことができる
◆数学:日常生活や社会における事象について,数量や図形及びそれらの関係を見つけることができる
(省略)
 Cdsは,各教科でバラバラに捉えられていた思考力を,どの教科にも共通するものとして捉え直すことにより,各教科における思考力育成の指導目標や評価基準を明確化し,教科等横断的な視点からの指導を促進することを目的としています。具体的に想定している活用場面は以下の4つです。
  1. 思考力に対する共通理解促進:
    児童生徒が身につけるべき教科横断的な思考力を明確化し,教員や児童生徒の共通理解を促進する
  2. 思考力の指導方法の理解促進:
    各教科でどのようなことを意識して指導すれば,教科等横断的な思考力の育成につながるかの理解に役立てる
  3. 授業・教材における目標・評価観点としての活用:
    授業や教材の目標設定や評価基準としてCdsを活用することで,思考力育成を意識した授業設計が可能になる
  4. カリキュラム・マネジメント設計への活用:
    学校全体のカリキュラム設計や教科間の連携を図る際にCdsを参考にすることで,教科等横断的な思考力育成を促進するカリキュラムを構築できる
 Cdsの妥当性を確認するため,教員やベネッセコーポレーションの教材開発担当者による評価を実施し,Cdsが各教科の特性を的確に表現しているかを検証しています(小野塚・泰山 2022)。また,学力調査問題の「思考力・判断力・表現力等」を測定する問題項目の測定対象能力と一致しているかどうかの分析も行っています。さらに,Cdsを活用したアセスメント開発(育成・評価教材を参照)や,Cdsを授業の「めあて」とした実践(学校での実践を参照)も進めており,教科等横断的な思考力に対する教員や生徒の意識変容が確認されています。
 現在,ベネッセ教育総合研究所では,小・中学校版のCdsに続き,高校・高等専門学校版への拡張も視野に入れています。小学校から高校段階まで一貫した思考力育成の指標が構築できれば,児童生徒の思考力育成に大きく貢献できると考えています。
ダウンロード
小学校版Cds(後日公開予定)
中学校版Cds(後日公開予定)

文献情報

  • 文部科学省 【総則編】中学校学習指導要領(平成29年告示)解説
  • 山口悦司(2008). 『学習の転移に関する研究ノート—Bransford & Schwartzの「将来の学習のための準備」について』. 宮崎大学教育文化学部紀要 教育科学, 第19号, 1-11.
  • 堀田晃毅, 松浦拓也.(2021). 理科が関わる学習の転移に関する諸外国を中心とした研究動向. 理科教育学研究, 62(1), 23-35. https://doi.org/10.11639/sjst.sp20018
  • 泰山裕・小島亜華里・黒上晴夫(2014a). 体系的な情報教育に向けた教科共通の思考スキルの検討 : 学習指導要領とその解説の分析から. 日本教育工学会論文誌, 37(4), 375-386.
  • 泰山裕(2014). 思考力育成を目指した授業設計のための思考スキルの体系化と評価. 関西大学審査学位論文. https://doi.org/10.32286/00000196
  • 泰山裕・小島亜華里・黒上晴夫・三宅貴久子(2014b). 思考スキルの小・中学校の系統性に関する考察. 日本教育工学会第30回大会論文集, 311-312. https://doi.org/10.15077/jjet.KJ00009296323
  • 小野塚若菜・泰山裕(2021a). 中学校新学習指導要領における思考スキルの抽出. 日本教育工学会論文誌, 44(suppl.), 121-124. https://doi.org/10.15077/jjet.S44079
  • 泰山裕・小島亜華里・黒上晴夫(2017). 次期学習指導要領における思考スキルの種類とその系統性の検討. 日本教育工学会第33回大会論文集, 847-848.
  • 三枝令子(2004). 日本語 Can-do-statements 尺度の開発 研究成果報告書. 科学研究費補助金 基盤研究 (B1) 課題番号 13480068.
  • 小野塚若菜・泰山裕(2021b). 中学校学習指導要領に基づく言語能力 Can-do statements の開発. 日本教育工学会第39回講演論文集, 369-370.
  • 小野塚若菜・泰山裕(2022). 言語能力Can-do statementsの授業設計の枠組みとしての活用と評価.  日本教育工学会第40回講演論文集.  129-130

研究発信